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決着

「来ねぇ」

 日が暮れてもう何分経っただろうか。悠斗と太一は岩陰から顔を出してはあたりの様子を伺っている。千美のいない夜がこれほどまでに恐ろしいとは予想もしていなかった。

「仕方ないですね。この後の作戦は二人でやりましょう」

 悠斗がそう行って立ち上がる。自分の腰を叩いて体をほぐしている。千美抜きで作戦を進める、というのは何も悠斗の薄情さからの発言ではない。千美自身が悠斗と太一にそう伝えていたことだった。

「わかった、これから先は二人でやろう。元々バーサーカーと直接やり合うのは俺たち二人だったんだ」

 太一が煮えきらない表情で頷く。彼女は最初から自分を勘定に入れていなかったのではないか、そう疑うくらいには千美の不在は作戦の内容に影響がなかった。

「悔しいですか?」

 悠斗が口を開いた。太一は夜の闇で開いた瞳孔を更に開いて見返した。なんだか心を見透かされているようで居心地が悪かった。

「別に、そんなんじゃねえよ」

 ちょっと用足てくる、と太一は暗がりを足早に出て行った。悠斗は出来るだけ耳を立てないようにして作業を続ける。サラマンダーを討ってからというもの、足の震えは収まっていた。経験は人を強くするというが、どうもそういうわけではなさそうだった。自分でも道理はわからなかったが、今は自分の出来ることをするしかないと腹をくくったのだろうか。二十数年生きていながら自分という人間がつくづくわからないと感じる。もはや自分の理性で本能を飼っているようなそんな奇妙な感覚さえする。

 あのバーサーカーは理性で動いている、そんな気がする。ファイブと呼ばれた検知型が理性の鎖で首を繋いでいるような、そんな気がした。だからなんだと言うわけではないが、そう、だから何だと言うわけではない。空を見上げると雲が星を隠して真っ暗だった。

(作っているのは石器。作戦の内容は食糧を取りに来たバーサーカーと広場で戦うこと。広場では石器を使ってバーサーカーに傷を負わせる。遠くから悠斗が能力を使ってものすごい速さで石器を投げる。太一は能力を使い続けるためコントロールは考えなくても良い。バーサーカーが石器を掴んて反撃できない速度で投げる。太一は石器を持って攻撃力を上げる。この挟み撃ちでバーサーカーを倒す作戦)


 昼になった。夜襲を警戒してろくに寝られなかった悠斗と太一は朝日を拝んだ瞬間、倒れるように眠ったのだった。中天に昇った太陽が二人のまぶたをこじ開ける。日陰に横になっていたはずなのに気がつけば真夏の日差しに照らされていた。

「千美さんを探しに」

 行きますか、と悠斗が言い終わる前に破壊音が言葉を遮った。その音源は遠いが、とても大きなものだとわかる。バーサーカーの仕業だとすぐにわかった。

「きっと小屋を潰して回ってるんだぜ。戦略を考えていた検知型がいなくなって自棄になってんだ」

「しかも夜じゃなくてこんな真っ昼間に、ですね。確かに千美さんは役割を全うしたみたいですね。あのまま派手に暴れ続けてくれるなら僕たちはこのままバーサーカーが消耗するまで待てば勝ちですね」

 今夜の食糧も手に入りそうだと悠斗はレトルトのパックの封を切った。昨日手に入れた食糧はおかゆや栄養ゼリーなど、離乳食みたいなものばかりだった。食べ終わったレトルトのパックを木陰に捨て、横になる。

「とりあえずこれで数で有利を取れる様になった。作戦通り、だ」

 太一が悠斗の隣に来て寝転がった。夜通し作業をし、昼になったら寝る。木の葉が夏の朝日を遮って、心地よい日陰を作ってくれる。目を閉じれば近所の公園にでもいるようにさえ錯覚する。

「今日って何曜日でしたっけ」

「あ?今日が何日かも忘れた」

 まだまだ暑くなるんだろうなぁ、と太一がぼやいた。アイスが食べたくなりますね、と悠斗が返す。男はかち割りでも食っとけ、と太一が吐き捨てた。

 太一の言葉には返事をせず、そっと目を閉じる。瞼の裏の心地よさに一瞬のうちに眠ってしまったのだった。



水筒の水で顔を洗い、一息つく。自分の進んできた道を振り返ると、まるで戦車でも通ったのかと思うほど凄惨なものだった。森の木々はなぎ倒され、広場の石畳は罅が入っている。自身の憤りをすべて吐き出した結果だった。

 ファイブが脱落、サラマンダーもおそらく脱落したのだろう。どれだけ探しても二人の姿は見当たらなかった。せめて二人に勝利をもたらそう、とバーサーカーは思った。

 日の傾いていく様を広場の真ん中、食糧の投下地点にて眺める。小虫二匹を潰すために半径十キロあるこの会場を歩き回るのは得策ではない、と昼になってから気づいた。耳を澄ますとドローンの羽音が聞こえてくる。それと同時に広場に姿を表した二匹の小虫。一瞬のうちに全身バーサーカーへと変身する。視点が高くなり、力が湧いてくる。もはや地面を軽く蹴っただけで敵に肉迫出来てしまう。その勢いを利用して腕を振り下ろした。


 広場の石畳に血が滴る。夏の日差しで熱せられた石によって落ちたそばから血は音を立てて蒸発していった。


 バーサーカーはその血が自分の腕から流れていることに気づき、すぐに距離を取った。傷をつけた張本人、太一を見る。その手には血に濡れた石器が握られていた。バーサーカーの筋肉のおかげで傷自体は浅かった。猫に引っ掻かれた程度の痛みで、今すぐ死に至る訳では無い。しかし傷をつけられたバーサーカーの動揺は大きかった。

 悠斗と太一、二人の顔が笑っていることに初めて気づく。なぜこのルール無用の殺し合いの最中に笑っていられるのか、バーサーカーは不思議でならなかった。

 息をつく暇もなく、石器がものすごいスピードで飛んでくる。体を屈めそれを避ける。見ると、片腕を獣のように変身させた悠斗が次の石器を手にすでに振りかぶっていた。長い爪の付いたその腕で器用に石器を持っている。次が来る前に殺そうと身構える。しかし、接近していた太一が懐から腹を切りつけてきた。太一に視線を向けた一瞬のうちに悠斗が投擲する。バーサーカーは左腕で顔をかばうが、投げられた石器はバーサーカーではなく太一の方へと投げられていた。太一がそれを最小限の動作で躱し再びバーサーカーの懐へと潜った。

 投擲は速度こそとんでもないが、精度はあまり高くないようだった。普通であれば仲間にも当たってしまうはずだが太一はそれを全て見きったかのように避けている。バーサーカーは自身の身を切り刻まれながら恐怖を抱き始めた。投擲される石器に注意を向けつつ、懐の太一を捌くことは不可能だった。致命傷にならない太一は無視しつつ、悠斗の投擲を避けることに重点を置いた。

「一方的になぶられる気分はどうだ?」

 太一の煽りは逆にバーサーカーを冷静にさせた。これだけ時間をかけて未だ致命傷はない、ということは彼らにバーサーカーを倒すだけの攻撃力はないということだ。早々に投下された食糧を拾って逃げてしまえばいいのではないか、という考えが頭をよぎる。

「ほら、どうした?やり返して来いよ」

 太一の安い挑発がそれよりももっと簡単にこの状況を打破する解決策に気づかせる。太一だけが必死にまとわりついて悠斗は遠くから石を投げているだけ、それなら悠斗を先に潰してしまえば良いのだ。

 バーサーカーは腕で顔をガードして力を溜める。太一がバーサーカーの意図に気づいたのか必死に攻撃する、がもう遅かった。解放した力はバーサーカー自身でも制御出来ないほどの速さだった。弾き出されたバーサーカーは右腕を伸ばしラリアットの体制を取り、悠斗の首を狙う。

「うぁぁあああああ!」

 悠斗が声を上げて己を奮い立たせる。ここで引いたら全てが水の泡になってしまう。

 ゆっくりと二つの影が合わさり、そしてすれ違う。そして二人とも吹き飛ばされるように転がっていった。

「がぁぁあああ!」

 見たこともない方向へ曲がった右腕と外れた肩。痛みを叫び声にしてなんとか自分を誤魔化す。しかし、自分の獣化した腕の爪にはしっかりとバーサーカーの肉が引っかかっていた。

「木山ざんっ!早く!」

「わかってる!」

 悠斗に言われるよりも先に太一がバーサーカーが転がり入っていった森へと突っ込んでいった。悠斗の叫び声を背中に浴びながら森を進む。バーサーカーの巨体は周囲の枝や葉を巻き込んで倒れていた。急いでその上に馬乗りになってチョーカーに手を伸ばす。脇腹を大きくえぐられたバーサーカーはそれでも抵抗する。力の入っていない拳が太一を襲う。

 ぴぃ、という短い電子音がバーサーカーの乱打が止めさせた。外れたチョーカーが地面に転がる。この長く凄惨な戦いの終わりを告げるにはいささか貧相な音だと、太一はそう思った。


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