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→はい、進みます

 

 翌日、講義室に着いたわたしを出迎えたのは、思いもしなかった光景だった。

 コゼットちゃんと殿下の間にはなぜかモンフォーヌ公爵令嬢が座っており、その三人の周りを彼女の取り巻きたちが囲んでいる。

 殿下はコゼットちゃんに話しかけたそうにしていたが、あいだにモンフォーヌ公爵令嬢がいるのでなかなか話しかけられないようだった。

 そのコゼットちゃんは、モンフォーヌ公爵令嬢の取り巻きたちとポツリポツリと言葉を交わしている。表情の硬い殿下とは違って頬は薔薇色に染まり、心なしか興奮しているみたいだ。

 コゼットちゃん、ほんとはずっと女の子のお友だちが欲しかったのかな。今日はなんだか、やけに嬉しそうだもんな。


「おはよう」


 ロクサーヌに声をかけると、彼女はその光景を呆れたように見ていた。


「ねえ、アレ」


 開口一番、彼女はその人だかりを顎をしゃくって指し示してみせる。


「どうしたの、アレ」

「マルリーヌ様に殿下と仲良くしている女子生徒がいるって、誰かが告げ口したみたいよ。マルリーヌ様ったらお父様に泣きついて、殿下をより近くでお支えするためとかなんとかって、無理やり同じ講義に変えてもらったって」

「へえ、そうなんだ。さすが公爵家の力」

「講義の間だけでもさ、せっかく解放されてたのにね、殿下。ご愁傷さま」


 ……それは悪いことをしてしまった。すまぬ、殿下。


「でもさ、なーんかマルリーヌ様の様子が変なんだよね。いつものマルリーヌ様だったら絶っ対にあの子、ただじゃすまなかったのに。あの子がマルリーヌ様の目の前にいること自体、奇跡だから。ホントどうしちゃったんだろ、マルリーヌ様」

「まぁまぁ、いいじゃんなんでも。平和ならさ」


 ヒロインに嫌がらせを仕掛けてくるくらい、行動力のある人だ。

 モンフォーヌ公爵令嬢自体はコゼットちゃんと話しはしないものの、嫌味を言うのはなんとか我慢しているようだった。

 そのうちコゼットちゃんは取り巻きの何人かと楽しそうに談笑しだして、殿下のほうを伺わなくなった。それでも殿下はしばらくコゼットちゃんを未練がましく眺めていたが、やがてその視線もモンフォーヌ公爵令嬢に遮られ、逸らされることとなった。








 シリルの講義室へと再び訪れたわたしを、今度はシリルの友だちが目敏く見つけてきた。


「おい、シリル。また来てるぜ」


 ニヤニヤ笑いで出迎えてくれた彼らに笑みを返す。

 心配しなくてもそのうちこの教室を訪れるのはコゼットちゃんになる。

 わたしがここに来るのは、今日で最後だ。


「もう大丈夫でしょ」


 顔を上げたシリルはわたしが言いたいことを察してくれたのか、ハッとした。


「あとはシリル次第じゃないかな」

「アンジェ」

「このチャンスを無駄にしないようにがんばって。……それじゃあ」

「あの……アンジェ!」


 シリルはわたしを引き留めようとした。それを後ろ姿の手のひら一つで返す。

 最後に彼は、なにを言おうとしたのだろうか。さようならか、ありがとう、か。

 ――ま、いいってことよ。幸せになれよ! 少年。

 見送るシリルにそう後ろ姿でかっこつけて、悠々と講義室を出て行った、のはいいものの。








 偶然、通りかかった中庭で。

 見かけたコゼットちゃんは珍しくベンチではなく、花壇の前で花を見ているようだった。そういえば薔薇がいい感じに咲き乱れていて、心なしかほのかに香りも漂ってきている。

 話しかけようと向かうと、コゼットちゃんがビクリと肩を揺らした。どうやら薔薇に手を添えようとして棘で指を切ったみたいだ。

 慌てて駆け寄ろうとして。


「大丈夫ですか」


 わたしが駆けつける前に、横からハンカチを差し出した人がいた。


「いけない。血が出ていますね。よかったらこれを」


 穏やかな低い声。大人びた眼差し。銀色の髪に薄いアイスブルーの瞳が涼しげなレオナール殿下の護衛の騎士。

 エドガー・メルシエが、なぜかそこにいた。








 えっ、なんで?

 そう思って、はたと思い留まった。

 そうだ。エドガールートはレオナールルートの派生だった。

 レオナールルートに入ったはいいものの、殿下との親密度を上げなかった場合、そうするとレオナールルートはエドガールートへと変わる。

 そうだそうだ、そうだった。ってことは、今コゼットちゃんはエドガールートに?

 見ると、コゼットちゃんは大人っぽいエドガーに優しくハンカチで手を押さえられて、ポッと頬を染めている。

 ――ヤバい。これ、確実にエドガールートに入ってるわ。

 かっこつけてシリルの前から去ったはいいものの、事態はまさかのなんの解決もしていなかった、という。

 慌てて身を翻して戻る。わたしも動揺しすぎてどうかしていた。二人の仲にすぐに割り込めばよかったのに、あろうことか先にシリルを呼びに行ってしまった。


「シリル!」


 舌の根も乾かぬうちに必死の形相で駆け込んできたわたしを見て、シリルとその友だちまでが目を丸くしている。


「早く来て! 緊急事態!」


 有無を言わさずその手を取って、強く引っ張る。シリルがよろめくのも構わずに、わたしは全力で走り出した。







 案の定わたしたちが中庭に着いたときには、二人はすでに立ち去ったあとだった。


「そんなに急いでどうしたの」


 シリルが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「なにがあった?」

「今度はエドガーだよ」


 息も切れ切れに、なんとかそれだけ振り絞る。


「エドガー・メルシエ。コゼットちゃん、近づいちゃったの」


 シリルの顔色がサッと変わる。

 レオナール殿下にはまだコゼットちゃんを諫める理由があった。彼には婚約者がいたし、恋仲になるにはちと身分が高すぎた。

 でもエドガーは違う。エドガーには婚約者もいないし、跡取りでもない。彼と仲良くなってはいけない理由はない。


「エドガー・メルシエ、だって……」


 おまけに、殿下に負けず劣らず顔がいい。殿下を美しいと評するなら、エドガーは大人っぽい、か。

 唯一、彼になにかあるとすれば。


「ちょっと!」


 突如聞こえてきた金切り声に、わたしたちは弾かれたように顔を上げた。


「あなた、なんでエドガー様のハンカチを持ってるの! 返しなさいよ、それ! まさか勝手に盗ったんじゃないでしょうね!」

「カサンドラ。やめてください」


 その話し声のするほうに駆け出す。

 エドガーが諫めるのも聞かず、カサンドラと呼ばれた女子生徒がコゼットちゃんになにかを喚き散らしている。かわいそうにコゼットちゃん、突然のことにどうしたらいいのかわからなくて、萎縮したまま固まってしまっている。

 カサンドラ。彼女がエドガールートにおける、悪役令嬢役。彼女はエドガー・メルシエの熱烈なファンを公言している。いつも彼につきまとい、彼のことはすべて知っておかなければ気が済まない、半ば彼のストーカーだ。かわいそうに、エドガーはカサンドラのせいで女嫌いの偏屈者になってしまった。

 エドガールートでは、そんな疲れたエドガーの心を癒し、なおかつカサンドラを撃退することで二人の親密度が上がっていくのだが。


「コゼット……!」


 シリルは一目散にコゼットちゃんのところへと駆け出していった。








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