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接敵

 汗が頬を伝って顎から滴る。とうの昔に軽くなった水筒は振っても水音すらしないことを確認済のためカバンの底に押しやっていた。水分補給のために川に行きたかったが、衣擦れ一つで相手に場所がバレるような気がして、ただ固唾をのんで時が来るのを待つしかなかった。

「来たよ!二人!」

 突然、千美が立ち上がり後方へと駆けだした。敵に背を向け一目散に逃げるその姿に焦らされ、気が付いたら悠斗も千美の後を追って逃げていた。太一も後をついてきている。枝葉に顔を擦りながら獣道を突き進む。

「もう一人はどこに!?」

「いいから!!とりあえず逃げて!」

「なぜだ!?2対3なら勝ち目があるだろう」

「勝ち目がないから言ってるのよ!」

千美がそう叫んだ瞬間、背後にとてつもない熱気を感じた。振り返ると、木々が燃えていた。先頭を走っていた千美が急に行先を90度変えた。何も考えずに後を追う。殿を務めている太一も何も言わずについて来ている。

「飛び込んで!」

 森の中を流れる幅十メートルほどの川があった。千美はためらうことなく飛びこみ、悠斗と太一もその後へと続く。水深は想像以上に深く、どれだけあがいても足がつかないほどだった。急流に身を任せて浮かぶことだけを考える。次第に流れが緩やかになっていき、足がつくようになった。

「静かに、移動するわよ」

 この逃走劇ですっかりリーダーになってしまった千美と、その子分になってしまった悠斗と太一。川を出て、対岸へと移動する。濡れた身体が夏のこの時期にはちょうどよかった。


「なぜ突然逃げ出したんだ?」

 太一が不服そうに言った。太一は短期決戦が希望なのだろうか、先程も戦闘を望むような発言をしていた。

「私の能力は教えたわよね?検知型の」

 試合開始前のブリーフィング時のことだ。千美の能力は光の反射を読み取ることが出来る検知型の能力だった。微弱な光の反射を読むことで、視界の外にあるものまでも感知することが出来る。実際に、机の下で出した指の本数を当てさせてみたところ、百発百中だった。

「それがどうした?」

「あなた達はわかんないでしょうけど、相手が真っ直ぐこちらへ進んできているのが見えたの、それも火を噴きながら」

「サラマンダー……」

「サラマンダー?」

「火を生成できる能力よ。ある程度有名な能力には呼びやすいように名前が付けられているのよ」

 千美がたしなめるように説明する。彼女はこの戦地に赴くにあたって、アビリティバトルの情報を集められるだけ集めていた。それが検知型の能力者としてチームの指揮を執ることの責務であり、それを担うのに必要な準備と覚悟だと考えていた。

「ですけど、サラマンダーであればなおさら3対2のさっきの時に仕留めておくべきだったんじゃないですか?いわゆる火吹き蜥蜴って揶揄されてる火を噴けるだけの能力ですよね」

 火を扱う能力は複数あるが、その中でもただ体内に炎の生成器官をもつだけのサラマンダーは最弱の能力として有名なのだ。

「ものすごいスピードで迂回して私達の背後を取ろうとしてた一人が居たのよ。接敵してからもたもたしていたらきっと挟み撃ちにあって痛手どころか全滅だったわよ」

 悠斗と太一の不満に怯むことなく反論する千美。その瞳が少し水気を帯びているのは川に飛び込んだせいじゃないだろう。

 あの緊張の中、敵の位置を把握した上で適切な判断をしていた千美に悠斗は尊敬の念を抱いた。悠斗も試合に臨むにあたってある程度調べて来ていた。初出場同士の試合は、その緊張感から最初の接敵で決着がつくことが多いらしい。そしてその結果は目も当てられないようなキャットファイトになるか、もしくは能力差による蹂躙か。そのことを頭に入れていた悠斗でさえ、この異様な状況から早く脱出したいがために決着を急いてしまっていた。

「待て、ものすごいスピードって、移動系の能力か?だったらこれで敵の能力が全て割れたんじゃないか?」

「確かにそうですね。一人は検知型で確定、一人はサラマンダー、そしてもう一人は移動系の能力。それなら勝てそうかも」

「移動系、というには少し違うかも。私が見えたのは木を次々とへし折って近づいてくる大男、筋肉の塊のような姿だったから」

「バーサーカー!?」

 悠斗は思わず声をあげてしまった。敵を撒いたとはいえ、まだ近くにいる可能性がある。悠斗はすぐに手を口に当て、目で千美に続けるよう言った。

「身体の純粋な強化。変身系の能力ってだけで強いのに、その中でもトップレベルの扱いやすさ。プロでもなかなか居ない強力な能力よ」

「それは流石に俺も知っていた。たぶん俺達のオッズは低いんだろうな」

 太一が見上げた先には撮影用のドローンが飛んでいた。試合開始前の説明でもあった通り、この試合は全て中継されている。ドローンだけでなく、会場の至るところにカメラが仕掛けられているそうだ。ちなみに、アマチュアの試合では参加者のプライバシーを守るために顔認証システムが自動で顔を現実と遜色のない表情にすり替えて放送されているらしい。

「じゃあ勝ったら大儲けだ。僕は全財産うちのチームに賭けてきたからね」

「当たり前だ。俺だって全部自分に賭けてきた。死んでも降参はしない」

 このゲームでは降参というシステムはない。首にまかれたチョーカーを外されることでその選手は退場となる。それなら自分で外してしまえばよい、と思うかもしれないが自分やほかのチームメイトでは外せないように電子ロックが施されており、敵チームの指紋認証でしか解除はできない。敵チームに降参の意を伝えて外してもらうことも不可能ではないが、このゲーム会場では法律がない。つまり必要以上にいたぶったり、殺したりしても罪に問われることはないのだ。そんな状況下で自分の首を無防備に差し出せるわけがなかった。とくにアマチュアの試合は死に至らしめるケースが少なくない。それゆえにプロよりもアマチュアの試合を好んで見る人も多かった。

この試合会場にいる限り人権などない、と悠斗は歯を食いしばった。

「追って来てる、三人。川の向こう側」

「何で渡って来ないんだろう。僕らとしてはありがたいけど」

「きっと水系の能力者がいるか気にしているのよ。あっちの能力者は水場で戦いやすいわけでもないし」

「バーサーカー、か」

 太一は自分の手を開いたり握ったりしてみる。彼の能力は世界がゆっくりに見える能力だった。本人曰く、自分自身の動きが速くなるわけでもなし、その場その場で最適な選択を取ることが出来る程度らしい。つまり銃で撃たれた時、弾は見えていても身体は高速で動けるわけではないので当たるときは当たるのだという。だから彼は自分の取り得る選択肢を最大にするために、身体作りに励み、適切な筋肉を身に着けることに専念していた。

「とりあえず一日目の物資供給まであと少しだから、早めに動きましょう」

 千美が地図を広げながら動き出した。一日に一度、物資の供給ポイントが定められている。これは互いのチームが動かないままだと面白くない、という運営の意図だろう。食料や水、そのほか生活雑品が投下されるのだ。

 千美が進みだす。悠斗が呆けていると、太一が追い越していった。先程太一が見上げていたドローンを見る。テレビの前でお菓子を片手にコーラを飲んで試合を見ていたあの頃を思い出しぞっとした。急いで千美と太一の後を追いかけた。


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