81.和解
「ふぁー」
「さっきから随分と眠そうね」
「うん、早起きしちゃってさ」
時間もそうだが父さんがスパルタに変化したのが大きい。
常に極限まで集中しないと捌けない攻防をさせられている。
「それじゃあこの問題を……出雲、答えてみろ」
前回はあてられることはなかったがウトウトしていたせいであてられてしまった。
確かこの問題は余弦定理を使うだけなはず……
「えっと……120°?」
「せ、正解だ」
記憶が少し怪しかったが正解したらしく安心する。それにしても全く同じ授業を受けるのは退屈だ。
「……どうかした?」
さっきから視線を向けるノエルに小さく声をかける。
「よく答えられたと思ってね」
「あはは、たまたま知ってる問題だったからさ」
「せっかく違う答えを教えようと思ったのに。つまらないわ」
ノエルは悪い表情で笑うとノートに書かれた60°の文字を見せる。
「そこは正解を教えてよ……」
「寝ている人にはお灸を据えてあげないね」
「おちおち寝ていられないな」
僕は新鮮な気持ちになりながらそう口にした。
「一緒に弁当食べないか出雲」
昼休みになると緊張した様子の山門君に声をかけられる。
「……僕が一緒でいいの?」
山門君は男女のグループで食べている印象がある。僕が入ったら気まずいだろう。
「出雲が嫌じゃなければなんだけど……」
山門君がそう言うと気まずい沈黙が訪れる。お互いに相手に対する遠慮の気持ちがあるからだ。
でも山門君が僕に負い目を感じる必要もまして誘ってもらった僕が遠慮する必要はない。
「全然嫌なんかじゃないよ。ごめんね変なこと言って」
「わ、私も参加していい!?」
僕が立ち上がったタイミングでノエルがそう声を出す。
「うん、もちろん」
爽やかな返事にノエルは安心した表情で付いてくる。そして僕がみんなの前に立つと異様な緊張感が流れる。
「よろしくね、みんな」
「うん、よろしくねノエル」
ノエルが沈黙を破ったことで空気が落ち着いていく。
「僕からも、改めてよろしく」
「よろしくな出雲!」
間があると思ったが体育のバスケが同じの岡田君がクラスに響くほどの大きい声で返事をしてくれる。
「相変わらずの声量ね」
そんな呆れた声が上がると空気が柔らかくなっていく。
「……出雲君のお弁当大きいね」
「母さんが体力を付けろって作ってくれてさ」
確かにいつもよりお腹が空いているのでありがたい。
そんなことを思っていると正面から睨まれるような視線を感じる。
「ど、どうかしたかな夜月さん?」
気まずさに耐え兼ねた僕はそう聞いてみると夜月さんは拳に力を込める。
「私はあなたが苦手なの出雲君」
「……なるほど?」
僕は夜月さんの発言の意図を理解する。空気を凍らせてまで言わないといけないことは簡単だ。
「ちょ、ちょっと千春――」
「待って!」
僕は夜月さんを遮る声を制止して言葉の続きを促す。
「どうして苦手なのか教えてくれる?」
「それは出雲君の感情の起伏が分からないから」
「なるほど……」
ごもっともな指摘にどう返答するか困る。
「私が出雲君だったら柊さんとあんなに親しい関係にはなれない。ゆ、雪野さんのことを引きずっている様子もないし」
雪野愛華の名前が出たことで空気がますます不穏なものになる。
母さんにこの話をされた時は感情に任せて八つ当たりをしてしまったが今回は反省を生かさないといけない。だが納得させる言葉を持ち合わせていない。
「もちろん引きずってる。でも、そればっかり考えてたら僕は今頃学校に来てないだろうし生きてもいないと思うよ」
正しい発言ではないだろうが僕はそう口にしていた。
「僕に本当に必要だったのは能力じゃなくて自分を信じてあげることだったんだ。中学生の時に気づくべきだったんだ」
「……中学生でもいじめを?」
「ちょっと特殊なケースだけどそうだね」
僕がそう答えると周りの表情が暗くなる。
「僕は卑屈で暗くて無能なことがコンプレックスだったんだ。でもそんなんじゃ誰も関わりたくないでしょ?」
誰も返事や頷いたりしないが肯定しているだろう。
「全て失った僕にそれを気づかせてくれて、認めてくれたのが雫なんだ」
「随分と突然柊さんの名前が出てくるね」
「図書室での交流が多かったから表面上には見えなかっただけだと思うよ」
「いや、事件が起こってから柊さんは一ヶ月ぐらい休んでから学校に来たって話よ。そのタイミングで出雲君から怒りや恨みといった感情を感じなくなったわ」
夜月さんは力のこもった瞳を僕に向けてそう口にする。その姿からは並々ならぬ覚悟を感じる。
「もういいだろ千春。これ以上聞いて何になる」
苛立ちを見せる近藤君が口を開く。
「で、でも……」
「それじゃあ、次は僕の話を聞いてくれないかな?」
これ以上はまずいと判断した僕は自分のことを話し始める。
「僕には義務教育で培わないといけない集団行動や友達との交流といった社会性が欠如しているんだ。加えて中途半端に戦えるから最終的に自分を犠牲にしたら解決出来るという思考が身についていたんだ」
美しく死にたいというある種の破滅願望がずっと胸の内にあった。
「僕は一緒に背負える人間になりたいんだ。その為には人と関わる経験が必要なんだ」
雫に頼りきりの状況は普通とは呼べないだろう。
「夜月さんの認識のように僕はすぐに心変わりしたいじめられっ子で地雷でしかない存在だ」
僕はそう言うとみんなを見渡す。
「そんな僕に変わるチャンスをください!」
僕はそう言って頭を下げると沈黙が一瞬流れる。
「当たり前だ出雲!」
岡田君がそう言うと次々に同意する声が向けられる。
暖かい言葉に顔を上げると申し訳なさそうな夜月さんと目が合う。
「ご、ごめんなさい出雲君。あなたと雪野さんが苦しんでいるのをただ見ていた私が自分勝手なことを言っちゃって」
「全然自分勝手なことじゃないよ。グループの事を考えた発言で立派だよ」
仲の良い友達が怪訝な目を向けている中で貫けるのは凄いことだ。
「いや、でも――」
涙を滲ませ震える声を制止する。
「僕は自分や友達をを守る為の見て見ぬふりは正解だと思う。世間では傍観者は加害者だと口にするけどそれは違う」
被害者視点では見て見ぬふりをされて助けてくれないことを恨む。
でも助ければ自分が被害者になるかもしれない。助けるメリットも自分の良心以外は無い。
このリスクを背負って自分よりも数が多い敵に立ち向かえという方が無理のある話だ。
「個人個人に人間関係があってそれを守りたいと行動するのは正しいことだ。全部悪いのは加害者なんだから」
そうだ、結局のところいじめる奴がいなければいいのだ。
「で、でも!私達がしたことは見殺しだよ。みんなで止めてたら!」
「僕やみんなは〈重力の勇者〉という力が怖かったんだ。しょうがないよ」
確かにクラスの全員で対抗していたらあの展開にはなっていない可能性が高いが傷つく人は多いだろう。
「結局のところ俺たち全員の責任だ」
山門君はそう言うと立ち上がる。
「償いというわけではないが俺達にやり直す機会を与えてほしい」
「わ、私も同じ意見よ」
夜月さんが同意すると次々に輪が広がっていく。
「仲直り出来たみたいでよかったわ」
不安そうに一連の話を聞いていたノエルは安心した表情でそう口にした。




