そして私は眼を閉じ耳を塞ぎ口を噤んだ
「CQ、CQ、CQ、こちらはJS1―――、ジュリエットシエラワン―――、お聞きの方いらっしゃいましたら応答願います、どうぞ」
CQとは「この通信を聞いている全ての人に対する呼び出し」を意味する無線通信に於ける符号であり、つまりは「誰か僕と話をしてくれる人はいませんかぁ!」的な意味である。そう、私は携帯電話が当たり前のこの時代にアマチュア無線での会話を楽しんでいる。勿論携帯電話も持っているしSNS的な事もしている。というか携帯電話も無線といえば無線なので、アマチュア無線の無線とは周波数帯が異なるだけの同じ無線で少しややこしいのだが……。
『ザーッ、ジュリエットシエラワン―――、こちらJR2―――、ジュリエットロメオツゥ―――、どうぞ』
アマチュアと冠してはいるものの、それを行うには国家資格たる「アマチュア無線技士」という免許が必要である。当然無線通信機も必要となり、それらは物にもよるが数万円から数十万円といった出費を要する。またそれら機器の購入後には当局に対し機器の開局申請を行う必要がある。そして申請が通れば当局よりコールサインが与えられ、初めて発信交信が可能となる。
免許を要し無線通信機購入後には開局申請という手間と費用を要するアマチュア無線。だがその代わりと言っては何だが携帯電話と違い月々数千円、時には数万円といった通信費はほぼほぼかからない。又、市民ラジオや特定小電力無線といった無線機であれば無線技士といった免許は必要ない。総じて必要になる物といえば昨今のSNS同様匿名性がある事からも、やはりモラルや秩序というやつだろうか。
「JR2―――、こちらJS1―――、応答有難う御座います。こちらは千葉県館山市、レポートファイブファイブで受信、どうぞ」
『JS1―――、こちらJR2―――、こちらは静岡県伊東市、レポートファイブナインです、どうぞ』
コールサインを名乗り運用場所とレポートを通知。その後には他愛の無い天気の話やら使用機材の話等を交互に行なう。
「それでは73」
『73』
1つの交信は知人や友人が相手であれば長くなる事も無くはないが、概ね4、5分程度で終了する。そして交信終了の際には日常会話同様に「サヨウナラ」といった別れの挨拶をするのだが、アマチュア無線を嗜む大勢の人の中の一部の人達はそれを73と発する。それは元々モールス通信における符号であり、「73」は「Best Regards」を意味すると共に丁寧な「サヨウナラ」を意味するという。全ての人が使っている訳ではないものの、いつのまにかそんなモールス用符号を言葉による無線交信で使う人が現れ今に至っている訳だが、当然それはルールとして決まっている訳ではないのでそのまま「サヨウナラ」と直接の言葉を告げても問題はない。
「CQ、CQ、CQ、こちらはJS1―――、ジュリエットシエラワン―――、お聞きの方いらっしゃいましたら応答願います、どうぞ」
1つの交信が終われば直ぐに次のCQを発信する。直ぐに次の相手が応答してくれる訳ではないが、こんなやりとりを飽きるまで続ける。誰からも応答が無ければ止めても良いし、間を置いてから再び行うでも良いし、CQを発している人に対し応答するでも良い。若しくは見知らぬ他人同士の会話をただ聞いているだけでもいい。そしてその見知らぬ他人同士の交信に興味が沸いたなら、その場に途中参加させて貰う事も可能である……可能ではあるが、そんな見知らぬ他人同士の中に割って入るのは勇気とモラル、そして高度なコミュ力を持ち合わせた者でなければ場を濁し和を乱し秩序を破壊するアウトロー的存在になりかねず、それは相当に高いハードルのミッションと言える。同時に、勇気等のそれら資質を持ち合わせていない私が未来永劫経験する予定の無いミッションでもある。
無線の研究や無線技術の自習、そして趣味としての無線通信。そういった非営利の用途利用のみを前提としたアマチュア無線。それはタクシーや航空会社、そして漁業者や船舶会社等々、所謂業務と呼べる行為に於いてはそれを利用してはならないと法に明記されたガチな仕組みであり、アマチュアと冠している事で一見弱さを感じさせるが、通信機本体の性能やアンテナの種類や設置場所、そして電波出力の程度や天候や時刻等々、条件によっては海外とも繋がる程の機能を有する代物でもある。
多人数同時ビデオ会話は勿論、品質の高い大量の情報を高速に相互通信出来る携帯電話全盛のこの時代に「アマチュア無線は一体何が楽しいの?」と、そう聞かれる事も多々ある。それは人により様々ではあるが、私の中の最大の楽しみと言えばAをアルファ、Bをブラボー、Cをチャーリー、Jをジュリエット、Rをロメオ、Sはシエラ、Tはタンゴと云った「フォネティックコード」を使う話し方が格好良いというかなんというか。まあ、そのような話し方をする自分に酔い痴れるというか自己満というか、つまりはそういうのが楽しい。
6帖程のワンルームの角に置かれた灰色の事務机。その上で鎮座するメーターとダイヤルとボタンだらけの黒くてゴツくて如何にも機械らしい機械といった無線通信機。そんな機械を操作する自分に酔い痴れるというかなんというか。そんな通信機を見ているだけでも楽しいし、そんな機械が自分の部屋の中にあるのが誇らしくさえ思う。
別に発信しなくたって構わない。必ず発信しなければならないなんて法も無い。ただただ第三者達の交信をひたすらに聞いているだけでもそれなりに楽しいものである。ただ感覚的にその行為は違法性やモラル違反を感じさせる気もするが、アマチュア無線にしろ業務無線にしろ、飛び交っているそれらを誰からも何からも許可を得ないままに第三者が勝手に受信する事、及び内容を聞くだけであれば合法である。そういった無線を聞く、つまりは傍受専門のレシーバーといった機械も比較的安価で存在する。それらの機械は誰でも安易に入手出来、誰の許可も必要とせず即使用出来る。たまにそういったレシーバーを手に空港近くへと赴き航空無線を傍受する。当然それは趣味である。航空機と管制、若しくは航空機同士の航空無線を聞くという趣味である。とはいえ航空無線というのは国内線であっても概ね英語で交信しているが為に、英語が出来ない私では全ての会話を理解する事は非常に難しい。だがそれっぽい用語飛び交う航空無線というのは、聞いているだけでも存外楽しい物である。そんな航空無線等を勝手に聞くという「傍受」と呼ばれる行為。やはり感覚的にそれは違法行為と感じなくもない。だが合法である。というよりは取り締まる法が無いと言った方が正解だろうか。但し傍受した内容を利用してしまうと状況は一変する。それまでは「傍受」と呼ばれ合法とされていた行為が「盗聴」「窃用」と呼称が変わり違法な行為となる可能性が出てくるので注意が必要だったりする。
『ザーッ、ジュリエットシエラワン―――、レポートファイブナイン、どうぞ』
早速応答があった。昨今、アマチュア無線を含む無線愛好家は年々減少していると聞くが、こうして繋がる時は直ぐにも繋がるものだ。それに通信基地局が災害等の何らかの障害により機能不全に陥ると連動して通信困難になる携帯電話に対し、自身が通信基地局的存在である無線機は緊急時に有用だなんて話もよく耳にするようになった。時にはドラスティックな進化を遂げる未だ発展途上とも言える携帯電話に対し、特段大きな変化無く進み続けるアマチュア無線がその地位にとって代わる事などはあろうはずもないが、そんな緊急時の有用性がある事からもアマチュア無線が無くなる事は無いだろう……と、思ってはいるものの、このままアマチュア無線人口が減り続ければ有限である電波の公益性も失われる。そうなればアマチュア無線の廃止なんて話しが出てこないとは言い切れないのかもしれない……。
というか先の交信の中で相手のコールサインが聞こえなかった気がしたが聞き逃しただろうか? とりあえずこんな時は聞き取れなかったと素直に言って再度聞くが正解。
「こちらJS1―――、応答有難う御座います。申し訳ありませんが貴局のコールサインを聞き逃してしまったようで、もう一度お願い出来ますか? どうぞ」
『ザーッ、ジュリエットシエラワン―――、レポートファイブナイン、どうぞ』
どうやら聞き逃した訳では無かったようだ。
「こちらジュリエットシエラワン―――、貴局はコールサインを発していないようです。それだと違法となってしまう恐れがあるのでコールサインを発して下さい」
アマチュア無線で交信する際には携帯電話等でもって日常的に行なわれている会話のような自由はなく、法で定められたルールがある。認められた以上の出力で以って電波を発したり秘匿性のある会話、つまりは隠語や暗号等を用いて会話してはならない。そしてコールサインを適宜発する事等、それらは電波法という法令で定められており守らなければ電波法違反で告発される恐れもある。
『ザーッ、ジュリエットシエラワン―――、レポートファイブナイン、どうぞ』
「……」
ひょっとして相手は無免許で無線を行っているのだろうか。それ故にコールサインが無く名乗らないのだろうか。理由はどうあれ、相手はわざとコールサインを発していないのは明確だ。「それは違法だよ」と説諭しても良いのだが、このような匿名下でのやりとりは建設的な議論になりにくく屁理屈の応酬、若しくは罵詈雑言飛び交う醜い争いに発展しかねない。いっそ当局に通報しても良いが直ぐにどうにかしてくれるものでもないだろうし……。
「悪名が無名に勝る」という言葉がある。そんな悪名を欲する者達は火の点け所を常に探し続けている。それは「やった者勝ち」という言葉に繋がり、その相手となった者には「正直者がバカを見る」という言葉が与えられる。敢えてこちらがそんな売名的行為に付き合う義理も道理も無い。このコールサインを名乗らぬ相手が悪名欲しさの売名目的な存在かどうかは分からないが、無名を望み、ひっそりと趣味に生きる事が理想の私としては「触らぬ神に祟りなし」が座右の銘。という事で直ぐに見切りを付けて周波数を変えてみる。
「CQ、CQ、CQ、こちらはJS1―――、ジュリエットシエラワン―――、お聞きの方いらっしゃいましたら応答願います、どうぞ」
『ザーッ、ジュリエットシエラワン―――、レポートファイブナイン、どうぞ』
「……」
周波数を変えたにもかかわらず、先程の相手は直ぐにこちらの周波数へと合わせてきた。であればと周波数帯を変えてみる。
「CQ、CQ、CQ、こちらはJS1―――、ジュリエットシエラワン―――、お聞きの方いらっしゃいましたら応答願います、どうぞ」
『ザーッ、ジュリエットシエラワン―――、レポートファイブナイン、どうぞ』
「……」
その後、複数回に渡り周波数を変え周波数帯を変えて試すも、このコールサインを名乗らぬ輩は追ってきた。私はどこの世界にも話の通じない人は存在し、どうやら今日は日が悪いのだろうと自分に言い聞かせると、無線機の電源を落とした。
『ジ゛……』
「…………」
『リ゛……』
「………?」
しんと静まり返る部屋の中、何処からか微かに何かが聞こえた。
『ジ゛……………………イ゛……………………』
遠くで宣伝車でも走っているのだろうかと、そんな程度の音が聞こえる。それも外から聞こえているのか内側から聞こえているのかどうかすらも分からない程の非常に微妙で曖昧な音。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「!!」
今度はハッキリと聞こえた! だが何処から聞こえているのかは分からない。方向すらも分からず部屋の中をキョロキョロと見回すも見当すらつかない。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
無線機の電源は切ってある。それ以外に通信出来る機械は机の上に置いてある携帯電話しかなかったが、そこから聞こえている感じでも無い。そもそもこれはスピーカーからの音というよりは共鳴といった音に近い。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「!!!」
それは今いるワンルームのリビングとベランダとを隔てる掃き出し窓のガラスから聞こえていた……いや、正確には掃き出し窓のガラスが共鳴し声の様なビビり音を発していた。何故そんな事が起きているのかなんてサッパリ分からなかったが反射的にカーテンを閉めた。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
カーテンを閉めても共鳴は収まらず、ならばとカーテンを開け横開きの掃き出し窓を開けてみたがそれでもガラスの共鳴は収まらず声は止まない。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「!」
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「!!」
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
通信機が鎮座する事務机。それとセットの灰色した事務椅子。私は10キロと迄は行かないものの決して軽くはないその椅子を両手で以って担ぎあげると、そのまま掃き出し窓に向けて勢い良く投げつけた。
バリバリバリン!
自らの意志で以って自分の部屋の掃き出し窓に椅子を投げ付けガラスを割るというその行為。それは相当な輩であったとてそうそう行なう行為では無いだろう。当然ながら私も人生初の行いである。若しも私がこんな行動をする人を目にしたとすれば、直ぐにでも逃げるか当局へと通報する事だろう。それ程の行為を私は自らの意志で行った。後の事を考えれば決して安くは済まないであろうその行為。短絡的と、そう断罪されるであろうその行動。だが学の無い私の頭では、その共鳴する声を止ませる方法としてはガラスを割る以外に思い付かなかった。がしかしその甲斐あってか、あの見えない相手の声は止んだ……はずだったが……
『ジ゛………』
「!」
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛………』
「う、嘘だろ?! で、でも一体どこから……」
今度のそれは近い場所から聞こえていた。だが何処からだかは分からない。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛…………イ゛………』
「ま、まさか……」
机の上にはガラス製のコップが置いてあった。その中にはオレンジ色の液体が半分ほど残っていた。そのオレンジ色した水面が激しく波を打っていた。そう、今度のその声はコップが共鳴し発しているものだった。
『ジュ゛リ゛―――』
私は小刻みに震えるそのコップを半ば反射的に掴んだ。そして何ら躊躇する事無く、先程自らが割った掃き出し窓から外へとそのコップを投げた。投げられたそれは弧を描きながら20メートル程先のアスファルトの上へと落ち、バリーンという音と共に砕け散った。
「…………!」
ふと我に返ると体が震えだした。家の中からガラスのコップを外へ投げ付けるというその行為。無意識に近い状態だったとはいえ通報されれば即逮捕となりそうな程の事をしでかした自分に震えた。私はそんな震える体に鞭打ち恐る恐るベランダへ首を出すと、コップが落ちた辺りへと目を向けた。
「…………」
夕闇迫るその時刻。点灯し始めた街灯は砕け散ったコップの欠片をキラキラと輝かせていた。その付近に人影は無く、どうやら自分のその行為により怪我等をした人がいなかった事に、まずはホッと胸を撫で下ろした。そう安心した事で不意に力が抜け腰が抜け、ペタンと床に座り込んだ。
「一体何でこんな事に……」
郊外に建つ築30年程の古びた2階建アパートには私以外に4人が住んでいる。住んでいる事は知っているが、付き合い等は一切無いので今居るかどうかは分からない。だがもし居たとすればガラスが割れた音やコップが砕け散った音が聞こえていた可能性は高い。そしてそんな非日常的な音を耳にすれば何事だと不安に思い、既に通報したかも知れない。例え通報されてはいなくとも、この不自然に割れた窓や道路上の砕け散ったコップの残骸。そんな当たり前ではない状況を誰かが目にしたとすれば「ここで何か起きているのでは?」と、そう勘繰る人が居ないとは言えないだろう。
投げ付けたコップで誰かが傷を負った訳では無い。他人の家の窓ガラスを割った訳でもない。だとしても自分の部屋の掃き出し窓に自らが椅子を投げつけガラスを割った事実、そして一人暮らしの人間が一人で部屋にいる時、突如としてガラスのコップを道路へと投げつけたというその事実は無くならない。通報され調べられでもしたら直ぐにもその事実は当局の知る事となり早晩周囲にも知られる事となり、例え事件とはならずとも「正常ではない行為を犯す人間である」というレッテルが直ぐにも私に貼られる事となるだろう。そうなった時、その事実は更なる広範囲へと拡散する可能性は決してゼロでは無い。そう思うと体の震えが止まらない。ひっそりと生きていくという自分の将来が音を立てて崩れゆく今、体の震えが止まらない。
『リ゛……』
「?」
何処からか微かに何かが聞こえた。
『ジュ゛リ゛……』
「う、嘘だろ?!」
今度のそれは先程よりも非常に近い場所から聞こえていた……いや、聞こえているというよりは体の中で鳴っているというか頭の中で鳴っているような……
『ジ゛…………………シ゛エ゛ラ゛……………』
「ま、まさか目から聞こえるのか……?」
『……リ゛エ゛…………レ゛ポ゛………………』
「み、右目が共鳴している!?」
共鳴し震える度に右目がボヤけた。試しに強く目を瞑るもその共鳴は止まない。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「ぐあ゛ぁぁっ!」
声がハッキリと聞こえるようになった途端、筆舌に尽くし難い痛みが目を襲った。それは頭の中へも伝播し、まるで頭の中にある何かをギュッと握り潰されているかのような、そんな激痛を私に与えた。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「も、もう止めろおっ!」
共鳴するその声は私の願いを一切聞く事無く、頭の中の何かを握り潰し続ける。そんな痛みに耐えようと右手は右目を強く押さえつけ、左手は頭を抱える様にして抗おうとするも、そんな行為は一切意味を成さず激痛は続く。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「グァア゛ァァァァァァァ!」
反射的に机の上にあった何かを握った。それは交信ログを記入する為のボールペン。そして握ったそれを瞑ったままの右目へと勢い良く突き立てた。
グシュ
「ギャッ!」
ペン先が瞼を貫き右目に刺さったその瞬間、鈍い音が頭の中に伝わった。
「グァッ……クッ……」
私はアパートの住人にバレないよう声を殺しつつ激痛に耐えながら、右目に刺さっているそれをゆっくりと引き抜いた。そして引き抜いたそれを一瞥すると、全く理解不能にして理不尽な状況に対し怒りを表わすかのようにして、ボールペンを床へと投げ付けた。
「な……何でこんな事に……うっ…ぅぅぅぅ………」
私は未だ痛み残るその場所を右手と左手でもって強く押さえた。言葉では言い表せない眼球の痛みの中、ふと気付けば右目からのあの声は止んでいた。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「!」
今度のそれは左目からだった。それは先の右目同様に左目に激痛を、そして頭の中の何かを握り潰す様な激痛を再び私に与え始めた。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「グァ゛!」
既に右目を失っている。この激痛から逃れる為には残された左目までも失わないと駄目なのかと、そう歯を食いしばり激痛を堪えながらに考える。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「ぐぁ゛……」
考えるとはいっても頭の中を襲う激痛は到底我慢出来るレベルでは無く、それは思考する時間さえ与えてはくれず「今すぐ殺してくれ」と、そう叫びたくなる程の激痛を私に与え続ける。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「ガ……ガハッ……」
右目の痛みも引かない中、息を留め歯を食いしばり、左目と頭の中のその激痛に耐える。私は今、そんな何時終わるともしれない激痛に耐え続けるか左目を捨てるかの二者択一を迫られていた。だがこんな激痛を永遠に耐え続けられる訳がない。必然左目を捨てる選択しか存在しない訳だが、そうなると両目を失う事になる。一体何故に私はそんな選択を迫られているのか分からない。そしてその激痛は私の思考力を完全に停止させた。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「が……がっぁ……あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!」
私は床に転がるボールペンを半ば無意識に手に取ると、そのペン先を左目の前へと構えた。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛―――』
グシュ
「ギャッ……」
ペン先が刺さるその直前、反射的に瞼を閉じた。その閉じた瞼をペン先が貫き眼球へと突き刺さったその瞬間、再びあの鈍い音が頭の中へと伝わった。
「ぐぁ…ぁ…」
共鳴は止んだ。残ったのは何とも言い表せない眼球の痛み。私は左目に刺さるボールペンをゆっくり引き抜くと、先と同様床に向かって投げつけた。そして右手は右目だった場所を、左手は左目だった場所を強く抑えつけ、少しでも痛みを和らげようと試みる。すると頬を何かが伝った。恐らくそれは涙。眼球は潰れても涙腺は生きていた。
『ジュ゛リ゛……ワ゛ン゛……』
「!」
また何処からか聞こえだした。先程まで共鳴していた眼球は2つ共に失った。では今度は……いや、今度は普通に聞こえる。耳から普通に聞こえている。聞こえてはいるが、だが何かおかしい。
「…………」
私は未だ痛み残る両目を抑えていたその両の手で以って、耳を塞いでみた。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛…………エ゛ラ゛ワ゛ン゛………………ぞ゛……』
それは塞いだはずの耳から聞こえ……いや違う。いや、耳から聞こえているのは間違いないが、それは空気を媒体とし鼓膜を震わせ聞こえている感じでは無い……
『ジュ゛リ゛…………ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛…………フ゛ァ゛イ゛……』
「ま、まさか!」
耳から聞こえているのは間違いない。だがそれは何か見えないモノを媒体に鼓膜を震わせている……いや、共鳴している! そして脳内へと伝えてきている!
「!!」
不意に歯が痛みだした。それも1本2本どころではなく前歯に奥歯にと全ての歯が同時に、まるで冷たい物を口に含んだ時の様なキーンとする痛み。それは徐々に振動へと変わり、寒さで震える口元のようにして歯を小刻みに震わせた。しかもその振動は時間が経つにつれ酷くなり、それに比例し痛みも強くなってゆく。
『ジュ゛…………ト゛シ゛…………フ゛……』
「!」
歯の振動は鼓膜のそれに共鳴しているようだった。そしてそれは歯の振動が大きくなれば鼓膜のそれも大きくなり、鼓膜のそれが大きくなれば歯のそれも大きくなるという相乗効果を発揮し、徐々に徐々に強く大きくなってゆく。
『ジュ゛リ゛…………エ゛ラ゛ワ゛ン゛……レ゛…………ァ゛イ゛……ン……』
「グッ!」
歯の共鳴による振動はそのまま頭蓋骨へと伝わり、鼓膜の共鳴と共に頭の中へも伝わった。伝わるそれは頭の中の何かを握り潰す様な痛みと化し、それに抗おうと砕けそうな程に歯を食いしばればそれは相乗効果を発生させるが如くより激しい振動となった。その激しい振動は当然そのまま頭の中へと伝播し、更に頭の中の何かをギュッと握り潰そうとする。
「ガァ゛ア゛ッ゛!」
痛みに抗おうと歯を食い縛れば痛みが増す。故に仕方なく口を半開きで痛みに抗う……いや、それは抗うでは無くただただ耐えているだけ。何ら抗う手段が見つからない中で、何時終わるともしれないその痛みをただただ我慢してるだけ。そんな我慢し耐え続ける私を嘲笑うかのようにして、その痛みは徐々に強さを増し、それは圧力と言っていい程の重低音となり頭の中身を変則的に圧迫し、全てを潰そうとする。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「―――!」
声がハッキリと聞こえるようになった時、歯の痛みが尋常では無くなった。それは電動ドリルでもって歯に穴を開けられてるような、そんな振動を伴った激しい痛み。そしてその振動は頭蓋骨へとそのまま通じると共に鼓膜からのそれと相乗効果を発揮し、より激しい圧力となって頭の中の全てを潰そうとする。収まる気配が一向に無く抗う術の無いその激痛。それはもはや拷問と呼ぶに相応しい。
「ガッァ! ……カハッ…ァァ………」
私は激痛を堪えながら、おもむろに立ち上がった。そして目を押さえていた両の手をゆっくりと前に伸ばし、手探りで以って部屋の角にあるはずの事務机を探した。すると指に何かが触れた。物が少ない部屋の中、直ぐにそれは事務机だと分かった。そしてそのまま両手でもって机の縁をグッと力強く掴むと、その机の縁へと目がけ頭突きでもするかのようにして、自らの口元を思い切りぶつけた。
ゴンッ!
「ガハッ!……」
それは共鳴する全ての歯を折ってしまおうという試みであった訳だが、当然その行為は冷静さを失っているが故の行動でもあった。もしも冷静な状態であったなら、何らの道具も無い中で自身の歯を自らで以って全て折ろうという浅はかな行為は思い付きすらしない。だが今の私の中には冷静などという言葉自体存在せず、ただただひたすらに、如何にして今ある激痛を和らげ遠ざけられるかを本能的に考えるのみであった。故にそんな浅はかな行為に及んだ訳だが、それは浅はかというよりは愚かと呼ぶに相応しい行為だった。
結果としては前歯が3本折れただけであった。歯が折れた際に衝撃はあったが痛みは無かった。だがその際一緒にぶつけた歯茎のその激痛は筆舌に尽くしがたい物だった。それでも頭の中を襲う激痛が治まるか減るかすればまだ良かったがそのような事は一切無く、結果としては前歯3本を無駄に折り、元からの激痛に対し新たに歯茎の激痛が加わっただけだった。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「や゛、や゛め゛て゛く゛れ゛ぇぇぇぇ!」
半開きの口元からは涎が滴り落ちているのが感覚的に分かった。口の中では鉄の味がした事で何処からか出血している事も分かった。だがその涎滴る様子や出血の状況を確認する為の眼は既に無い。歯の共鳴を抑える事も出来ず鼓膜のそれを抑える事も出来ず、拷問とも呼べる激痛はなおも続き、それに対し何ら抗う手段が無いと悟った私は力無くペタンと床に座りこんだ。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「―――」
床にへたり込む私は激痛を堪えつつ、両の手を床へと這わせた。そして這いつくばるようにして、先程放り投げたボールペンを手探りでもって探し始めた。すると左手に何かが触れた。直観的にそれはボールペンだと分かった。何ら思考出来ない程の激痛の中、私はそれを左手で握るとそのまま右耳の方へともっていき、そのペン先を右耳の穴へとゆっくり差し込んだ。
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「も゛う゛……」
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「お゛願゛い゛だ゛か゛ら゛……」
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「止゛め゛て゛……」
『ジュ゛リ゛エ゛ッ゛ト゛シ゛エ゛ラ゛ワ゛ン゛―――、レ゛ポ゛ー゛ト゛フ゛ァ゛イ゛ブ゛ナ゛イ゛ン゛、ど゛う゛ぞ゛』
「止゛め゛て゛く゛れ゛……」
『ジュ゛リ゛―――』
「止゛め゛ろ゛ぉぉぉぉぉ!」
私は右耳に差し込んだボールペンの後端を右の手のひらで叩くようにして、強く奥まで押しこんだ。
◇
陽も暮れたその時刻、いつもなら静寂に包まれているはずの郊外に建つそのアパートは、喧騒に包まれていた。アパート付近は白と黒に塗られた複数の車両で溢れ、制服姿にスーツ姿といった沢山の人達がアパートの中やその周辺をせわしく動いていた。それらの周囲は黄色い規制線テープで囲われ、更にその周囲を沢山の老若男女が興味津津といった表情で以って囲み、一体何があった誰がどうした何がどうなったと想像を交えながら伝え合っていた。
「うお、結構ひでぇな」
「あ、お疲れ様です警部」
ビール腹にヨレヨレの黒いスーツ。白髪混じりの短髪を頂く警部と呼ばれた50代の男性は、眉間にしわを寄せつつ独り言のようにして言った。対しスラリとした体躯に皺の無い紺色のスーツ。手入れされた短めの髪に銀縁眼鏡をかけたエリート臭漂う20代の巡査長は淡々と答えた。そんな2人の足元には、仰向けに倒れる一人の男性の姿があった。閉じた両の瞼には1センチ弱の穴が開き、その穴からは血の混じったドロリとした透明の液体が流れ、前歯が折れている様子が窺える半開きの口からは血の混じった涎を垂らし、そして右耳の穴から血を流してる男性。その有様は遠目からでも絶命している事が判る程であった。
「で、状況は?」
「亡くなったのはこのアパートに一人で住む26歳男性。死因については解剖しないと断定は出来ませんが、右耳に刺さっていたボールペンの先が脳内奥深くにまで達していたとの事で、恐らくは脳幹の何かを傷つけ死に至ったのではないかと」
「じゃあ他殺か」
「いえ、状況的にみて自殺のようです」
「自殺? この有様で自殺? 根拠は?」
「外部から侵入された形跡も部屋の中に争った形跡も無く、また第三者が居た形跡もベランダを含めてありませんでした」
「掃き出し窓の足元に転がっている事務椅子と割れてるガラスは?」
「どうやら亡くなった男性があの事務椅子を窓に投げ付け割ったようです」
「自分で割った?」
「はい、割れた硝子片の殆どがベランダに集中している事からも、それは内部から割られた事に間違いはありません。そして事務椅子には投げ付けた際に付いたと思われる傷等が確認出来ましたので、それを用いてガラスを割ったのだろうと。またその事務椅子には男性以外の指紋は無く、よってそのガラスは亡くなった男性が事務椅子を用いて割ったものと思われます」
「割った理由は?」
「分かりません」
「じゃあ、右耳に刺さっていたボールペンの指紋は?」
「男性以外の物は確認出来ませんでした」
「自分で刺したって事か?」
「状況的にはそうなります。そしてそれが死因となったようです」
「工作された可能性は?」
「不自然な点はありませんでした。ボールペンも何ら特別な物でもなく、コンビニ等でも買えるような至って普通の物でした」
「なら目は? あの目の傷は何だ?」
「亡くなった男性自らがボールペンを用いて刺したようです」
「自分で自分の目を刺した?」
「はい」
「両目を?」
「はい」
「目的は?」
「分かりません」
「そのボールペンってのは耳に刺さっていたボールペンの事か?」
「はい、そうです。ボールペンの先端付近には眼球内の硝子体と呼ばれる組織の一部が付着していましたので間違いないかと」
「まじかよ……。じゃあ歯が折れてるのは?」
「それは事故のようです」
「事故?」
「はい、恐らくは机の縁にでもぶつけて折れたのではないかと」
「机の縁?」
「机の縁に真新しい痕跡がありました。なので歯については誤って転びでもして、その際に口元を縁にぶつけて折ってしまったのではないかと」
「じゃあ、口も耳も目も全部自傷という事か?」
「はい」
「……」
「状況証拠も物的証拠も揃っています」
「だとしたら動機は? 何か悩んでいたとか?」
「被害者の携帯電話から最近連絡を取り合った形跡のある方数人に電話で聞いてみましたが、特に悩んでいた様子は感じなかったという事です。その中には仕事関係の方もいましたので聞いてみましたが、特に残業が多いという訳でも無く、持病があったり借金等含めて経済的に問題を抱えていた様子も無かったとの事で、動機らしい動機は見当たりません」
「……」
「まあ、それほど人付き合いの良い方では無かったそうで、プライベートな事に関しては皆さんよく知らないという返事でしたね」
「じゃあ自殺に間違いはないがその動機は見当たらないと?」
「現時点で動機は見つかっていません。恐らくは突発的な何かがあって発作的に事に及んだのではないかと」
「……」
「それとここから20メートル程先の車道に割られたばかりと思しきガラス片が散乱していたのですが、それらの破片を集め復元を試みた所、それらはコップの破片である事が分かりました。そしてその一部の破片からは亡くなった男性のみの指紋が検出されており、コップは男性の物だと思われます。またそれら破片の飛散状況から見て、男性自身がこの部屋から外へと投げ付けた可能性が高いようです」
「自分の部屋のガラスを自分で割り、そこからガラスのコップを外へと投げつけた?」
「はい」
「目的は?」
「分かりません」
「ひょっとして何らかの薬物でもやってたとか?」
「一通り部屋の中を捜索しましたが、それらの類の物は一切発見できませんでした。一応コップの中身も検査してもらいましたが普通のオレンジジュースだったそうです」
「……」
警部と呼ばれる50代男性は眉間にしわを寄せた。そして深い溜息1つをつくと床へと視線を落とし、その場に横たわる男性をみつめた。
「しかし、酷過ぎねぇか?」
「は?」
「自殺するのに目と耳と口を塞ぐみてぇなやり方、酷過ぎねぇか? こんなの聞いた事ねぇぞ? そもそもそんな必要あるか? これじゃまるで自分で自分を拷問してるみてぇじゃねぇか」
「見ざる言わざる聞かざると、そんな感じにも見えますね。もしかしたら宗教的な何かですかね」
「宗教ねぇ……」
「といっても何らかの宗教を仄めかす様な物は何1つ見つかっていませんし、そういった宗教に関わっていたという話もありませんでした」
「そうか、ならこの有様は一体……」
「確かに何らかのメッセージ性があると言えなくもないですが―――」
「だろ? 自殺でこの状況は変だろ?」
「しかし外部から侵入した痕跡も無く争った―――」
「いや、まあ、それはそうなんだけどよぉ……」
「他にまだ何か?」
「……」
『ジ゛……………………イ゛……………………』
「ん? 何か言いましたか警部」
「は? 何も言ってねぇぞ」
「そうですか……空耳かな?」
2022年08月25日 初版
「夏のホラー2022」企画投稿作品/テーマ「ラジオ」
本作はアマチュア無線の事を書いていますが、当方はアマチュア無線の事はよく知らないので誤った情報があるかもしれませんがその辺ご容赦を下さい。コールサインは下手に書くと不都合があるやもしれないと思い伏字としています。