46.絶望の足音
雪野愛華がやって来た最初の日々は悪くない記憶がある。
環境整備委員は皆から嫌われている委員会で水やりをサボる人は少なくない。
それを見かねて大成君が手伝ってくれた。
図書委員の係で集まることはなかったが花壇の水やりを一緒にやるのは新鮮だった。
あまり会話があるわけではないが安心出来る沈黙で居心地が良かった。
そんな日々を過ごして正月が終わって少し経った後リセットされた。
そして次の世界線にも雪野愛華が新入生挨拶の挨拶をしていた。
「じゃあ次は図書委員」
今回も手を挙げたのは私含めた三人。
「あらら三人か……じゃあじゃんけんで」
「それじゃあ、じゃんけんポイ」
雪野愛華の声に応じて私は前回と異なるパーを出した。
その結果全員がパーを出してあいこになった。
この事態におかしな点は普通ならない、でも雪野愛華にとってはバグが発生したようなものだった。
「…………は?なんであんたパー出した?」
私が雪野愛華に抱いていた誰にでも優しく振る舞う八方美人の印象から大きくかけ離れた声と表情でこっちを睨む。
「ゆ、雪野ちゃん?怖いよー」
「あんたはグーを出すはずでしょ!」
大きく取り乱して叫ぶ雪野愛華に教室の空気が凍る。
そして私の心も急激に何かに掴まれたような感覚に襲われる。
この時の私はまだ気づいていなかった。
リセット後に記憶が残っている人間が雪野愛華にとってどれ程の価値を持つのか。
「もう一回仕切り直そうか」
お互いに理解が出来ずに見つめ合う私達に大成君がそう声をかける。
「その必要はないよ出雲君」
雪野愛華は普段通りの笑顔と声でそう言うと席に座る。
「図書委員はあの二人ってことで」
「う、うん。了解」
山田君は驚きながらも返事をして黒板に私と大成君の名前を書く。
「……絶対〈速読〉じゃないでしょ」
この時既に雪野愛華はそう確信していた。
「まずは家を特定しようか」
悪魔はそう思って柊雫に話しかけにいく。
「これから話せないかな?」
「……分かりました」
お互いに思うところがあって事はスムーズに進む。
放課後に適当なカフェに入って向かい合うようにして席に座る。
「単刀直入に聞いちゃうけど柊ちゃんの能力は何?」
その言葉に柊雫という少女は動揺を見せる。
そしてその動揺は黒であることの証明でしかない。
「私の能力は……」
私はそこで難しい表情で言葉を止める。
「ごめんね、いきなり踏み込んだ事聞いちゃって。先に私の能力から言わないとだよね」
雪野愛華はそう言って咳払いをする。
「私の能力は〈セーブ&ロード〉で、セーブした地点に時間を戻すことが出来るの」
「じゃ、じゃあ!雪野さんがリセットしていたんですね」
私は思わず声を大きくしてそう聞く。
「……ごめんね柊ちゃん。まさか記憶が残っている人がいるとは思わなくて」
雪野愛華は本当に申し訳なさそうな表情をして頭を下げる。
「何をしても元通りになるから色々な経験がしたくて」
「気持ちは凄く分かります。私も言葉に出来ない事をやろうと思ったことがありますし」
何をしてもリセットされるだから。と邪な気持ちが生じたことは否定できない。
「……その様子だと私は柊ちゃんを相当苦しめちゃったみたいだね」
雪野さんがさらに表情に影を落としながらそう口にする。
「皆に忘れられるのはとても辛かったです」
私は雪野愛華をよく観察しながらそう言う。
普通の人なら何十回とやり直して人間関係をリセットするのは嫌う。
まるで世界に自分しかいないような気分になるからだ。
「謝って許されることじゃないよね」
雪野愛華は本当に申し訳なさそうに顔を上げてそう言う。
「せめてものお詫びとして今後は能力を使わないって約束する!」
真剣な表情で言われたその言葉に重荷から解放されるような感覚が走る。
「そ、それでは、もう忘れられることはないんですね」
私はホッとしながらそう呟く。
「やっと、やっと前に進める」
私は泣きそうになりながらそう呟く。
長かった、あまりにも長かった。忘れられることをどうにも思わなくなるぐらいには長かった。
「これで、大成君と――!」
私は思わず言葉にしてしまい慌てて口を押さえる。
「やっぱりそういう事?」
なんだか楽しそうな雪野愛華が身を乗り出してそう聞く。
「そういう事とは?」
「柊ちゃんは出雲君のことが好きなんでしょ?」
どう頑張っても逃げられる状況ではないので少し間を開けて肯定する。
「やっぱりそうなんだ!」
「……前回の記憶が残っているならその結論になりますよね」
前回の世界線、というか最近の世界線では私と大成君は恋人になっている。
「……いつから好きなの?」
雪野愛華は好奇心というより思わず言葉が出てしまったような困惑した顔で聞く。
「えっと……二回目の高校生活からですかね」
「……まじで?二回目からずっと好きだったの?」
信じられない様子で言葉にされると結構なインパクトのある私の高校生活に自然と顔に熱が帯びていく。
「す、凄いね。繰り返す何十年の間も想い続けてたんだ」
感心よりも引いたニュアンスが強めにそう言われる。
「……どこを好きになったの?」
すぐに好奇心が強めなニヤニヤした笑顔に切り替わった雪野愛華とお互い共感する部分があって楽しく会話をした。
「……柊ちゃんが狂ってるのか出雲君の魅力が化け物なのか」
出来れば前者であれと心の底から悪魔は思う。
人間観察という悪趣味な趣味を持つ雪野愛華にとって心の底で思っていることがある。
死ぬことが許されずに拷問を与え続けた場合人間はどうなるかという疑問。
殺さずに苦痛を与え続ける難易度は相当高い。
一番上手くいった〈触腕〉だって腕を切り落とす痛みまでしか与えられなかった。
その程度の痛みは慣れる。死ぬ痛みだって慣れる。
この程度で壊れたとは言えない。まだまだ人間性が残る。
早い内に私は痛みでは人間が本当の意味で壊れることはないと悟った。
だから精神的に追い込むことを始めた。
思春期に限らずいじめや性暴力は精神的に一番キツイことだ。
いじめの中に暴力は含まれているが本質は暴力と違う。
暴力は慣れていくのに対していじめは受け入れていく。
皆からの蔑む目やパシリ、軽い暴力を受けることが日常になると慣れたふりをして心の底に辛いという感情を追いやってその日々を受け入れる。
次に水をかけたり、机を隠すなどの嫌がらせとお金を要求する。
最初はお金を持って来ないから暴力を過激に下着を隠したりなどで過激さを増せば持ってくる。
ここまでいけば大抵のことは聞く。
だから次は壁を超える作業に入る。
最初は万引きをさせる。何回もさせて自分が犯罪をしたことを自覚させる。
次に身体を売らせる。万引きさせておいたことで自分への罰だと解釈してくれる。
ここまでいけば人間は大抵壊れる。
緊張の糸が切れて静かに命を絶つ。
ここで終わらせない為に、さらにどん底に落とす為に家族を引き合いに出す。
死のうとしてる時に家族を出されると踏みとどまる人が多かった。
玩具が壊れたらその度にリセットした。
それだけで狂って言葉も話せなかったのが噓みたいに元通りになる。
どこの学校に行ったところで自分自身が関与しない限り日常に変化はない。
そう思っていたら柊雫という唯一無二の玩具を見つけたのだ。
これまで学んできた苦痛を与える方法の全てを与えた場合人間はどうなるのか?
そんな最大の自己表現が出来ることが発覚した時の胸の高鳴りはどれ程のものだろうか?
「せいぜい楽しむといいよ、これが最初で最後の平和だよ」
最初は何もしない。リセットされないと希望を持たせた状態で日々を送らせる。
そして一瞬でその日々を消し去る。その時の表情はどんなものなんだろうか?
「楽しみすぎるよ雫ちゃん」
悪魔は自然と口角を上げながらそう呟いた。




