第26話 買い物
雪宮の部屋に荷物を置いてから、俺たちは再度スーパーに向かって出発した。
この辺りで最大手のスーパーだが、値段が安くて量が豊富。しかも時間によってはタイムセールまでやっているのだ。
俺もここにはお世話になっている。
が、近隣の主婦たちもここに集まるから、なかなか激戦区だったりする。
「いいか雪宮。ここから先は戦場だと思え」
「え、何そのテンション。どうしたの?」
「タイムセール狙いの歴戦の強者が揃い、血で血を洗う場所。それがスーパーだ」
「大げさね……」
「大げさなもんか。事実だ」
俺も何回かタイムセールに立ち向かったときはある。
男の強さと若さがあればタイムセールなんて余裕……そう思っていたが、甘かった。
奴らやフィジカルなんてものともしない技巧士の集まり。いわばタイムセールのスペシャリスト。
当たっては弾かれ、当たっては弾かれ……そんな中で食材を手に入れるのは至難。
だがしかし、今日はお目当てのジャガイモとニンジンが安くなる日。
なんとジャガイモは十個入り十円。ニンジンは八本入り十五円。
これはなんとしても手に入れたい。
「行くぞ。敵は本能寺にありだ」
「八ツ橋くん、テンションバグってるわよ」
失礼な。
かごを手に取ると、俺たちは野菜コーナーを横目に精肉コーナーへと向かった。
さすがに安い。牛肉二キロで七百円。買い。
あとは冷凍保存用に豚肉や鳥肉も買う。
「へえ……お肉って、こういう風に売られているのね」
「え、見たことないのか?」
「ええ。私もこのスーパーには来るけど、いつも総菜コーナーとかレトルト食品コーナーにしかいかないから」
ああ、確かにここって、総菜も安いんだよな。
しかも時間になると、三百円の弁当が半額になったりする。
俺も一度食べたことあるけど、まあ大味というかなんというか……味が濃すぎて、体に悪そうな味がした。
あんなの毎日食べてたのか、雪宮。
よく今まで体調崩さなかったな。
「なら、魚も見てみるか? 切られる前の魚が売られてるぞ」
「本当? 見たことないわ」
「え、水族館とか行ったことない?」
「娯楽に費やす時間は、全て勉強しなさいって言われてたから」
そ、そうか……厳しい家だったんだな、雪宮の家って。
……今度水族館にでも連れて行ってやろうかな。雪宮は俺と一緒は嫌だって言うかもしれないけど。
雪宮を伴って鮮魚コーナーへ向かう。
と、雪宮はぎょっとした目で魚を見た。
「え、これ、鯛?」
「ああ。鯛だ」
「……大きいのね。本やネットだと、どうしても大きさまではわからないから」
どうやら本当に生で見るのは初めてらしい。
ちょっと怯えているというか、でも興味はあるみたいで目をキラキラさせている。
総菜や弁当だと、全部調理されている状態で並ぶからな。
水族館にも行かず、鮮魚コーナーにも来ないとなると、確かに珍しいのかもな。
「ほら、あそこで解体してるだろ」
「え?」
顔を上げると、ガラスの向こうでちょうど魚を捌いているところだった。
鱗を取って頭を切り落とし、内臓を掻き出す。
あっという間に三枚に卸された。
俺も捌けるけど、こうして見るとプロの手際ってすごいな。まあ毎日切ってるんだから、当たり前か。
「ちょ、ちょっとグロテスクなのね……」
「まあな。でもああやって、俺たちの食卓に届けられるんだ」
「今まで漫然と口に運んでいたけど……そうよね。ちゃんと感謝しないとね」
雪宮は思うところがあるのか、じっと捌いているところを見つめる。
連れてきてよかった。なんとなく、そう思う。
「なんだかお魚が食べたくなったわ」
「今日肉じゃがなんだけど」
「肉じゃが……! でも、お魚……」
「……刺身くらい、買っていくか?」
「買う」
即答かよ。まあ雪宮らしいけど。
刺身のパックをかごに入れる。雪宮は今日の夕飯が楽しみなのか、うきうきと他の魚を見ていた。
「あっ、見て八ツ橋くん。カニよ。大きいカニ」
「はいはい」
「カニも食べたい気分だわ」
「それはダメ」
肉じゃがに刺身にカニって、そんな贅沢をする余裕はうちにはありません。
あとここのカニ、確かに大きいけど身は小さいんだよ。興味本位で食べたけど、リピートはしないと決めてるんだ。
「ええ……まあそうね。でもいつかカニを食べたいわ」
「はいはい。いつかな」
そんな金の余裕はないんだけど……まあ、どっかのタイミングでカニ専門店に行くのもありかもな。
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