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→はい、出かけます

 

 数日後。

 コゼットちゃんが助けてくれたお礼をしたいと、どうしても聞かなくてとシリルに押し切られて、わたしたち三人は例の街へと遊びに来ていた。


「アンジェちゃん、なにが欲しい? よかったらわたしが似合うものを選んでもいいかな?」


 キラキラと甘い色の瞳を輝かせて、そう意気込むコゼットちゃんに苦笑を返す。

 わたしにお礼をしたいのなら二人きりでデートに行ってくれとそう返したのだが、断られたと聞いた途端に悲しそうな顔になったコゼットちゃんにシリルは勝てなかったようだ。

 あのときは街のなかを碌に見る暇もなく立ち去ってしまったが、よく見ると、あちこちにおしゃれな雑貨屋や文具屋が建ち並び、ポツポツとカフェも見受けられる。学院の生徒も結構遊びに来ていて、なんだか賑やかなところだ。

 適当に時間でも潰して途中で抜けてやるかと、歩いて行った先。

 通りの入り口で佇んでいた長身の男に、思わず顔を引きつらせた。


「アンジェ!」


 ニッコリと笑いながら近づいてきたのは、先日の騒動の元凶であるエドガー・メルシエ。

 コゼットちゃんも怖い思いをしたようだし、今回はシリルのお説教を素直に聞いて、もう二度と関わることもないだろうと思っていたが。

 なぜかあれから、彼とちょくちょくこうやって遭遇することが増えた。


「偶然ですね。今日は買い物ですか?」


 偶然というにはいささか回数を重ねすぎている出会いに、白々しいと冷めた視線を送る。だが目の前の男は穏やかな笑みを崩さない。

 エドガーは、おそらくわたしを追いかけている。

 というのも、あれからカサンドラはわたしを見かけると、苦虫を噛み潰したような渋い顔をして避けてくるようになったのだ。脅しが効かなかったことがよっぽどショックだったらしい。何回か稚拙な嫌がらせも受けたが、全部やり返してやったら懲りたようで、以後は徹底的に避けられている。

 それにたぶん味を占めたのだろう。彼はわたしといるとカサンドラの突撃を受けないことに、きっと気づいたに違いない。


「ここで会ったのもなにかの縁ですし、ご一緒しても?」

「あっ、はい。わたしたちでよければ……」

「ちょっ、ちょっと待って!」


 エドガーの大人っぽい笑みに、コゼットちゃんが微かに頬を染める。二つ返事で頷こうとした彼女をシリルと二人でとっさに止めた。


「シリル、シリル!」


 ちょいちょいと指先でシリルを呼んで、早口で囁き伝える。


「先に行ってて!」


 途端に、シリルがイヤな顔をした。


「でも……」

「こいつがいるってことは、近くにカサンドラがいる可能性が高い。またコゼットちゃんに突っかかってくる前に逃げとこう」

「アンジェはどうするの」


 おいおい、シリルさんよ。わたしのことなんか気にしてどうする。


「撒いてくる」

「撒けるの?」


 ……。まぁ、不可能だろうな。相手は現職の騎士さんだ。細身に見えても、立派な筋肉をお持ちでいらっしゃる。


「なんとかしてみる」


 それに実のところ、エドガーを撒くのが本意ではない。これを機に、シリルたちが二人きりでデートできればと思ったんだ。

 そんな魂胆を見透かされたのか、「あとから来ないとコゼットが悲しむからね」と念押しされて、シリルは渋々離れていく。戸惑うコゼットちゃんをなんとか連れ出すシリルを見送りながら、わたしはエドガーへと向きあった。


「学院ならまだしも、プライベートにまでついてきてほしくないんですけど……」

「それはすみませんでした。“ピピ・オデット”」


 その名で呼ばれたことに、顰めっ面を返す。

 さすが殿下付の近衛騎士。エドガーは翌日にはわたしの身元を調べ上げてきて、あまりにも身辺がスッキリしすぎていることを指摘してきた。

 家族もいない、友だちもロクサーヌだけ。ほかに関わりがあると言えば、シリルやコゼットちゃんくらい。

 でもそれが何故かと聞かれても、モブ令嬢だから? としか答えようがない。それもあって、彼はわたしを監視することにも決めたようだった。


「わたしを見張ったってなにも出てきませんよ? 火のないところから煙は立たずって言うでしょ?」

「別に見張っているつもりもありませんよ?」


 そしてこのエドガーはおそらく、わたしがコゼットちゃんたちと仲良くなったのは、彼女経由で殿下に近づくためではないかと思っている節があった。


「わたしはただ、純粋にあなたとお近づきになりたいだけで……」

「あーはいはい、そうですか。だったら申し訳ございませんがそれはまたの機会にってことで。では!」

「待ってください」


 エドガーは長い腕を伸ばしてわたしの行く手を通せんぼした。非難するように見上げると、宥めるような笑顔を返される。


「一つ、あなたに聞きたいことがあるんです」


 胡散臭い笑みが消えて、エドガーが真剣な顔になった。そんな表情をされると元の色合いも相まって、なんだか冷酷そうに見える。本当に笑顔って大事なんだと、その顔を見ながら妙に感慨深く思った。


「ここ数日のあなたの動きです。今まで淡々と学院生活を過ごしてきたあなたが、急にモンフォーヌ公爵令嬢に発破をかけ、殿下が特別気にかけていたご令嬢に近づき、そのご令嬢と一人の伯爵子息の仲を取り持つようなマネをしている。その目的はいったいなんでしょう」

「あら」


 ちょっと意外だった。


「今日は随分と、単刀直入なことで」

「そろそろわたしにも心を開いていただけた段階かな、と」

「それは残念ですね、読みは大幅に外れています」


 わたしが彼に、近づいた理由。


「でも、別に隠すようなことでもないので答えてあげてもいいですよ。それはもちろん、シリルに幸せになってほしいから、です」








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