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瓦礫(がれき)の山

作者: もとはし

   瓦礫の山


 僕はまた仕事を辞めた。上司とのほんの小さな言い争いだった。でも、そんなものは切っ掛けに過ぎなかった。つまらなかったのだ。毎日毎日たいして変化の無い生活。自分のやりたい事とは掛け離れた仕事内容。諦めたはずの夢をまた思い出してしまった。僕は小説家になりたかった。しかし、何処にも出す事無く夢を捨てた。否定されるのが怖かった。それに、僕の気持ちや意図がそんなに簡単に伝わるなんて思っていなかったから。結局そんな中途半端な諦め方が、仕事に対してのやる気を失わせていた。僕には仕事を辞めると必ず行く場所があった。そこは瓦礫の山が見下ろせる小さな高台の公園。そこで煙草を吸いながら瓦礫の山を眺める。役に立たない瓦礫の山が僕の書いた小説のように見えるから。いくら書いても理解されずにゴミとなっていく僕の小説に。それを見に来るようになってから僕は小説を書かなくなった。今度も僕は諦めきれない夢を捨てにその場所へバイクで向かった。混雑した都心を抜けてすれ違う車の数がだんだんと減っていき、そして全く人気の無い公園に辿り着いた。バイクに乗ったまま手すりの横を抜けて、公園の隅にあるベンチに向かった。いつも座るベンチは茂みの脇を越えた人目の着かない所にあった。たまにこの場所で恋人達がいちゃついている事があったが余程のことがない限りここまで人が入ってくる事はなかった。茂みを抜けていくと一台のスクーターが停まっているが見えた。
「先客がいるのか…。」
 僕はヘルメットの中で呟いた。出直そうと思い少し前の広くなっている所でUターンをしようとした。その時いつものベンチに座っている人の姿が見えた。女の人だ。一人で煙草を吸っている。そして瓦礫の山をじっと見詰めている。僕は彼女に自分と似ている何かを感じた。彼女はバイクの音に気付いて振り向いた。少し長い髪が風に揺れるのを左手で押さえながら僕に何かを言った。しかし、バイクの音に消されて何を言ったのか聞き取れなかった。僕はバイクのエンジンを切って彼女のスクーターの横に停め直した。そしてヘルメットを脱いで彼女に聞き返した。 
「今、なんて言ったの?」
 彼女は面倒臭そうに答えた。 
「エンジンを止めてって言ったの。もう少しの間だけこの景色、静かに見ていたかったから。あなたもこの景色、見に来たんでしょ。」
 そう言って彼女は自分の荷物を退かして座る場所を開けてくれた。僕はヘルメットをバイクの上に置き、彼女の隣に座った。彼女は瓦礫の山を見詰めている。僕は不思議な気分だった。こんな所で彼女は唯、瓦礫の山を見詰めている。普通に考えればこんなにもつまらない景色を見ていようとは思わないはずだ。しかも、人気の無い所に女の子独りで。しばらくの間、僕は彼女の顔を見詰めていた。すると彼女が、すっと瓦礫の山を指差して言った。
「あそこにね、あの山の何処かにね、私が居るの。あなたも居るんでしょ、あそこに。私、知ってるんだから。」
 僕には彼女の言っている事が何となく分かった。確かに僕はあそこにいる。小説家と言う夢を抱いていた僕が。でも、この言葉を僕以外の人が聞いたら一体どう思うだろう。普通だったら変な子だと思うのではないだろうか。彼女も感じ取ったのだろうか。僕と彼女が何となく似ている事を。僕が彼女を不思議そうな顔で見ていると、突然彼女が僕の方を向いた。そして微笑みながら言った。
「突然変な事を言う子だと思ったでしょ。私ね、あなたのこと知ってるの。よくここに彼と一緒に来た時、時々あなたが今の私みたいにここに座っていた。そして、ずっとあの瓦礫の山を見ていた。その時はなんでこんな所にいるんだろうとしか思わなかった。でも、今日独りでずっと見てて分かったの。きっとこの山に自分を見ていたんだなって。私ね、昨日その彼に振られたの。私にとってこの場所は彼と初めてキスした思い出の場所だった。その思い出に浸りながらの瓦礫の山を見ていたら、こんな思い出、あの瓦礫と一緒に捨ててやるって思えてきて。そうしたら、ふとあなたの事を思い出して。ああ、あなたもここに何かを捨てに来たんだなって。」
 彼女の顔をよく見ると、目が赤く腫れていた。多分、僕が来る直前まで泣いていたのだろう。しかし、彼女は何故初対面の僕にこんな事を話してくれたのだろうか。この景色を通して僕に親近感を覚えたからなのだろうか。僕は彼女に理由を聞いてみた。すると彼女はまた瓦礫の方を向いて言った。 
「本当はあなたの事が気になっていたの。あっ、変な意味に取らないでね。ずっとあんなの見てて何が楽しいのかなって思っていただけだから。ずっとそれが気になってて。でもそれがさっき分かって、そうしたら少し嬉しくなって。この人なら私の気持ちも分かってくれるんじゃないかなって思えてきて…」
 ここまで言って突然、彼女は慌て出した。そして少し大きな声で言った。
「ごめんなさい。そんなの赤の他人に話す事じゃないですよね。ついなんか自分を理解してくれる友達にでもあったような気分になっちゃって。本当にごめんなさい。迷惑ですよね。」
 そう言って彼女は立ち上がり僕に軽く頭を下げた。僕は突然我に返った彼女に思わず笑ってしまった。始めの突き放したような冷たい印象からは想像できないような明るくかわいらしい彼女に。それから僕達はその後も頻繁に会うようになった。
 その日も彼女は僕の家に遊びに来た。こんな事はもう何度もあった。普通という言葉で表現できるくらい、僕達には当たり前の事になっていた。僕がドアを開けると、彼女は決まって鞄の中から借りてきた映画を出して
「一緒に見よう。」
 と言った。もちろん、その映画が僕の家に遊びに来るための口実なのは分かっていた。どうも何か理由を付けないと僕の家には来づらいらしい。でも、僕はそんな彼女を可愛く思っていたし好きだった。映画を見終わり、僕が珈琲を煎れている時だった。彼女が一冊のファイルを本棚から取り出し、開きながら言った。
「これ小説?自分で書いたの?」
 彼女の口調は少し驚いたようだった。無理もなかった。僕はそんな事一言も彼女に言わなかったし、そんな素振りすら見せていなかった。それに捨てた夢の残骸のようなものだからできれば彼女には見られたくなかった。というよりも僕が思い出したくなかった。彼女は僕の返事を聞く前にもう読み始めていた。そして切りの良い所まで読み終えてからさっきと同じ質問をした。
「この小説、自分で書いたの?」
 僕は
「そうだよ。」
 と一言だけ答えた。彼女は微笑みながら言った。
「これ、持って帰って読んでも良い?」
 僕は答えに困ってしまった。それは感想を聞きたくないからだった。面白いと言われれば嬉しいには嬉しいが、また夢を追い掛けてしまいたくなるかも知れない。逆につまらないと言われたら、価値観の違いで彼女を嫌いになってしまうかも知れない。僕が悩んでいる顔を見て、彼女はハッとした表情をした。彼女は頭の良い人だ。きっとあの時の、僕と彼女が出会った時の事を考えているに違いない。僕があの瓦礫の山に捨てたものを。
「ねぇ…」
 彼女が小声で呼んだ。僕は返事をしなかった。
「私達が出会った日、あの瓦礫の山に捨てたものって一体何だったの?そういえばまだ聞いた事無かったよね。ねぇ、これなんでしょ。」
 彼女は真剣な目をしていた。彼女にはその小説が僕にとってどれだけ大切なものかが分かっているらしい。僕は彼女の真剣な目に答えなくてはならなかった。瓦礫の山に捨てたもの、それは、
「多分、君の思っている通りだよ。僕はあの場所にとても大きなものを捨てたんだ。それは僕が一生を掛けても良いと思ったもの。小説家になりたかったんだ。かなり本気で。でも僕は憶病者だったんだ。自分で書いたものを否定されるのが怖くて、人に見せる事が出来なかった。でもそれは書いたものの出来が悪くてではないんだ。凄く自信があった。だからよけいに怖かったんだ。それを否定されるという事は僕自身を否定されるのと同じ事だから。それに僕の思いが簡単に目を通しただけで伝わるとも思えなかったしね。だから僕はあの場所に夢を捨てた。あの瓦礫の山が、書いても書いても認められずに捨てられてしまう小説の山に見えたから。でもね、それは捨てられなかった。そのファイルには今まで僕が書いた小説が全て入っている。きっとそれまで捨ててしまったら、僕は抜け殻になってしまう。でも、そんなものいつまでも残しているから決心が鈍るんだ。その度に僕はあの瓦礫の山を見に行った。僕の夢がそこに捨てられているのを確認するために。」
 僕は冷めた珈琲を一気に飲み干した。彼女は僕のファイルをしっかり胸に抱いていた。それはまるで僕自身が抱き締められているかのようだった。僕は彼女なら理解してくれるのではないかと思った。彼女に小説を託そう。そして、彼女でさえ理解できなかったら、今度こそ夢は諦めよう。彼女は少し怯えた目をしていた。そのファイルが自分の思っている以上、僕が大切にしている事に驚いたらしい。それを読んで欲しいと言ったらもっと驚くだろうか。それよりこんな話しをした後で読んでくれるのだろうか。全部彼女の気持ちに任せようと思った。
「こんな話しをした後であれなんだけど、それ読んでみる?と言うより読んで欲しい。君なら多分、分かると思うんだ、僕の思いが。あの瓦礫の山に自分自身を見たのだから。大体小説なんて読んでもらうために書いているんだから。」
 僕は笑ってみせた。彼女の責任を減らすために。でも彼女は分かっているはずだ。自分の言葉に僕の人生が掛かっている事を。彼女は何も言わずに頷いた。そして彼女はファイルを持って帰って行った。
 あれから一ヶ月が経った。彼女からの連絡は途絶えていた。僕も彼女へ連絡していなかった。このまま連絡がこないで僕達が終わってしまってもそれで良いと思っていた。それが彼女の意思ならば僕はその意思を受けるしかなかった。でも必ず連絡してくると信じていた。何も言わずに僕の前からいなくなる事なんて彼女にできるはずがなかった。そう信じていた。僕は待った。それから数日後、彼女から小包が届いた。中身は僕が彼女に託した小説のファイルだった。それだけだった。手紙やメッセージといった物は入っていなかった。僕はファイルをパラパラとめくった。すると真ん中辺りに抜けている部分がある事に気が付いた。一作品分抜けているのだ。彼女に渡すまでは確かにあった。彼女が抜いたのだ。しかしそれが何のためかは分からなかった。僕はなんだか不安になった。これが彼女からの最後の連絡のような気がして。抜き取られた作品が彼女のメッセージなのだろうか。僕はどんな作品があったのか思い出せないでいた。僕は彼女の事を考えていた。その時ふと小説の中に彼女と良く似た登場人物がいる事に気が付いた。ほんの少ししかでてこないのですっかり忘れていた。無くなっていた作品はやはりその子がでてくる話だった。その話というのは主人公の少年がその女の子と出会い、それを切っ掛けに夢を実現させていくというものだった。この中での女の子の役割はその少年に自信を持たせる事だった。たった数行の会話しかないのだが、この女の子がいなければその少年は挫折していたはずだった。その位その女の子は重要な役割を持っていた。もしかしたら彼女はその女の子になろうとしているのではないだろうか。僕の不安はより大きくなった。小説の通りだと夢を叶える切っ掛けを作った後彼女はいなくなってしまう。僕は急いで彼女の家に向かった。自分の夢より彼女を大切にしたかったから。
 彼女の家に着いた。しかし、表札に彼女の名前はなかった。僕はそっとドアを開け中に入った。何も無かった。彼女は本当に姿を消してしまった。僕は力なくその場に座り込んだ。もっと早く、なんでもっと早くここに来なかったのかと後悔した。そうすれば彼女が出て行く前に会えたのに。そして止めることも。僕はそんな気持ちを引きずりながら立ち上がった。その時下駄箱の上の書類が目に入った。空家には必ず置いてある水道などの案内の書類だ。しかしその中に明らかに違う種類の封筒が混ざっていた。それは彼女から僕に宛てたものだった。危うく僕は見逃してしまうところだった。僕は急いでそれを開けた。中にはファイルから抜かれていた小説と、そのコピーと、手紙が入っていた。僕は手紙を開いた。
『突然いなくなることを許して下さい。でも私にはこうすることしか出来なかった。あなたの小説全部読みました。とても面白かった。でも、私はあなたの事を知っていてあなたの事が分かるからこの小説の意味も分かるけど、きっと他の人が読んだら少し意味が通じにくいと思う。もう少し分かり易く書いてあったら誰に見せても評価されると思うの。だから私、あなたの小説に少し手を加えた。許されないことだというのは分かっています。だけど、私にはあなたの夢のためにこのぐらいしか出来ないから。私はあなたのプライドを傷付けてしまった。あなたの一番大切にしているものを汚してしまった。だから、さようなら。別れたくはないけど、夢を叶えて下さい。あなたのファンとして応援してます。』
 僕は彼女の直してくれた小説に目を移した。完璧だった。必要最小限の手直しで、すばらしく分かり易くなっていた。しかも、僕の文章を全く壊すことなく…。僕は彼女のためにもう一度小説家を目指すことにした。僕が小説家になったことを知れば彼女は戻ってくる、そう信じて。 僕は彼女が直してくれた小説を持って出版者を回った。その度に彼女の力を実感した。その作品だけは何処に持って行っても高い評価を得た。そしてその小説はある雑誌に掲載された。かなりの反響があった。始め単発の予定だったがその反響のおかげで連載が決まった。何もかもが順調だった。そして一年後、僕の本が出版された。本は予想以上に売れた。しかし、いくら本が売れて僕の名前が有名になっても彼女からの連絡は無かった。気が付くと僕の本は月刊売り上げの二位というとんでもない売り上げになっていた。まるで夢のようだった。まさかこんなに売れるなんて考えてもいなかった。これも全て彼女のおかげだった。確かに僕はストーリーには自信があった。しかし、それを表現する文章力が欠けていた。いくら書いても小説の出来は七割を超えなかった。それを彼女は限り無く完璧なものにしてくれた。僕はもう一度彼女に会いたかった。会って礼が言いたかった。またやり直したかった。そんな時、テレビの出演依頼がきた。内容は月刊売り上げ一位の小説家との対談らしい。僕には絶好の機会だった。テレビに出て彼女に呼び掛ければ戻ってきてくれるのではないか、そう思っていた。僕は二つ返事で出演を受けた。
 テレビ出演の日がやってきた。僕は彼女に何と呼び掛けようかとそればかり考えていた。僕はセットの中の椅子に座った。相手の小説家はまだ来ていなかった。しかし、そんなことはどうでもよかった。いっそのこと来なくても構わなかった。逆に来ない方が都合が良かった。そうなってくれれば必然的に僕の時間が増えて彼女に沢山の言葉を呼び掛けることが出来るから。だが、そう上手くはいかなかった。どうも相手の小説家は番組が始まってから紹介され登場するらしい。そしてもう裏に待機しているというのだ。僕は半分がっかりしながら相手の登場を待った。そして相手が紹介された。
『ベストセラー小説「瓦礫の山」の作者の…』
 僕は一瞬金縛りにあったように動けなくなった。瓦礫の山?まさか彼女が…。僕の予感は当たった。登場してきた小説家は紛れもなく彼女だった。そういえば番組が始まる前にこれを企画したのは相手の小説家だと聞いた。まさか僕に会うために?僕はあまりの驚きに殆ど喋れないでいた。しかし、僕がそんな状態であっても番組はどんどん進行されていった。
『まだ読まれていない方に「瓦礫の山」がどういった話か簡単に教えていただけませんか』
 進行役のアナウンサーが彼女に聞いた。彼女は僕の方をちらっと見てから答えた。
「はい。瓦礫の山に夢を見ていた男女の話なんですけど。まぁ、その男女の夢を叶えるまでのプロセスと二人のラブストーリーといったところでしょうか。是非読んでいない方は読んでみて下さい。」
 やはり彼女の書いた小説は僕達をモデルにしたものだった。僕は嬉しかった。彼女は僕の事を忘れてはいなかった。また前のように戻れる、そう思った。しかし、そう思ったのも束の間、次の瞬間彼女はとんでもないことを言い出した。
「この人の小説は盗作です。」
 僕は頭の中が真っ白になった。確かに僕の小説は僕一人のものではない。彼女の力があってのものだ。しかし、それを盗作だなんて…でも、僕は反論しなかった。アナウンサーに何を聞かれても僕は黙って俯いていた。僕は彼女の力で小説家になれた。その彼女が盗作だと言うのなら事実はどうであれそういうことにしよう。きっと彼女の考えがあっての事だろうから。それにこのことで僕が小説家になれたことへの恩返しになるのなら。その番組以来、小説家としての僕はいなくなった。その番組から数日後、彼女は僕の家にやって来た。僕は彼女になぜあんなことを言ったのか尋ねた。彼女は申し訳なさそうに話し出した。
「私、あなたのことずっと前から知ってたの。あなたが書いた小説、私以外の人に見せたことあるでしょ。私と出会うずっと前に。その時その人何て言ったか覚えてる?」
 僕は必死で思い出そうとしていた。しかし思い出せないでいた。
「覚えてないみたいね。あの時あなたは女の子の友達に小説のファイルを貸したの。その子がどうしても読みたいって言ったから。」
 思い出した。僕は確かにその子にファイルを貸した。でもその子は面白かったとしか言わなかったはずだが…。
「その子、ファイルを返す時友達も面白かったって言わなかった?」
 そういえばそんなことを言っていたような気がする。
「その友達っていうのが私なの。はっきりいってあなたの小説を読んだ時これだって思った。その頃、私も小説を書いていた。雑誌や本にも載っていた。でもあまり売れていなかった。私ね、女優になりたかったの。オーディションとか沢山受けたわ。でも駄目だった。だから途中で作戦を変えた。その頃の私は文章には自信があったから、まず文章で有名になろうと思った。小説家として売れればテレビに出る回数も増えるだろうし、話題性があればすぐにでも女優になれると思っていたから。あなたには悪いけど小説家になるのはそんなに難しくはなかった。でも、売れなかった。文章力は評価されたけどストーリーが駄目だった。私、夢を諦めようと思ってた。そんな時にあなたの小説を読んだの。特に「瓦礫の山」には感動したわ。まるで私のことを書いているかのようだった。あなたは読んでいないから分からないでしょうけど、あの私の小説「瓦礫の山」はあなたの作品なの。盗作したのはあなたではなくて私なの。でもあなたはそれを自分で書いたということをすっかり忘れていたでしょ。苦労したわ、忘れてもらうのに。私、あなたの「瓦礫の山」を読んだ時この場所は実在するって思った。そこで私はあなたと偶然出会う。そしてあなたが書いたストーリー通りに話を展開させていく。そうすることによって、あなたは自分が書いた話を現実だと思い込んでいく。何もかもが完璧だった。最後のあのテレビ番組の事件も全てが。あの事件のおかげで私がテレビに出る機会はとても増えた。あとは私が芸能活動を始められればそれで終わりのはずだった。でも終わらなかった。私は本気であなたのことを好きになってしまった。あなたの書いた女の子を演じているうちに本気になってしまった…。」
 彼女は泣き崩れてしまった。僕は彼女を責める気にはならなかった。彼女がいなければ僕の夢は叶わなかったわけだし。今度は僕の番だと思っていた。僕が彼女の夢を叶える番だ。僕は俯いて泣いている彼女をそっと抱きしめた。約二年ぶりに僕の腕に彼女のぬくもりが帰ってきた。僕のファイルから彼女が抜き取ったのは一作品ではなくニ作品だった。そのニ作品ともベストセラーになった。一つは彼女の名前になっているがそれでも僕の作品に違いない。しかし、僕の夢はここで終わった。次は彼女の夢を叶える番だ。僕は彼女を一流の女優にする。その為に出来る限りのサポートをしよう。これが僕の夢なった。僕は今、彼女が出演にするための小説を彼女の名前で書いている。これが書き終え世に出た後、きっと彼女の夢も叶うだろう。そうしたら次は彼女と僕の本当の関係を、真実を書こうと思っている。彼女の盗作と僕への裏切りを。ゆっくり、出来るだけゆっくりと。彼女の夢が少しでも長く続くように。その作品が出たら彼女の夢は終わってしまうのだから。


 瓦礫の山で始まった恋は、瓦礫の山同様に決して美しいものではない。確かに僕達はお互いを裏切ることになる。でも僕は信じているんだ。彼女なら分かってくれるって。愛しているから裏切ることが出来るんだって。ただ僕達は愛し方が不器用なだけだって。



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