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狂愛の魔王  作者: ラー油
3章:もう一人の勇者

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56.いじめっ子

 「おはよう高杉さん」

 「おはよう」

 高杉さんは感情が読み取れない表情で挨拶すると僕の前の席に座る。

 「出雲は何でいじめられているの?」

 「僕が無能だからじゃないかな」

 「そうじゃなくてさ……」

 高杉さんはそう言ってため息をつく。

 「昨日の体育倉庫、凄かったわ」

 「……見てたの?」

 気配を感じなかっただけに少し驚いてしまう。

 「ゴリラのパンチを簡単に逸らしたり顔に膝蹴りしたのなんてまるで映画みたいで――」

 高杉さんは楽しそうに話していたが急に言葉を止めて咳払いをする。

 「そ、そんなことはどうでもいいの。ただそんなに強いのにいじめられっ子で居続ける理由を知りたいの」

 「僕の力は誰かを守る為のものだから、自分を守る為じゃない」

 僕がそう答えると高杉さんは眉間にしわを寄せる。

 「自分の身も守らないで他の人を守るっておかしくない?正直言って普段のあんたを見て頼ろうとは思わないわよ」

 「それでいいんだ。僕はたくさんの人を守れる程強くないから」

 僕はそう言って一息吸って続きを発する。

 「誰か一人だけ、たった一人だけ守れれば僕はそれでいいんだ」

 「だからって自分がいじめられていい理由になってないわ」

 高杉さんは少し怒りながらそう言う。

 「いじめらていい人なんていないよ」

 僕がそう言うと高杉さんは不安そうな表情になる。

 「力を誇示すればいじめられないの?じゃあ、弱かったらいじめられるの?」

 僕がそう言うと高杉さんは黙り込む。

 「で、でも最初から強いことを知ってれば話しかけやすかったと思う。私達だって強いわけではないのよ」

 これは正しい。誰もが巻き込まれたくない。だから傍観者かつ加害者でいる。

 「ごめんね高杉さん。いじわるだったね」

 僕はそう言って本当のことを話すことに決める。

 「僕がいじめられている理由は罰だからなんだ」

 「罰?」

 理解出来ない様子の高杉さんに言葉を続ける。

 「僕は能力が発現しなかった日からいじめられっ子になった。僕は昔からテレビに映る英雄達に憧れていて、将来警察に入って凶悪な犯罪者と戦って多くの人を守りたかった僕にとって死刑宣告と同じだったんだ」

 当時の絶望感は今でも鮮明に思い出せる。

 「当時の僕は絶望からか暗くて卑屈だった」

 それが災いしたのは言うまでもないことだ。

 「僕の父さんと母さんは警察なんだ。しかも相当強いらしいんだ」

 「……以外ね」

 「そんな僕とは正反対の二人が僕に勧めたのは武道をやる事だった」

 僕がそう言うと高杉さんは納得したような仕草をする。

 「武道を極めて全ての筋繊維の動きを操れるような境地に達するとその拳は音速を超えて弾丸さえも見切れるような極みに人間は行くこと出来る」

 これは父さんが僕に言った事だった。

 「僕はこの言葉を信じて狂ったように武道に打ち込んでいった。当時の目的は強くなって多くの人を守れる英雄になることだった」

 毎日朝早く起きて庭に出て正拳突きを何百と空中に打って頑丈で硬い木に向かって拳を蹴りを打ち込む日々を過ごしていった。

 「いろんな武道をやっていく中で僕の鍛錬時間はどんどんと増えていった。睡眠不足と疲労の蓄積で倒れることも少なくなかった」

 今思えば当時の僕は異常だった。

 「時が過ぎる中で僕の目的が変わっていった。誰かを守る為からいじめから自分の身を守る為に変わっていったんだ」

 いじめは怖い。殴られるのは痛い。的にされれば虚しい。

 そして皆が僕を蔑むように笑うと死にたくなる。

 これらが夢に出てくるのが怖い。眠るのが怖い。

 「どんなに鍛えたところで小学生の肉体じゃ限界がある。身体を重くされた状態で三人を相手出来るわけもない」

 だから僕は重りを買ってもらって対策した。

 「人間には限界が存在する。限界を超えた場合に存在するのが自殺だ」

 でも僕の場合は違った。

 「僕が小学五年生の頃に読んでいた本を取られてゴミ箱に捨てられた時だった。僕の中の何かが壊れていくのを感じた」

 本をゴミ箱に捨てられるのは日常茶飯事なのに限界の門を超えてしまった。

 「周りを取り囲んで笑ういじめっ子達がとても醜く醜悪に見えたんだ。そして人間じゃないと思ったんだ」

 その時だった、周りは色を失って灰色の世界になって僕だけがゆっくりと動けてまるで時が止まったかのようだった。

 「その灰色の世界で僕は怒りに任せて左足を軸に右足のハイキックを放ったんだ」

 その時の感覚は今でも鮮明に思い出せる。

 左足の親指の付け根に血が巡って足の指が地面を掴んだ。

 そして腰に向かってふくらはぎと太ももの全ての筋繊維が力んで回転して勢いを作る。

 勢いは右足に伝わって股関節が無駄なく連動して膝は一切曲がらず空気を切り裂いた。

 「怒りのままに放ったハイキックは空を切った。理性が働いたのかは分からないけど当ててたら殺していたように思う」 

 そう思わせるような完璧なハイキックだった。

 「それから僕の世界が変わっていったんだ。世界に僕だけしか存在しないように感じるようになったんだ」

 それから明らかに僕の身体に変化が起こっていった。

 今まで全く歯が立たなかった父さんの攻撃を捉えることが出来るようになった。

 「……これを見切るようになっちゃったか」

 お父さんの攻撃は予備動作が極端に少なくてフェイントも混じっている。

 人間の反応速度では飛んでくる拳を避けることは出来ずに腕を引いたり腰を捻る動きから読んで攻撃を回避する。

 僕は飛んでくる拳を見て避けることは出来ないが視野が広くなって予備動作を見逃さない境地にはきていた。

 「この頃から僕はいじめっ子に恐怖心を抱かなくなった。いじめっ子を人間と思えなくなった、醜悪で醜い人の皮を被った何かだと思った」

 だから僕は抵抗をした。

 学校の近くにある人のいない森の中にある空間でのことだった。

 「ねえ、いじめって楽しい?」

 僕は〈ロックオン〉、〈重力操作〉、〈水鉄砲〉、〈超音波〉の能力者に相対してそう口にする。

 「あぁ?いきなりどうした無能」

 「僕はお前らが醜くくて限界なんだ」

 僕はそう言って人差し指を立てて向かってくるように手前に何回も折り返す。

 「だから消えてもらうことにしたよ」

 僕はそう言って〈ロックオン〉に向かって駆け出して顔面に向かってジャブを入れて距離を取る。

 「僕は本気だから能力を使いなよ?」

 そう言ってから再び駆け出していく。

 「血迷ったのか!」

 怒りを多分に含んだ叫びと同時に小石が僕めがけて飛んでくる。

 「ギリギリまで」 

 この世界のルールとして慣性がある。

 スピードのある物は急に方向を変えられない。

 「止まれ!」

 その声と同時に顔に向かって直径5センチメートル程の水の球が複数飛んでくる。

 顔に向かってくるのを避けつつ、他の部位への被弾は無視して黙ってコソコソしている〈超音波〉への警戒をしつつ小石が向かって来ているのを把握する。

 「っな!」

 他の馬鹿と違って音を立ててずにいた〈超音波〉が能力を僕に向かって使ったが、それを〈超音波〉の方に切り返すように範囲ギリギリで避けてそのまま突っ込む。

 「ここだ」

 僕は〈超音波〉目の前に来たタイミングで真後ろにバク宙をして小石を〈超音波〉に当てる。

 〈ロックオン〉の弱点として何かに当たった瞬間機能を停止することだ。

 「発射(ファイヤ)

 「だよな」

 僕は〈ロックオン〉の方を見つつ〈超音波〉を倒す。

 こっちに向かう石はサイズも大きくて〈重力操作〉で勢いが増している。

 「当たったら詰みだな」

 僕はそう呟きながら六割のスピードでジグザグに動いて小石を避けていく。

 「な、何で当たらない!?」

 距離が縮まって焦ったのか情けない声が上がる。

 「終わりだ」

 僕はやぶれかぶれのパンチを防いでショートアッパーで顎を打ち抜く。

 気絶したことを確認すると〈水鉄砲〉を倒す。

 「さすがに〈重力操作〉が掛かった状態で四人は――」

 僕はそこで言葉を止めて思わず笑ってしまう。

 「お前は後ろで震えてただけだから三人だな」

 「っな!お前、無能の分際で――」

 「吠えるなよ」

 僕はそう言って怯える〈重力操作〉に距離を詰めて右手を差し出す。

 「な、なんだ」

 「最大出力をかけなよ。もしかしたら勝てるかもよ?」

 「舐めるな無能!」

 そう叫びながら大振りに殴りかかるのを避けて膝蹴りを入れる。

 「がはっ!」

 「お前が一番醜いな」

 僕はそう呟いて〈重力操作〉の顎を打ち抜いた。

 「僕は何を怖がっていたんだ?僕が劣っているのは能力の有無だけじゃないか」

 これが僕の出した最悪の結論だった。

 それからの日々は正直言って思い出したくない。

 「おはよう介重君!」

 次の日、僕は〈重力操作〉に向かって元気よく挨拶をする。

 「あ、え……」

 「バチン!」

 僕は驚いて言葉に詰まっているところでビンタをする。

 「挨拶ぐらいしろよ」

 「お、おはよう」

 「ダメだな声が小さい。お仕置きだな」

 僕はそう言って〈水鉄砲〉の方に向かう。

 「やれ」

 「え?」

 「バチン!」

 「やれって言ってんだよ」

 僕がそう言うと水の球を〈重力操作〉にぶつける。

 最初は周りも変化に動揺して扱い方が分からないでいた。

 だけど次第に〈重力操作〉の方が下という意識が芽生えていった。

 この日から僕はいじめっ子になったんだ。

 それから僕は今まで受けてきた行為をやった。

 殴る蹴るは当たり前、机を汚したり教科書をゴミ箱に捨てたりした。

 僕は生まれて初めてクラスメイトと対等に話した気がする。

 でも僕の頭の中にモザイクの掛かった二文字がよぎるようになった。

 「最近何かあった?」

 「何ないよ」

 僕は母さんの顔を見ずにそう答える。

 最近母さんと父さんの顔が何故だか見えない。

 だから父さんとのスパーも出来なくなった。

 理由は分からないけど二人の顔を見ると虚しさからか文字がだんだんと近づいてくる。

 「う、おええ!」

 僕は理由の分からない嫌悪感から嘔吐することが多くなった。

 父さんと母さんに心配されたが理由は分からなかった。

 文字はさらに大きなって輪郭が捉えられるようになった。

 「や、やめて」

 殴られた頬を押さえながら怯えた声でそう発する。

 僕は構わず拳を振り上げて振るう。

 顔を守るようにガードされているが構わず拳を振り下ろす。

 「い、痛い」

 「っ!」

 ガードが下がって泣き顔が見えると思わず拳を止める。

 視界に捉えたものは自分自身だった。

 「おえええええ!」

 トイレに駆け込んだ僕は激しく嘔吐する。

 あれは僕だ。そしていたずらに暴力を振るう化け物も僕だ。

 頭によぎる文字のモザイクがだんだんと晴れていく。

 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 何をやっている?僕は何をやっている?

 「■■」

 うがいをする為に洗面所に行くと目の前に大きな鏡があって僕を映し出した。

 「醜い」

 僕は慌てて口を押さえる。あまりにも自然に言葉を発したからだ。

 鏡に映る顔色の悪い男は英雄に憧れていたはずだった。

 その為に死に物狂いで鍛えた力で人を傷つけて、その姿を見て笑った。

 いじめっ子になって得た陳腐な人間関係を喜んだ。

 「お前は英雄にはなれない。心まで穢れているからだ」

 鏡に映る弱くて惨めな僕といじめっ子になった醜い僕がそう口にする。

 「ああああああああ!」

 精神的に壊れた僕は半狂乱に拳を振るって鏡を割る。

 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 周りが引いた声を出しているが全く気にならず自分の心臓の音以外聞こえない。

 「お、おい!これはどういうことだ出雲!」

 担任の先生が大きな声を出しながら近づいてくる。

 「あ、ああ」

 大きな声で現実に戻された僕は周りが向ける化け物を見るような視線に気付く。

 その視線は僕にとってナイフより鋭い刃物だった。

 「うわああああ!」

 僕は耐えきれずに発狂するとそのまま学校を飛び出した。

 頭が真っ白になって適当に走り回った。

 止まったらダメだと思った。

 でも小学生の肉体では長くはもたずに学校から離れた場所にある人のいないベンチの上で泣いた。

 情けない。最低。醜い。

 そんな言葉が頭にグルグル回って次第に形を変えていく。

 醜い。価値がない。どうして生きている。消えたい。死にたい。

 「僕にも能力があったら……」

 僕は逃げの言葉を、現実から目を背けた言葉を口にする。

 「本当は分かってるんだろ?」

 幼い、無能であることを知った頃の僕がそう口にする。

 僕に能力が無かったからいじめられたんだ。

 「じゃあ、何でいじめっ子になれたんだ?」

 次は醜い僕がそう口にする。

 それは……僕が強くなったからだ。

 「違うだろ」

 今度は二人同時にそう口にする。

 「うるさい!」

 僕は幻影を払うように腕を大きく振って叫ぶ。

 分かってる、分かってるさ。

 僕が卑屈で弱いのが原因だってことは理解している。

 でもしょうがないじゃないか、皆に当たり前にある能力が無いんだよ。

 劣っていると考えるに決まってるじゃないか!

 「……疲れた」

 僕はそう言って立ち上がって高い所に向かう。

 そして見つけた橋の柵の上に立って空中に身を投げ出す。

 走馬灯を見たが苦痛だった。

 「………………ぼふ」

 「え?」

 急に視界に映る景色が変わって見慣れた天井になると柔らかいベットに落下する。

 「な、何で落下してくるのよ?」

 聞き慣れた声に顔を向けると心配そうな母さんと父さんがいた。

 そして理解する。父さんの能力で家に呼び戻されたことを。

 「……大丈夫かい大成?」

 父さんはどうして落下してたのか理解した様子だった。

 二人とも特に何かを話すわけでもなく傍に居てくれた。

 母さんに抱きしめられた時、僕の心は決壊して懺悔するように言葉を発した。

 いじめらていたこと。いじめっ子になったこと。僕の心が醜いこと。守る為の力で人を傷つけたこと。

 母さんと父さんはとても悲しそうな表情をしていた。

 醜くないと、当たり前の思考だと言っていたが納得できなかった。

 二人は僕と同じ立場なら同じ事をしていた。と言ってくれたが僕は情けない気持ちになった。

 二人にそんなこと言わせてしまったからだ。

 何百、何千、何万という人を救ってきた英雄がそんなこと思うはずがないのに。

 死ぬのは止めることにした。これ以上母さんと父さんを悲しませたくなかった。

 母さんは転校を勧めたが断った。転校して逃げちゃだめだと思った。

 母さんと父さんは学校にいじめのことを訴えていたが効果はなかった。

 学校に行くと待っていたのは蔑むような目だった。

 いじめっ子の人間関係がどれだ薄っぺらいかを知った。

 「おい無能」

 しばらく経って〈ロックオン〉が神妙な表情でこっちに来る。

 「トイレの鏡を割ったって本当か?」

 「……そうだよ」

 僕がそう答えると〈ロックオン〉クラス中に聞こえる大きさで笑い始める。

 「おいおい聞いたかよ!こんな馬鹿な奴が現実にいるなんてな!」

 僕は何をするつもりか察して醜いと思ってしまう。

 今まで肩身の狭い思いをしていたが耐えらなかったらしい。

 「なあ?何か言ったらどうだ?」

 「………………」

 「無視してんじゃねえ!」

 僕が無言でいると〈ロックオン〉は大きく腕を振りかぶる。

 馬鹿でも避けれるような大振りを逸らす為に左手を構えて顔を上げるが飛んでくる拳を避けずにそのまま顔にもらう。 

 この日から僕はいじめられっ子になった。

 それでよかった。最低な自分への罰だと思えたからだ。

 僕はそれからある夢を見るようになった。

 様々な内容でいじめられる夢だ。

 例えばランドセルをたくさん持たされて最後に電柱に向かって投げられる夢。

 最近は電柱に直撃する前に目を覚ますがこの夢には少し続きがある。

 電柱に直撃した後振り返ると醜く笑う自分自身がいるんだ。

 僕は不眠症になった。寝るのが怖くなった。

 だから走って、走って、走った。それだけでは寝れないから正拳突きやハイキックを無我夢中で練習した。

 倒れないと寝れない。動いていないと嫌な考えが消えないからだ。

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