96.〈殺人鬼〉
今回の騒動で悪い奴は誰だろうか?
そんなの簡単で暴走した三人だろう。
だが暴走した三人は誰だったのか。という疑問が生じる。
その解を持っているのは警察で三人は牧場から逃げ出す為に命懸けで逃げていたのだ。
先に手を出したのは警察側だ。それに対抗する形で三人は暴れたのだ。
そんな中に警察の象徴でもあった伽耶が来たら警戒するだろう。
そして大切な家族を目の前で殺されたら死門を開いたって何もおかしくない。
これらの事実を隠すために。民衆の目を欺く為に伽耶は吊し上げられた。
戦犯扱いされたのだ。
「開け冥府の扉。消滅の神よ、“壱万の生贄"を喰らいて顕現せよ、霧に隠されし神聖よ、老若男女を隠せ。神隠し」
手始めに伽耶が唱えた呪文が取り上げられた。
この呪文を知っているのは〈入れ替えの勇者〉と〈操作の勇者〉、〈神風〉だけだ。
誰が晒したのかは一目瞭然だった。
そして伽耶が敵を仕留めそこなった結果暴走し一万人の犠牲を出したと報道した。
この頃はネットも大きく発展しておらず新聞やテレビというメディアが全てだった。
世間は伽耶を叩いた。
日本を救った英雄になんていう仕打ちだと思う。
それに追い討ちをかけるように〈愛の勇者〉が台頭し始めた。
この事件とほぼ同じタイミングで〈ゾル〉という能力者が暴走した。
流動性の身体に人を取り込んで窒息させる危険な能力で約千人を取り込んでいた。
人質を傷つけずに倒すのは不可能に思えたが〈愛の勇者〉は〈ゾル〉だけを倒した。
〈愛の勇者〉は悪だけを攻撃し愛する国民は癒す能力だからだ。
これと比較されたのも伽耶には相当辛かった。
「お前は英雄じゃない、偽物だ」と言われる気分だった。
伽耶への批難は俺や莉緒へも向けられる。
特に莉緒への風当たりはひどく学校で孤立するようになる。
「ごめんね莉緒、ダメなお母さんで」
この頃の伽耶は謝ることが多くなった。
「謝らないでって何度も言ってるでしょ!おかしいのは皆だよ、だって被害想定範囲は関東全域でしょ、よく一万人で済んだよ」
「うんうん、ダメだよ、英雄なら犠牲者はだしちゃダメだったんだよ」
娘は強い子で伽耶を怒っていた。
「それじゃあ、行ってくるから」
「うん、行ってらっしゃい」
伽耶は覇気のない声と表情でそう言って娘を送り出す。
「ごほっごほごほ!」
「だ、大丈夫か!?」
伽耶は急に咳き込むと多量の血を吐く。
「……その血は?」
「少し寿命を削ちゃってさ。でも孫は見れると思う」
「………………」
何も言えなかった。
日本を救ったのにも関わらず世間には叩かれた挙句に寿命まで削っている。
こんな残酷な事があっていいのだろうか。
「私はどこまで行っても凡人で無理をしてたみたい」
「もう十分だよ、もう休んでくれ」
俺はそう言うことしか出来なかった。
こんなに憔悴した伽耶を見るのは辛かった。
「……うん、そうだね」
伽耶は寂しそうにそう口にする。
出来るだけ穏便に暮らせばいいと思っていた。
せめて伽耶が笑えるようになるまで。
そう願っていたのにそんな日は来なかった。
「遅いわね莉緒。部活があるにしても帰って来てる時間よね」
「……一応メッセージは送ってるけど返事は無いな」
「電話かけてみるね」
伽耶がそう言って電話をかけると伽耶の携帯からプルプルプル。という音が鳴る。
「プルプルプル、プルプルプル」
「……プルプル…………プルプル」
「あれ?何か二重に聞こえる」
そう呟いて自分の携帯を確認するが電話はかかってきていない。
「ねえ、外から聞こえない?」
「……確かにそんな気もする」
何だか嫌な汗が流れてくるが気のせいだろう。
家に着く直前で電話をかけてしまっただけさ。
そう思って玄関まで行くと着信音は大きくなる。
だが音はその場から動かない。
「莉緒、どうしたの?何で家に入らないの?」
伽耶はそう言うと玄関のドアを開く。
すると正面には誰もおらず視線を下に向けると変わり果てた莉緒の姿があった。
「あ、あぁ、あああああああああああ!」
絶叫する伽耶と対象的に俺は目の前の光景に声が出なかった。
ただただ現実を受け入れられずにいた。
目の前で回復の魔法を唱えている伽耶の姿を見てどうしたらいいか分からなくなった。
もう手遅れだと伝えることは出来なかった。
それからどれだけの時間が経っただろうか。
莉緒が殺されたことはテレビでも大きく取り上げられた。
「戦犯の娘は死んで当然。これで痛みが分かる」などと報道された。
「なんで、なんでよ、莉緒は何もしてない!私だって!しょうがなかった……しょうがないじゃない」
この瞬間伽耶が壊れたことを察する。
伽耶がどす黒い煙を纏い始めた。
「開け地獄の扉。愚かなる極東の大和の民を全て殺せ」
この瞬間日本全土に真っ黒の魔法陣が描かれる。
伽耶は本気で日本を消し去ろうとしていることを悟る。
「我が身を喰ら――」
「伽耶、もういいよ」
俺は日本が滅んでしまえばいいと思っていたがそれ以上に伽耶を本物の罪人にしたくなかった。
「もういいんだよ楽になって」
俺は伽耶の肩を掴んでそう言う。
「何で、何でよ!莉緒が殺されて何で!」
「ここで日本を滅ぼしたら伽耶は本当に悪になる!」
「もう娘が殺されるぐらい悪じゃん!」
「違う!日本を救った英雄だ!」
「っ!なら何で!」
本当に何でだろうな。ただただ理不尽だ。
「もういいよ、楽になろう。あっちで三人で幸せに暮らそう」
俺は伽耶を抱きしめてそう口にする。
「……うん、そうだね」
伽耶は虚ろな声でそう返事をする。
「ねえ、私を殺してくれないかな」
「え?」
「このまま死んだらさ、世間に殺された感じになっちゃうでしょ?」
「……分かった」
「ごめんね、こんな事させて」
俺は伽耶の首に両手を回す。
「ねえ、私はどうしたら良かったんだろう?」
「……………………」
何も言えなかった。
何を言えば良かったのか今だに分からない。
「どうしたら良かったんだろう?あの時に――」
「もう……もういいよ伽耶。もう十分頑張った、楽になっていいんだ」
俺はそう言って震える両手の力を強くする。
俺の目からは涙が流れてくる。あんなに眩しくて心が惹かれた妻の笑顔が禍々しく歪んでしまった。
「……ごめんね、ダメな女で。あなたに全部背負わせてしまって」
伽耶はそう言って俺の頬を優しく撫でる。
「俺こそごめん、俺が強ければ、無能じゃなければ、伽耶のように強ければ一緒に背負ってやれたのに」
俺はそう言って伽耶の首を絞める力をさらに強める。
「ありがとう、わたし、を、止めてくれて」
伽耶は最後にそう言い残した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は最愛の妻をこの手で殺した。
一人にはあまりにも大きい家の中で俺は涙を流した。
何が何だか分からなかった。もうどうでもよかった。
このまま死んでしまえばいい。
「……クソ!何でこんな目に!」
俺はそう叫びながら机に拳を叩きつける。
「バン!」
自分でも思っていた以上の音が鳴ったなと思って机に視線を向ける。
そこには真っ二つに割れた机があった。
「……は?」
今、目の前で起こったことが理解出来ずに間抜けな声を出す。
そして同時に頭の中に声が流れてくる。
「〈殺人鬼〉……人を殺せば殺すほど強くなる能力」
「何を言って――」
だが俺の身体と脳みそは理解する。
〈殺人鬼〉こそが俺の能力だと。
「……今さら能力を発現しても遅いだろ」
全てを失ってから能力が発現したところで何も価値は――
「……この能力ならいつかは英雄を超えられるんじゃないか?」
どこまで強くなるのかは知らないが上限は無いに等しい。
「ハハハハ、伽耶、俺が君の代わりに愚かな国民を消してやる」
これは世間に全てを奪われた男の復讐だ。
そうなれば行動は早かった。
「なあ、お前達。莉緒を殺したんだ。生きていることを後悔する覚悟はあるよな?」
これが殺人鬼誕生の秘話。




