36.お喋り
「やっぱり高校は楽しいだろ?」
「……行ってきます」
ドヤ顔のお父さんが妙に気に触ってぶっきらぼうな声で家を出る。
「昨日の今日で何を浮かれているんですか」
早く起きるのは珍しくないが早く家を出るのはレアケースだ。
「……馬鹿ですね私」
高鳴る胸を押さえて歩いているといつもの登校時間から45分も早く教室に着いてしまった。
「早く来ても会えるわけではないでしょう」
しょうがないので図書室に行く。
そもそも図書委員の係以外で会えることなんてあるのか?
そんな疑問を抱えて適当な本を手に取る。
「ガラガラ――」
本を読み始めて10分ぐらい経ったところで図書室の扉が開く。
「……え?」
私は音の方向に視線を上げると思考が停止して間抜けな声を出す。
「あれ、柊さん?随分と早いね」
「それはこっちの台詞です」
少し驚いた顔をする出雲君にそう返す。
本当に偶然なのか怪しいほど私に都合がいい展開になる。
「出雲君はどうしてこんなに早く?」
「早起きしちゃってやることもなくてさ」
「私もそんな感じです」
「本を読みに来たの?」
「それ以外でここには来ません」
「そっか、そうだね」
棘のある言い方をしてしまったのに出雲君はなんだか嬉しそうに笑う。
「ところで柊さん。何かおすすめの本はある?」
「そうですね……これなんてどうですか?」
私は少し考えた後私は極夜の朝というミステリー色の強い恋愛ものを手渡す。
「いい本を知ってるね柊さん」
「……読んだことありましたか」
マイナーではないが攻めた内容で万人受けするような本ではないので少し驚く。
「ヒロインの能力が〈光の吸収〉で体質的に紫外線をあまり浴びれないって話だよね?」
「そうです。主人公の能力が〈呪縛〉のやつですね」
私がそう言うと出雲君は距離を詰めて輝いた目を向ける。
「そうそう、最初からまるで存在しないように書かれていた主人公が最後の独白で自分の姿が見えない呪縛をかけたことが明かされた時は鳥肌が止まらなかったよ」
「呪縛の正体は主人公の姿が通常の人は見ることが出来ない色になっていたんですね」
人間の目は色と色が打ち消しあって見えない色が存在する。
ただ〈光の吸収〉によって吸収することによってヒロインは見ることが出来ていたのだ。
「〈呪縛〉の詳細は代償系の能力で対価が見合わない代わりに大それた効果になっているのが切ないですよね」
主人公が虐待から逃れるために自らにかけた縛りは誰にも視覚されない身体だった。
学校に行くという普通の生活を望んでいた主人公にとってそれは呪いでしかなかった。
「都合よくいかないことを理解した上で〈呪縛〉をヒロインの普通の生活という夢を叶えるために使う時は息が詰まりそうになったよね」
「それです!依存の関係を良しとしないのは愛の重さを感じます」
「ヒロインに前を向かせるために〈呪縛〉を使うのは純愛そのものだよね」
「はい!ヒロインの能力を〈発光〉に変えて太陽の下を歩けるようにして普通の日々を送れるようにした後の“どこ?"には頭を抱えました」
〈光の吸収〉が無くなってもう二度とその姿を見てもらえなくなる縛りともう二度と姿を見ることが出来ないという呪いが能力を変化させる不可能を可能にさせたのだ。
「何が起きたのかを理解したヒロインが最後に〈発光〉を使って暗闇を光らせて主人公の影を探すのは美しいものがあるよね」
「でも結局離れることを選んだ主人公はもう近くにはいなくて離れた所から無情に光るヒロインを見ながら“これからの君の日々は極夜じゃない"で締められるのは痺れました」
「中盤まではゆっくりと共依存になっていくのを描いたところで独白は反則だよね」
それから私達は本を読むことはなく夢中で語り合った。
「それじゃあ――」
「キーンコーンカーンコーン」
「……え?」
不意に鳴ったチャイムに素っ頓狂な声を出して時計を見ると朝のホームルームが始まる時間をしっかりと指している。
「まずいね……」
出雲君はそう呟いて足早に図書室を出ようとする。
「……柊さん?」
「あ、はい!今行きます」
私は一旦考えるのを止めて急いで教室に向かう。
「それじゃあ柊さん」
出雲君は私に小さく手を振って自分の教室に向かう。
「すみません遅れました」
私はそう言って気まずい教室の中に入っていく。
鞄を置いてあったから先生は都合よく解釈してくれた。
「……30分も話していたの?」
その事実が信じられずに頭を押さえる。
正直言って5分程度だと思っていた。
「浮かれすぎですよ……」
私は少し熱くなった顔を押さえながらそう呟いた。
「おはよう柊さん」
「おはようございます」
次の日の朝、今回は憂鬱な気持ちが先行して図書室に来ていたのだが再び出雲君に出会った。
「今日は体力測定だね」
「……そうですね」
「憂鬱そうだね……」
体育がある日も憂鬱だが丸一日運動しないといけないこの日も地獄だ。
「この話はやめましょう。不毛です」
「そうだね、それじゃあ――」
出雲君はなんだか嬉しそうにメジャーな本の話題を振る。
そして今回はチャイムが鳴る少し前で話を止めて教室に向かう。
「柊さんは本以外に好きなものはある?」
「そうですね……強いて言えば楽器ですかね?」
「どんな楽器をやってるの?」
「だいたい出来ますがヴァイオリンが一番得意です」
「だいたい出来るってピアノやギターとかも出来るの?」
「出来ますね」
「凄いね、普通は一つの楽器で手一杯になりそうな印象だったんだけど」
「確かに特殊かもしれませんね」
時間は嫌というほどあったし音感もあったからそこまで苦戦した思い出はない。
それに時が戻っても成長することができる楽器はありがたい存在だった。
「出雲君は何か好きなものありますか?」
「僕は運動全般……かな」
出雲君は少し言いずらそうにそう口にする。
「何かやってたスポーツはありますか?」
「スポーツか怪しいけど空手と柔道とか武道全般かな」
「……強さに自信があるってことですか」
結城君に反抗出来たのは武術をやって周りより強い自信があったから?
だとしたら能力だって強いものなんだろうか?
「そういえば出雲君、能力を――」
「僕は強くなんかないよ」
そう言われて顔を上げると渋くて苦々しい表情の出雲君を捉える。
「そうですか?誰かを守るために自分を犠牲に立ち向かえる人は強いと思いますが」
「それは違う、僕はそんな人間じゃない。自分さえよければいい、そのために誰かを陥れるような人なんだ」
「そうなんですか?私が見た出雲君はそうは見えませんでしたが」
人間の本質はそう簡単には変わらない。
長い空虚な時を過ごした私だって変われていない。
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
「お節介かもしれませんが自己犠牲は確かに美しいことです。ですが結局のところ自分を一番に考えていいと思いますよ」
「それは……」
「もちろん結城君のように誰かを傷つけて楽しむことを良しとしているわけじゃないですよ」
いじめなどの誰かを傷つける卑劣な行為はもちろん嫌いだ。最低だと思う。
だけど傍観者を止めて友達と過ごす平穏を手渡すかと言われれば首を横に振る。
「私は自分を守る見て見ぬふりは行使していい権利だと思います」
「……なるほど」
出雲君は納得は出来なそうにそう口にする。
「あんまり自分を責めすぎないことですよ出雲君」
「そうだね、ありがとう柊さん」




