93.敦史の回想
「ねえ、私はどうしたら良かったんだろう?」
目の前にいる最愛の妻は虚ろな目をしてそう呟く。
そして俺はその目に対して馬乗りの状態で見下ろすように重ねる。
「どうしたらよかったのかな?」
「もう……もういいよ伽耶。もう十分頑張った、楽になっていいんだ」
俺はそう言って震える両手の力を強くする。
俺の目からは涙が流れてくる。あんなに眩しくて心が惹かれた妻の笑顔が禍々しく歪んでしまった。
「ごめんね、ダメな女で。あなたに全部背負わせてしまって」
伽耶はそう言って俺の頬を優しく撫でる。
「俺こそごめん、俺が強ければ、無能じゃなければ、伽耶のように強ければ一緒に背負ってやれたのに」
俺はそう言って伽耶の首を絞める力をさらに強める。
「ありがとう、わたし、を、止めてくれて」
伽耶は最後にそう言い残した。
俺が世界的に見てイレギュラーだと気づいたのは小学一年生の頃。この世界には能力と呼ばれる超常的な力を誰もが持っている世界。
そして俺こと小鳥遊淳史には能力が無かった。
この世界でルックスや運動神経なんかよりも重宝される能力が無いということは事実上の死刑宣告だと思う。
当たり前のものが無いのはこと子供時代には残酷だ。
例を上げれば腕や足、聴力や視力が欠けている子供が教室にいたらどうだろうか?
どれだけ大人が教えを説いても子供は理解しないだろう。
だって子供にとって学校は常識を形成する場所で短い人生の中で作られつつある常識でも俺はイレギュラーでしかなかった。
俺も案の定淳史に触れば能力が無くなるだの言われてきた人間だった。
小学生に能力以外の優位性など存在しない。
俺もいじめられっ子で見えないところで虐げられていた。
「おい、お前達!そこで何をしているんだ!」
小学生ながらでも意味不明な格好だと分かる先のとんがった黒帽子とマントを付けた女の子が掃除用の箒を持って走ってくる。
「げ、伽耶だ!」
「馬鹿だな。こっちは三人もいるんだぞ」
「極寒よ、水の精霊よ、温室育ちの悪魔を戦慄させよ!アイスボール!」
少女はそう叫ぶと空中に氷の塊をいくつか作っていじめっ子達に放つ。
「放風!」
いじめっ子の一人である男がそう言うと風が渦を巻いて氷を弾く。
「喰らえー!」
箒をスケボーに乗るかのように飛び乗るとそのまま突っこんでいく。
凄いスピードで突っこんでいくがいじめっ子の〈土壁〉という能力に阻まれて衝突する。
「いまだ!」
この場にいる全員は近接戦が得意な能力者じゃない為最終的に殴り合いになる。
そうなれば必然的に伽耶が不利になる。
次第に一方的なものになり伽耶は涙目になってくる。
「……僕は」
俺は女性は男性に守られるもの。という価値観があるわけではないが誰がどう見てもこの状況は情けなく映るだろう。
「や、やめろー!」
俺は無我夢中でそう言うといじめっ子達に突っこんでいく。
小学一年生の肉体では大した実力差はなく案外戦えたことには驚きだったが結局不利なのは変わらない。
「もう、怒った!」
伽耶はそう叫ぶと普通ではない雰囲気を纏い始める。
「開け冥府の扉。天帝よ数多の法具で敵を討て。天の怒り」
呪文を言い終えると伽耶の後方に七色の雷がうねりを上げる。
「に、逃げろ!」
結果的に伽耶がぶっ放すことはなかったが人に向けていい代物ではないのは明白だった。
「はっはっは!この大魔法使い、広瀬伽耶様に恐れおののいたか!いや、漆黒の暗黒様に恐れおののいたのか!」
今になって思えばどっちも闇だろ。とか思ったりするが当時の僕にとっては眩しく響いた。
だが当時の俺にはとても魅力的でかっこよかった。英雄だった。
「大丈夫かい?」
「う、うん、大丈夫。助けてくれてありがとう」
「どういたしまして!私は一年三組の広瀬伽耶!」
「ぼ、僕は一年二組の小鳥遊淳史」
「よろしくね淳史!」
「うん、よろしく伽耶」
これが俺と伽耶の出会いだった。
そしてこの日から伽耶が俺の教室に来るようになった。
「ドン!パトロールに行くぞ淳史!」
放課後になると勢いよく扉が開くと伽耶が現れる。
そして俺の手を引っ張って掃除用の箒に座らせる。
「よし、出発!」
「え、え?」
ちなみに当時の俺は高い所が怖くて悲鳴をあげる。
それから伽耶と一緒に街中を回って老人を助けたり逃げ出した猫を捕まえたりした。
そんな真新しい日常が続いた。
「今日の任務は終了です。それでは解散!」
五時の鐘が鳴って自分の家に降り立った伽耶はそう言って立ち去ろうとする。
「ま、待って!」
俺はそう言って伽耶の手を掴む。
「どうしたの?」
「な、何で伽耶は僕と仲良くしてくれるの?」
「何でって……友達だからだけど」
伽耶は何言ってんだこいつ。という表情でそう言う。
「だってさ、僕には能力が無いんだよ!」
「それがどうしたの?」
「……え?」
「え?」
お互いに別の意味で理解出来ずに沈黙する。
「だってさ、僕には何も出来ないんだよ。価値がないんだ」
「そんなことない!価値なんて淳史が決めるものじゃない!」
今になっても思うが随分と大人びた発言だ。
「じゃあさ!無能の僕に何の価値があるの、教えてよ!」
「じゃあ能力が無かったら何で価値が無いの!」
「〈魔法使い〉の伽耶には分かんないよ!」
俺がそう言うと伽耶は心底怒った顔を向ける。
そしてそのまま俺を思いっきりぶん殴る。
「うるさい!私だって弱いのに男がピャーピャー喚くな!」
伽耶がそう叫ぶと家の中から母親だと思われる女が出てくる。
「ちょっと伽耶!何してるの!」
「……ママ」
伽耶のお母さんは青ざめた様子で僕の方に駆け寄って来る。
「何で殴ったの伽耶!」
「淳史が分からず屋だから!」
「淳史君に謝りなさい!」
「嫌!この馬鹿が悪いんだもん!」
「なんてこと言うの伽耶!」
伽耶と母親の口論が始まったところで俺は涙を流してしまう。
頬を殴られた痛みではなく嬉しい感情があったからだ。
それからオロオロした伽耶の母親に家に連れられて治療を受けた。
「………………」
「………………」
向かい合って座る俺と伽耶はお互いに気まずそうに沈黙する。
その様子を伽耶のお母さんは心配そうに見守る。
「……私は悪くない」
「うん、僕が悪かった……ごめん」
「……私も殴ってごめん」
お互いに謝るが気まずさは抜けない。
「何があったの?」
「淳史が変なこと言うから」
伽耶はそう言うとさっき起こったことを説明する。
「なるほどね、どっちもどっちね」
話を聞き終えた伽耶のお母さんは少し嬉しそうにそう口にする。
「いいことよく聞きなさい淳史君」
さっきまでの優しい声と打って変わって真剣な声に顔をあげる。
「能力はその人にしか出来ない事って聞こえはいいけど結局のところ刃物なのよ。毎日のように能力を使った犯罪がニュースで報道されているでしょ?」
「でも、伽耶は僕を守る為に能力を使ってくれた」
「そう、要するに人の価値は能力じゃないの。何をしたかよ」
「僕に何か出来るのかな?」
「出来るわよ、伽耶からいろいろ聞いてるわ。パトロールをしてるんでしょ?立派な人助けよ」
この言葉は今でも覚えている言葉だ。
「それにね、伽耶はよくおねしょするし夜は怖くて一人でトイレは行けないのよ」
「うわー!ママ、言わないでよ!」
別に年相応なことな気がするが当時の俺との印象とは離れたことだった。
「伽耶が変なことをしないように見といてね淳史君」
「うん」
「うん。じゃない!」
伽耶が睨んでくるが不思議と怖くなかった。
それから伽耶のお母さんはリビングから離れて二人だけになる。
「……私、一人でトイレ行けるから」
「あ、うん」
「信じてないでしょ」
伽耶が不満そうにしているのを見て何故か安心する。
「伽耶もちゃんと子供なんだね」
「……そうだよ」
てっきり怒るかと思ったが違った。
「〈魔法使い〉ってさ、詠唱に応じた効果が発揮されるって能力なの。でも呪文が書いてある本とかないじゃん」
「じゃあ、どうやって魔法を使ってるの?」
「自分で呪文を作らないといけないの」
「じゃあ!あのかっこいい呪文は伽耶が考えたの!?」
「そう、その通り!」
伽耶は嬉しそうに腕を組む。
「ただ、私が今使える魔法は二つしかありません」
「え、そうなの?」
「箒で跳ぶのとアイスボールだけ」
「あれ?雷のやつは?」
「あれはあの時たまたま出来ただけで今は撃てない。あんまり強くないんだよ私」
「そんなことないよ!伽耶は強いよ!僕の英雄だよ!」
そう、伽耶は元々強かったわけではない。
血のにじむ努力の果てに英雄になったのだ。
「呪文考えるの手伝ってよ淳史」
「うん!もちろん!」
それからかっこいい言葉を調べては呪文を作る日々が始まった。
俺はギリシャ神話などを読み漁るようになった。




