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プロローグ

 森の中で人が一人しゃがみ込んでいる。体中に土や泥をつけて、息を殺している。彼は周囲を気にしているが鬱蒼とした木々が陽の光を遮って辺りの様子はよく見えなかった。そんな中、彼を探す影が二つ。そのうちの一つが木の枝を踏んだことで彼が弾かれるように走り出した。二つの影もそれを追いかける。一人が小石を拾って、膂力の限りそれを投げた。小石は逃げる彼を追い越して前方の木にめり込む。当たり所によっては致命傷になり得る。

 膂力強化、それが追手の一人の能力なのだろう。純粋な身体強化は自身への負担が少なく、それでいて扱いやすくどんな環境であっても臨機応変に対応できる強能力だ。

 森の中には投擲出来る物があまり落ちておらず、次弾はなかった。そのまま走る事一分、やがて開けた場所に出た。

 日光が当たって追われていた彼の全貌が明らかになる。肩まで伸びた長髪の男。化粧の施された顔は夏の日差しを受けているにもかかわらず汗をかいていない。赤を基調としたユニフォームには所狭しと企業のロゴが描かれていた。追っていた二人も彼につられるように日の下に飛び出てしまった。

「今だ!」

 掛け声と同時に追手の二人を水が包んだ。水の牢獄の中では息をすることも身動きを取ることも出来ない。捕まったら最後、二人はもがくだけ無駄だと諦め、自らの腕を差し出した。その腕にはブレスレットがついている。長髪の男とその仲間は親指をかざし、そのブレスレット解き、水の牢獄を解除した。


そこで平野悠斗はチャンネルを変えた。画面には平和な雰囲気のロケ番組がうつされる。スーツを着たままだったことを思い出し、ネクタイを解いて床に捨てた。ジャケットをハンガーにかけズボンを折皺に沿って畳み椅子の背もたれに掛けた。

 パンツ一丁のまま、ちゃぶ台にスーパーの弁当と500ml缶のコーラを並べる。弁当を開けるとジャンキーなにおいが食欲をそそった。脂のまわった唐揚げを二、三回咀嚼してコーラで流し込む。

「試合開始から二日目、森の中での逃走劇に終止符が打たれました」

いつのまにかロケ番組は終わり、スポーツ番組へと切り替わっていた。アナウンサーの言葉に平野悠斗はハッと顔をあげる。テレビの画面には森を上空から撮影した映像が流れていた。その森には川が流れていたり、まるで小さなコロッセウムのような石造りの建造物があったりと、よほど自然と呼ぶにはふさわしくない森だった。試合をより面白く、駆け引きが生まれやすく、見ごたえのあるように、と考えて作られた人工的な森なのだから、当然といえば当然である。

 世界的に人気のスポーツ、アビリティバトルはスポーツではない。平野悠斗はそう考えている。アビリティバトルとは異能が発現した者だけが参加できる異能力バトルである。その異能力を駆使して相手チームを殲滅する、単純かつ残忍な見世物だ。元来、スポーツというのは見世物の側面を強く持っていたが、アビリティバトルが登場してからここ十数年でその流れは急激に強くなった。

 人が生死を掛けて立ち向かい散っていく様に興奮するもの、普段触れることのない異能力の迫力に酔いしれるもの、楽しみ方は人それぞれだった。

バトル参加者は人権が一時的にはく奪され、その会場内ではアナザーバトル協会の法が適用されるため実質的な治外法権となる。つまり、試合中は人殺しも合法ということだ。


 そして、平野悠斗のスマートフォンには、アビリティバトルについて記載されたサイトがいくつも保存されていた。アビリティバトル協会の公式サイトから個人ブログまで様々だ。

 つい先日、健康診断で異能力発現の判定を受けた。まさか自分に異能力が発現するなんて、と少しワクワクしたのも束の間、その後受講させられた異能力安全講座では裁判においていかに不利になるかを思い知らされた。

 まず、異能力を使用した犯罪はどんなに軽犯罪であっても懲役10年は超え、異能力を使用していなくても発現者というだけで他の人よりも刑が重くなる。もし異能力を乱用していた場合、許可が下りずとも現場の判断で射殺が許される。もちろん本人にその意思がなく異能力が暴走してしまった場合も変わらず射殺が許可される。

 もはや後天的ハンディキャップである。異能力を活用した仕事なんてものはないし、発現して得られたものは一瞬の優越感とアビリティバトルの出場権だけである。得たものと失ったものをシーソーに乗せれば、まるで力士と子供が乗っているかのように傾いて動かないだろう。


 テレビでアナウンサーが歓声を上げた。先程見た映像がこのチャンネルでも流されていた。今度はチャンネルを変えることはせず、一部始終を見守ることにした。


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