39.はじめまして
「頑張れ雫!」
「……行ってきます」
リセットされて約2ヶ月経って高校入試の日になり既に8ヶ月通った高校に久しぶりに向かう。
「何を頑張ればいいの?」
今更高校入試程度の問題に苦戦することなんて絶対にない。
何年生きていると思っているんだ。それに全ての問題を覚えている。
そんなくだらない茶番をしに行くというのに私の心臓の鼓動は加速していく。
もう二ヶ月も出雲君に会っていない。会いに行こうとも思ったけれど行かなかった。
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが鳴って入試が始める。
私は前回と同様に解答して90点前後の点に調整した後は一教科ごとに50分の虚無な時間が訪れる。
「キーンコーンカーンコーン」
再びチャイムが鳴って一教科目が終わると私は席を立って廊下の一番奥のトイレに他の教室の中を横目に見ながら向かう。
「……あ!」
「……?」
三つ先の教室を通り過ぎるところで扉から表情が渋い出雲君が出てくる。
「え、あ、その、おはようございます」
私は思わず口ごもりなから挨拶する。
「あ、うん。おはよう」
困惑した様子の出雲君は小さい声で挨拶を返してくれる。
「……それじゃあ」
少しの沈黙の後出雲君はそう言って私の横を通り過ぎる。
「あ、あぁ……ま、待って!」
静かな廊下に私の大きな声が響き渡ると出雲君を含めた複数の視線が向けられる。
「ど、どうかした?」
「え、えっと……お久しぶりです」
私がそう言った瞬間出雲君は瞳孔を鋭く、警戒した様子で私を睨む。
その視線は私に深く突き刺さる。
「…………ごめんなさい。人違い、でし、た」
私はそう言って足早に立ち去る。
今になって考えれば出雲君にとってお久しぶりは地雷でしかない発言で私が過去を知っているかもしれない存在に見えて警戒するのは当然のことでした。
でもその時の私にはそんなことは知らなくてリセットされて出雲君が私のことを忘れてしまった事実だけが私の心を支配した。
「……分かってた!分かってたよ、何回も経験してきた。でも、でも!こんなのあんまりじゃないですか!」
トイレに来た私は走馬灯のように一瞬の内に楽しかった記憶を思い出して嗚咽混じりで声量を殺しながら涙を流す。
「……ははは、バカだな私。こうなるって分かってるのに何で地獄の糸を掴んだんです?」
その糸が切れて再び地獄に落ちることなんてとっくに知っていたのに。
「……くだらない」
そうだ、そうだった。実にくだらない茶番だ。
私の人生そのものがくだらない茶番じゃないか。
「そもそも図書委員に入らなければいい」
そんなことを考えながら涙を止めて表情を硬くする。
そして指定の教室に戻って作業を始める。
「……………………?」
最後の教科である理科の答案を埋めていると白い答案の上に灰色の点がいきなり浮かび上がる。
「……何で?」
灰色の点の正体は考える間もなく涙だと悟るとペンを置いて机にうつ伏せになる。
どうやら私が思っている以上に出雲君を思っているらしい。
どれだけ気にしないようにしても出雲君の優しい表情がずっとずっと前に同じ顔を向けてくれたお姉ちゃんとお母さんに重なるのだ。
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが鳴って回答が回収された後も涙は止まらずに気持ちが落ちついて帰る頃には誰一人教室にはいなかった。
「……え?」
「こんにちは」
校門を出ると出雲君が待っていて手を振られる。
「ど、どうかしましたか?」
「様子が変だったから気になってさ」
そう言う出雲君の表情はなんだか掴みどころがなくてよそよそしい。
「君は僕のことを知らないよね?」
「……はい。友人に似てい――」
私は適当な噓を言おうと思ったけど言葉を止める。
嫌だった。出雲君を知らないなんて言いたくない。
「……いえ、私はあなたを知っています出雲君」
私が名前を言うと出雲君は顔を押さえて何かをブツブツ言い始める。
「何で?どうして僕の名前を?おかしいだろ、せっかく遠い場所に――」
「あ、あの?大丈夫ですか?」
私が心配でそう言うと出雲君は鋭い目をこっちに向ける。
「ご、ごめん。でも僕は君が誰か分からないんだけど」
「そうですか……やっぱりそうですよね」
面と向かって言われて事実となったことで私は泣きそうになる。
「ご、ごめんなさい。入試で緊張している日に気の散ることを言ってしまって」
私はそう言って頭を下げて出雲君の横を通り過ぎようとする。
「ま、待ってもらえないかな?」
出雲君はそう言って私の手を掴む。
「少し二人で話せないかな?」
「……え?」
私は素っ頓狂な声を出してしまう。
「ど、どうしてです?」
「えっと……話しをした方がいいと思ったから?」
そう言われて出雲君の視点で考えるとその通りだった。
「わ、分かりました。どこで話しましょうか」
「うーん……この地域に来たのはお互い始めてか」
うん?ここに来たのは始めて? そんな話は聞いたことはない。
そもそも出雲君の中学生以前の話はあまりしたことがない。
「で、では近くにいい感じの広場があるのでそこに行きませんか?」
「そうなんだ。じゃあそうしようか」
こうして私達は気まずい雰囲気で花の綺麗な広場へ歩く。
そこはリセットされる前に出雲君と定期的に来ていた場所だ。
「……綺麗」
出雲君は最初に来た時と同じ目を見開いて感嘆の声を出す。
「そこのベンチに座りましょうか?」
「……もう少し先に行かない?」
「は、はい」
出雲君の提案に返事をしてしばらく歩いた後人のいない場所に行く。
「ここらへんで話そうか」
「そ、そうですね。落ち着いて話せますね」
私達はそう言って人気のない木々の近くで立ち止まる。
「そうだね、誰にも見られることはなさそうだね」
出雲君は無表情でそう言うと私の首を両手で掴む。
「っぐ!……出雲君?何をして――」
「君は僕のことを知っているんだろう?じゃあこうなるって分かったんじゃない?」
そう言う出雲君は無表情であの日結城君に向けた以上に闇が深い目を向ける。
「それとも僕なんかは取るに足らないほど強い能力なのかな?」
「な、何を言って――」
「分かるだろう?何でわざわざ遠くのこの高校を受けたと思っているんだ?」
どうして私は今出雲君に首を掴まれて敵意を向けられているんだろう?
何でそんな怖い目を私に向けるのでしょう。いつもの優しい顔はどこにいってしまったんだろう。
「僕は変わりたいんだ柊さん。だから君は邪魔なんだ」
出雲君はそう言うと首にかかる力が強くなる。
「っどうしてこの高校なんだ!何で僕の前に現れたんだ!」
首にかかる力がさらに強くなって鬼気迫る声と表情に涙が出てくる。
私の全てを否定された気がしたからだ。
「やだ、止めて、そんな顔をしないで、離して、わ、たしを、忘れないでよ」
私は首を圧迫されたまま吐き出すようにそう言葉を発する。
「そんな顔今までしなかったでしょ?どうして、どうして!」
あの優しい表情からかけ離れた怖い顔に向かってそう叫ぶ。
何があったらこんな二面性を持つことになるのだろうか?
「どうしてかって?そんなことは簡単だ、邪魔なものは排除するればいいんだ」
私の声に出雲君は少し動揺したがすぐに怖い顔に戻る。
「わ、私はただ出雲君と友達になりたいだけです!」
「……じゃあ何でこのタイミングで接触してきたんだ?高校生になってから何も知らない振りで接触するのがベストだと思うんだけど?」
「何を言ってるの?」
分からない、分からないよ出雲君。
私は高校生の出雲君しか知らないの、だからどうして出雲君を知ってちゃダメなのか分からないよ。
「まあいいや、絶対に僕のことを他の人に絶対に言わないでね柊さん」
出雲君はそう言って首から手を離す。
「そ、それはもちろん」
「連絡先教えておくから入試の結果を教えてね柊さん」
出雲君がそう言って携帯を取り出すのを見て出雲君が私と同じ学校に進学する気がないのを悟る。
「い、嫌です。私は出雲君と同じ高校がいいです」
「僕は嫌なんだよ」
出雲君がそう言った後少しの沈黙が訪れると携帯をしまう。
「……余計なことだったな」
それはその通りで、併願した私立の高校に行けば私とはまず会わないだろう。
「だ、ダメですよ出雲君。そんなの嫌です」
そんなこと許さない。私はあなたと一緒がいい。
「わ、私の能力なら出雲君の学校も引っ越した場所も特定出来ます。だから違う高校に行っても意味はありません」
私は震える声で最低な言葉を発する。
「そう、だったらせめて違う高校に――」
「もし同じ高校に行ってくれるなら絶対に言いません」
私がそう言うと出雲君は心底困惑した様子を見せる。
「違う高校に行くなら出雲君の全部を暴露します」
「……意味不明だな。普通逆じゃない?」
「逆じゃありません!」
「はぁ……今、君は自分の能力が戦闘向きじゃないことを暴露したようなものなんだよ?」
出雲君はため息混じりそう言うと一歩私に近づく。
「そうです。私の能力は一切戦闘に向きません」
私はそう言って両手を広げる。
「煮るも焼くもお好きにしてください。でも私は絶対に折れません」
私はそう言って涙でぐちゃぐちゃの顔で出来るだけ笑顔を作る。
「……いつまでそれを言えるかな?」
出雲君は怖い目を向けながらそう言って携帯のカメラを向けて私のスカートを掴んで上に上げていく。
そんなことでは絶対私は折れない。記憶が無くなってもあなたともっと話したい。
その為にはどんな目に遭っても構わない。
「……クソ!」
あと少しで下着が見えるところで出雲君はスカートから手を離して苛立ちを叫ぶ。
「君は何者なんだ柊さん?」
「私はあなたの友達です」
「……君みたいな人がいたら僕はこうなってないと思うんだけどな」
出雲君は遠くを見つめるようにそう口にする。
「柊さんはどうして僕を知ってるの?」
「……出雲君は私が未来から来たって言ったら信じてくれますか?」
私がそう口にすると出雲君は頭を押さえて空中を睨む。
「もしかしてだけど柊さんは高校生以前の僕を知らないんじゃ?」
「そうです。私は本と英雄譚が好きで、運動神経がよくて、優しくて正義感が強い出雲君しか知りません。あとは能力と武道の話はNGということも知っています」
私がそう答えると出雲君は頭を勢いよく下げる。
「ご、ごめん柊さん。どう謝ったらいいのか」
「えと、あの……信じるんですか?」
かなりぶっ飛んだことを言った自覚があるので思わずそう聞き返す。
「じゃあ柊さんは僕が無能ってこと知ってる?」
「…………え?無能ってどういうことですか?」
「能力が無いってことだよ」
「……なるほど、そういうことですか」
出雲君が能力の話を嫌うのは私に似た残酷な理由があったのだ。
「でも何で今言ったんですか?」
少なくとも前回の世界では出雲君はそれについて話そうとしなかった。
「どうせ知ってると思ってるから。でもリアクションを見るに本当に知らなかったみたいだね」
そう言う出雲君の表情は優しいものに変わっていた。
「柊さんの能力っていったい何か教えてもらってもいい?」
「私の能力は見たものを決して忘れることが出来ないというものです」
私がそう言うと出雲君は驚くような理解の及ばない困惑した顔になる。
「その能力だと未来から過去に来るのは不可能だよね?」
「そうです、私は時間が戻っても記憶が残っているのが正しいです」
「つまりこの世界の誰かが時を戻してるってこと?」
「そうなりますね」
私がそう答えると出雲君はとても悲しい同情するような顔を向ける。
「それってさ、時間が戻るのは柊さんの意志じゃないよね?」
「はい。前触れもなく急に時間が戻ります」
「そんな残酷なことが……」
出雲君はそう呟いてさらに表情に影を落とす。
「僕は柊さんを知ってるの?」
「……今の出雲君は知りません」
「それはつまり昔の僕は知っていたの?」
「仕方がないことです。私以外の人は同じ日常が繰り返していることに気づけないんですから」
それは受け入れないといけない避けようのない現実だ。
「だ、だから忘れられるのは仕方ないんです」
忘れられることは辛くて虚しい。でもそれ以上に睨まれて拒絶される方が圧倒的に苦しい。
そして一人で本を読み続ける虚しい日々を送りたくない。
もっとたくさん出雲君と話したい!
「私は出雲君のことをもっと知りたいです」
私はほとんど出雲君のことを知らない。
能力のことだって話したくないってことしか知らないで能力が無いってことなんて全く知らなかった。
「出雲君はどうして武道を辞めたんですか?」
「…………えっと――」
「答えなくて大丈夫です出雲君。いつか、どんなに時間がかかっても話してもらいますから」
吹っ切れた私は涙を拭って困惑した出雲君に笑顔を向ける。
「私達が話した時間は20分ぐらいですよね?」
「う、うんそうだね」
「それならギリギリ大丈夫そうです」
私はそう言って少し頬が赤い出雲君の頭を触れて能力を行使する。
「今度は初めましてですね出雲君」
私はぼんやりとしている出雲君にそう言い残してその場を立ち去った。
「行ってきます」
「高校は楽しいぞ雫!」
「うん!」
私は元気よくそう返事をして学校へ向かい二回目の入学式と自己紹介をする。
そしてそれらの茶番を終えると図書室に行って時間を潰す。
「……広いな!それに本棚も多い」
30分ぐらい経ったところで出雲君が現れてミステリーの本棚の方に向かう。
「この日を二ヶ月待ちました」
私はそう呟いて同じくミステリーの本棚に向かってワクワクして小さな子供みたいな無邪気な表情な出雲君をしばらく見守る。
「これなんていかがでしょうか?」
私は前もって準備して読んでいた本を出雲君に差し出す。
「え、えっと……」
「急に話しかけてしまってごめんなさい。随分と悩んでいる様子でしたので」
私は自然と口角が上がっているのを感じながらそう言う。
「見られちゃってたか……本の数が多すぎてさ」
「そうですよね、一生かかっても読み切れないほどありますね」
私は全体を見渡しながらそう言う。
「……余計なことでしたね」
テンションそのままに話しかけてみたが逆効果だったらしい。
「ま、待って!」
立ち去ろうとしたところで出雲君に呼び止められる。
「せっかくだし読んでみるよ」
「本当ですか!?」
思わず大きい声を出して振り返って勢いよく本を手渡す。
「わ、私!柊雫といいます!図書室にいることが多いので感想とか教えてくれると嬉しいです!」
「う、うん……分かった」
「それでは、また!」
私は元気よくそう言って立ち去る。
私は不定期にリセットされながらも私は出雲君と数え切れない冊数について語り合って。カラオケやボウリングといった娯楽を楽しんだ。
海や川、山やサイクリングなど出来る限りの場所にも行ったしオセロや将棋といったゲームでは何回も何回も繰り返し楽しめた。
出雲君ではなく大成君と名前を呼ぶ機会も増えて逆に雫と言われる頻度が増える度に私はこの狂った世界が美しく感じられた。
でも関係がどれだけ深まっても出雲君の口から無能や高校生以前の話は聞けなかった。




