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狂愛の魔王  作者: ラー油
1章:僕の能力
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4.日常

 「着いたよ!出雲君」

 学校を一通り回った後僕は雪野さんに連れられて住宅街を抜けた場所にきたのだが…… 

 「ここ?」 

 僕の視界に映る色は緑と茶色の二色だけ。

 それに僕の家より高い木々……山だ。

 「うん。ここは私のお父さんが所有している土地でね私の好き場所なんだ!」

 雪野さんはそう言ってある程度整備された山道を登っていく。

 「おお、凄いな」 

 明るい緑の山道を少し登った先にあったのは10メートル程の滝だった。

 「ここの景色綺麗でしょ!」

 少し低い柵を掴みながら向こう側にある滝を見渡す。

 「迫力がすごいな!」

 滝と向かい合って見ることがなかったのでテンションが上がってしまう。

 「でも少し柵が低いね」

 「確かにそうだね。まあ、小学生の私が落ちないように作ったから仕方ないね」

 雪野さんはそう答えて重量がある長い袋を僕に手渡す。

 「座ろう出雲君」

 一緒にキャンプ用の椅子を広げて隣に並べて座る。

 「雪野さんはよくここに?」

 「うん、家も近くにあるからね。一人になりたい時に来るんだ」

 一面緑に囲まれて滝の景色と音、一人になりたい時にはベストな環境と言える。

 「ここでゆったり本を読んだりするとリラックスできるんだよ」

 雪野さんはそう言って鞄から図書室で見せてくれた本を取り出す。

 「ありがとう雪野さん」

 僕はお礼を言って椅子に深く腰掛けて水色の髪の女の子に勧められた本である信託の記憶(メモリー)を取り出す。

 「……いい人だな」

 僕を気遣ってここに連れて来てくれた雪野さんに感謝しかなかった。


 「この情報(戦い)を後世に残さないと……〈不死〉が()られた……能力の格が違う」

 死線を終えた後〈残留思念〉で未来に記憶を残して物語は締めくくられた。

 「いい話だった……けど敵側の描写、特に能力の詳細が極端に少ないな」

 その点が少し中途半端のように思える。

 「もうこんな時間か……この本のボリュームならこんなに時間かからないんだけどな」

 序盤の方は心臓の音のせいで全く集中出来なかったからな。

 「すや、ウトウト」

 横を見てみると落ち着かない原因である少女はどうやらお眠らしい。

 「会って一日も経ってない男に見せちゃいけない姿なんだけどな……」

 雪野さんの愛らしい寝顔を見てそう口にする。

 だけどこんな普通じゃなさすぎる状況にも不思議と冷静な自分がいた。

 まるでこうなるのが必然であるかのように。

 「……何を考えているんだ僕は」

 あまりにも気持ち悪い考えに自己嫌悪に陥る。

 「なゃにを考えてたの?」

 僕の独り言が聞こえていたらしく眠そうな目を擦りながら甘嚙みで尋ねてくる。

 「いや、えっと……本のことを」

 「本?……やっちゃったぁー寝ちゃった」

 雪野さんは寝落ちしたらしく本が半開きになっている。

 「出雲君にリラックスしてもらいたくて来たのに私がリラックスしちゃっ……た?」

 雪野さん言っちゃいけないことを言ったらしく急激に顔が赤くなっていく。

 「ありがとう雪野さん、リラックスできたよ」

 僕は慌てる雪野さんにお礼の言葉を言う。

 「そ、それならよかったよ」

 雪野さんは少しぎこちない笑顔でそう言って立ち上がる。

 「目的は達成できたし今日はそろそろ帰ろうか」

 「そうだね」

 僕達は来た時と違うオレンジ色の山道を他愛のない会話をしながらゆっくりと下って行った。


 「私の家ここなんだ」

 山を下りた後雪野さんは少し歩いた所にある大きな庭があって縦にも横にも長い家を指差す。

 「うん、それじゃあね」

 僕がお別れの言葉を残して立ち去ろうとすると今度は後ろ手を掴まれる。

 「待って!……一応ね?」

 雪野さんは上目遣いでそう言って僕の手を両手で包み込む。

 「ちょっと待ってね」

 雪野さんは動揺する僕にそう言って目をつぶる。

 「え、あ、うん」

 僕は状況を理解出来ずに口ごもる。

 「………………よし!」

 雪野さんは目的を達成したのか明るい顔を向ける。

 「あの、どうしたの?」

 「あ、ご、ごめん……つい」

 雪野さんは慌てて手を離して後ろに後ずさりしていく。

 「出雲君、家に着くまで何もないから!だから安心してね!」

 「そういうことか、……わざわざありがとう雪野さん」

 未来を視たことを理解した僕はお礼を言う。

 「え、あ、役に立てたならよかった……」

 雪野さんは顔を赤らめて目を逸らしながら硬直する。

 「じゃ、じゃあ出雲君また明日!」

 「……うん。また明日」

 〝また明日”。慣れない言葉で直ぐに発することができなかった。

 「明日が少し楽しみだな」

 不安な要素も多いけれど夕日を見ながら久しぶりにそう思えた。


 「いただきます」

 僕は何事もなく家に着いた後家族と夕飯を食べていた。

 「そういえば母さんと父さんは元々警察の特殊部隊にいたって言ってたよね」

 「昔の話よ。今はパソコンとにらめっこ」 

 父さんと少し酔っている母さんは昔凶悪犯罪を扱うような凄い部隊で働いていたと言っていた。

 「じゃあ〈未来予知〉っていう能力について何か知ってる?」

 僕から能力についての話が出たことに二人は驚いた様子を見せる。

 「ごほん、どうしてそんなことを?」

 父さんは一度咳払いをしてからそう尋ねる。

 「クラスメートに〈未来予知〉の能力を持つ子がいたから」

 「〈未来予知〉を!?」

 二人とも信じられない。という様子で同時に声を上げる。

 「言っちゃ悪いけど噓だと思うわよ」

 少し呆れた様子で母さんがそう言う。

 「実際に未来を言い当ててた」

 母さんの態度に少しムッとしてしまう。

 「ごめんごめん。信じてないわけじゃないのよ、ただ客観的に有り得ない話だからね。」

 母さんは柔らかい口調でそう言う。

 「有り得ないって?」

 僕は少しムキになりながら聞き返す。

 「そうね……まずは探知部の話からかしらね」

 確認するように父さんの方を向きながらそう言う。

 「そうだね、まずはそれからだね」

 二人は意見が一致したのか真剣な顔になる。

 「警察には探知部っていう探すことに特化した部門があるの」

 「表向きは物やペット探しをしている部署だね」

 父さんがそう付け足す。

 「そして裏では人、つまり能力を探しているの」

 「能育の推薦はここが出してるね」

 「初めて知った」

 なるほど、そういうシステムで能育の推薦は決められているのか。

 「……じゃあ〈重力の勇者〉って推薦を断ったの?」

 「なんで知ってるんだい?」

 父さんが真っ先に驚いた反応を見せる。

 「クラスが同じなんだ」

 「……良くないわね」

 母さんが険しい顔をしてそう呟く。

 「どうして良くないの?」

 背筋に嫌な汗が流れ始める。

 「推薦について話した時も終始舐め腐った態度だったらしい。なんで無能ばっかの国民を守るために努力しなきゃならないの?って感じでね」

 父さんが少し苛立った様子でそう言う。

 「なに高校生の子供が他を分かった気でいるんだか」

 母さんがボソッと悪態をつく。

 「なるほど分かったよ、ありがとう」

 もう十分結城君がどんな人なのかは分かった。

 「ごほん、話を戻すと〈勇者の能力〉はどれも強力だ、だから探す能力の優先順位でもトップに来る。僕たちはこれらの能力を一級能力と言っている、〈重力の勇者〉も一級に当たる」

 僕は視線を下に落としてやっぱり勇者は特別なんだと改めて理解する。

 「そして一級の上の位に〝特級能力”がある。〈未来予知〉は特級に当たる能力なんだ、だから公立の高校に居るべきな人材じゃないんだ」

 「じゃあ推薦を断ったってことになるの?」

 僕は落ち込んだ顔を勢いよく上げてそう聞く。

 「いや、〈未来予知〉が見つかった報告は受けていないわ」

 母さんが真面目なトーンで答える。

 「じゃあ、探知部が見落とし……」

 僕はここで言葉を止める。ここ数十年間優秀な人材を輩出してきた学校で英雄と呼ばれる者もいる。

 父さんと母さんの話から推察するに本当に有り得ないことなんだろう。

 「じゃ、じゃあさ!この事を探知部に報告するの?」

 「してほしい?」

 母さんは僕を宙に浮かせる時にするような意地悪な顔になる。 

 「このことは秘密ってことになっているんだ」

 「じゃあ報告しようかな」

 「ちょっと、母さん」

 父さんが慌てて母さんを諭す。

 「冗談冗談。本人が秘密にしたいって言ってるなら本人の意思を尊重するわ」

 「本当に頼むよ母さん」

 僕は両手を合わせてお願いする。

 「素朴な疑問なんだけど〈未来予知〉は勇者よりすごい能力なの?」

 話を変えるために気になったことを聞いてみる。

 「もちろんよ。近年の日本は島国っていうのもあってトップクラスに平和って言えるわ。でも地続きの国はそうもいかない、資源や強い能力者を求めて戦争やテロが多発している」

 母さんは真面目な表情でそう言う。

 「でも未来が視えたなら全てとはいかずとも少ないとは言えない命を守れるの」

 だから特級に位置しているの。と話を締めくくる。

 「あとさ、自分以外の未来を視る時の発動条件ってわかる」

 薄々察してはいるが一応聞いておく。

 「基本的には相手に触れることかな?」

 予想通りの回答が父さんの口から出る。

 「まあ、細かい能力の詳細はその子と仲良くなって本人から教えてもらうといい」 

 「ありがとう父さん。そうするよ、ごちそうさま」

 聞きたいことはほとんど聞けたので食器を下げて部屋に戻ることにした。


 「……さっきの話どう思う?」

 僕がいなくなった後、母さんが重い沈黙を破るように父さんに問いかける。

 「〈重力の勇者〉はギリギリ理解できる。だが〈未来予知〉は有り得ない」

 父さんは腕を組みながら真剣な口調でそう返す。

 「探知部に情報が上がらないということは小さい頃から他言を避けてきたってことになるわよね?高校デビューで言ったのかしら?」

 「もしそうならその内探知部に情報が上がるさ。そうなれば国連がどんな手段を使ってでも手に入れようとするだろうしね」

 平静を装いつつ過去の経験を基に分析する。

 「……大成の話から考えるとあんまり公にしていない気がするわよね」

 この世を生きて、大成を見てきたから分かること、それは幼少期に能力を使わないで過ごすのは不可能であるということ。

 自慢をしない人間なんか大人でもいないのだから。

 「もう少し……様子を見よう。悪く考えすぎさ」

 父さんは嫌な想像を飲み込んで絞り出すようにそう言う。

 「親がせいぜい与えられるのは機会だけなんだ、自信は与えられないんだ」

 もう少し様子を見よう。そして今度は爆発する前に必ず気づいてやろう。

 「大成には少しでも人と対等に関わることが必要だ。大成が笑えている内は関与するべきじゃない」

 「そうね……様子を見た方がいいわよね」

 母さんは不安そうなのは変わらないが気持ちの整理はできたようだ。

 

 「今日はいろいろありすぎたな」

 僕は自分の部屋に戻った後ベットに横になりながら今日起きたことを思い出す。

 「どうして僕が無能なことを知っていたんだ?」

 一人になるとどうしても嫌なことを考えてしまう。

 でも本当に謎なのだ、知り合いだとしたら僕が知らないわけがない。

 勇者の能力なんて耳に入らないわけがないのだ。

 「ピコン」

 なんでどうして。でだんだん頭が染まっていく最中にケータイが鳴る。

 「そうだ、連絡先を交換したんだった」

 いつもは一切鳴ることがないスマホに少し驚く。

 「読み終わったよ!凄く面白いから出雲君にも読んでほしいな!」

 「読んでみるよ」

 こんな返しでいいのか?

 「じゃあさ!明日お互いの本を交換しようよ!そうしたら感想も言い合えるしね」

 「それいいね!」

 僕は素晴らしい提案にすぐさまそう返す。

 「約束だよ」

 そう意味するテディベアがハートを持っているスタンプが届いた。

 「約束するよ」

 スタンプの使い方なんて知らないので文字で返す。

 「HAPPY」

 同じ種類のスタンプでそう帰ってくる。

 「悪い事ばっかりじゃないな。こんな良い人と会えたんだから」

 僕は雪野さんに抱いた偽りのない印象を呟いて、明日話す内容をシュミレーションしながら目を閉じた。





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