53.偏愛
〈記憶の勇者〉を拉致して約10年経った頃突然家族三人とも拘束された。
「これはどういうこと!」
お母さんが真っ先にそう叫ぶ。
「直哉が〈記憶の勇者〉を連れて身をくらました」
「……はい?」
言われた内容が理解出来ずに私達は間抜けな声を漏らす。
まず直哉と〈記憶の勇者〉との共通点が見つからないし〈霊感〉でどうやって逃走したのだろう。
「そこでお前達、特に〈召喚〉が一枚嚙んでいる疑いがある」
この発言に私達は目を合わせる。
〈記憶の勇者〉を拉致したのはお母さんで夏美という人質がいてそんな馬鹿な真似するわけがないからだ。
「とりあえず記憶を見させてもらう」
「……分かりました」
釈然としないが夏美を連れて本部に向かう。
当たり前だが私達は白だった。そして直哉の暗殺に協力することを命じられた。
事の経緯は因果応報とも言える滑稽な話だった。
直哉は警察になって索敵と作戦を考える参謀の仕事に就いた。
参謀は頭が良く、知識のいる仕事だ。だから直哉に記憶を与えるのが早いと考えた。
〈記憶の勇者〉に肉体的洗脳は聞いても思考に対する洗脳は効かない。
だから〈記憶の勇者〉にも意思は存在していた。
記憶を与える過程で〈記憶の勇者〉は直哉に接触した。
これは後々知ったことだが〈記憶の勇者〉は直哉の記憶を見て正義感の強く明るい姿に惹かれたそうだ。
「神光宗ね」
〈記憶の勇者〉と直哉の逃亡に嚙んでいると思われる犯罪組織だ。
最近名前を聞くようになった組織で教祖の〈光の勇者〉を信仰していて“能力の無い世界"を作ろうとしているらしい。
神光宗に所属するメンバーは動物系の能力者が多い点が特徴的である。
「……まさかな」
私の頭にずっと昔のお母さんが殺された日の記憶が蘇る。
「あいつらも差別がどうのこうの言ってたな」
何だか嫌な予感が浮かんでくる。
警察に入ってからというものあの日の出来事が偶然とは思えないのだ。
ふと疑問が浮かんでくる。あの事件がなければ私達はどのような人生を歩んでいたのだろうか?
あの日を境に直哉は強い正義感を抱いて警察に入ると言うようになった。
元々私は警察なんて危険な仕事に就くのは馬鹿だと思っていた。
だが弟や妻を守りたいという感情が確かにあった。
「……全部仕組まれていた、なんてことないよな?」
今思えば直哉を拉致しない理由はなんだろうか?
〈記憶の勇者〉のように道具にすればいいのではないか?
いや、幽霊に死んだ方がいいと判断されたら機能しなくなるから悪手だ。
出来るだけ自然かつ正義感を持って警察に入ってほしい。
「まさか警察とも通じているとは思わなかったな」
これは最後にあの二人が言っていたことだ。
そしてその二人は獄中で不審死を遂げている。
「教祖様の力を考えれば当然と言えば当然だ」
教祖の能力は〈光の勇者〉だ。
〈光の勇者〉は勇者の能力でも五本の指に入る最強の能力だ。
現在の日本のトップが相手に出来る能力ではない。
もし裏で糸を引いているのが〈光の勇者〉という可能性があるのではないか?
「……真っ黒じゃねえか」
私はこの時何かが壊れた音がした。
何もかもどうでもよくなってくるような、自分がちっぽけな道化にすぎないと悟ったからだ。
家族を、国を守っているから今まで耐えていられたが、何かが壊れてしまった。
「もうここで終わってもいいな」
私は当時そんな気持ちで作戦に望んだ。
それは私が今まで経験したことのない程の戦いだった。
戦争という表現がふさわしいだろう。
結果的に双方含めて五千の死者を出して当時の日本のトップは〈光の勇者〉に負けて戦死したはずだ。
結局のところ〈切断の勇者〉を含む四人の勇者によって〈光の勇者〉は撃退された。
「ここまでする必要はあったのか?」
俺はというと作戦を無視して、逃げる直哉と〈記憶の勇者〉に接触する。
本来なら幽霊が察知しているのだろうが実の兄ということでスルーされたらしい。
「……兄さん」
直哉は顔を背けてそう言う。
「危うく私達家族は消されるところだったよ」
「……ごめん」
「別に謝る必要はない。ただ兄貴にその子がここまでさせる人間なのか教えてくれないか?」
私はそう言って銃を実の弟に向ける。
「どうして五歳の少女が拉致されて手足を切り落とされて道具にされなきゃならないんだ!」
直哉は〈改造の勇者〉によって付けられた〈記憶の勇者〉の手を引いて前に立つ。
「雫はまだ何も知らない!誰かの目を通じた経験しかなく縛られている!」
直哉は今までに聞いたことがない真剣な声で言葉を紡ぐ。
「誰が咎める権利がある!外の世界を見たいという願いを!」
思いの強さは伝わってくるがそんなことが聞きたいわけではない。
「雫?だったか?私は雫のどこを見て兄貴を売ったのか知りたいんだ」
私がそう言うと呆れた様子の直哉は頭を掻きながら言葉を発する。
「……最初は記憶を見ている間に少し話す程度だった。話す中で感じたのは賢いという印象だったがそれと同時に幼さと世間知らずを感じた。雫が時々見せる寂しそうな顔を見るたびに胸に怒りが湧いていくのを感じて外の世界を見せてやりたいと思った」
「実の兄とその兄の嫁と娘を犠牲にしてもか?」
「……そうだ」
「そっか」
私は銃を降ろしてそう呟いて直哉に笑顔を向ける。
「バン!」
俺は再び拳銃を直哉に向けて発砲する。
「直哉!」
雫は悲痛な叫びを上げて心臓を打ち抜かれた直哉に駆け寄る。
その表情に激しい興奮を覚える
「……そうだよな、家族を守るにはこうするのが正解だ」
「分かってるなら何で俺に会った?」
塩らしい反応にガッカリしながら尋ねる。
「……〈記憶の勇者〉に救いはないからだよ」
そう言って直哉はその理由を答えた。
「出来れば一瞬で終わらせてくれないか?」
全てを悟った顔をする直哉に酷く残念に思う。
「ごめんな雫、全然外の世界を見せてやれなかった」
「うんうん、もう十分貰ったよ」
雫はそう言って直哉と同じ表情をする。
「興ざめだ」
俺はそう言って二人の頭に銃を撃った。
不快だった。
一番くだらない表情をされて萎えてしまった。
「結局は闇が深くて絶望したかよ」
救いが一切無く、絶望を越えて悟った表情に美しさなんて微塵もない。
そんな思いを抱えて本陣に戻るとあまりにも美しいお母さんがいた。
「どうしたんだ?」
俺は目を奪われて一心不乱に駆け寄る。
「はぁはぁ、人が、人が、死に過ぎた」
改めて周りを見渡すとそこには地獄絵図が広がっている。
「もう無理、私はもう限界。これ以上手を汚せない」
お母さんは手を汚すことに決めた日と同じように俺の胸に体重を預ける。
「でも、それじゃあ夏美は守れ――」
「辞めたいなら協力します」
聞きなじみのある声に顔を上げると響香がハイライトの無い目を向けて立っていた。
「私はもう降ります。これ以上こんなふざけたことに付き合えない」
幸いなことに英雄が口利きしてくれたおかげで私達夫婦は警察を辞めることが出来た。
そして地獄を経験した日私達はお互いを慰めるように身体を重ねた。
名前はお母さんが雫と命名した。理由は言わずもがなだった。
そしていつの日かお母さんを絶望させたいと心から思った。




