→はい、食べます
「いや……ちょっと待ってくださいよ、フラヴィさん。俺今人生最大の大事な場面にさしかかってて……」
「関係ないな」
クールビューティな女の人はフンと冷たく息を吐いた。
「約束は約束だ」
にべもない様子でそう言うと、そのブロンド美人はぐいっとシリルを引っ張った。
「おまえだって今まで散々私に拝み倒してきただろ。今度はこっちが付き合ってもらう番だ」
クールビューティな女の人に睨まれて、シリルはうっと詰まった。
その隙にエドガーはわたしを連れて退散しようとする。
「ちょっと待ちなよ」
女の人に掴まれたシリルがわたしを掴まえて、まるでいい大人が電車ごっこしてるみたいな滑稽さだ。
「まだ話は終わってないよ」
「お忙しそうでしたので」
しれっとエドガーはそう言うと、「では……」とおいとましようとする。
それぞれが言いたいことを言いたいだけ言って、なんとも場がカオスだ。
どうしたらいいのかわからなくて混乱していると、しびれを切らしたようにブロンド美人が一喝した。
「そんなに用があるならいっそ全員連れてこい! すべては私の用事が終わってからだ!」
冷たい表情に睨まれて思わず身震いしたわたしを、エドガーとシリルの両人の手が覆った。
そしてどこに連れ去られるのだろうかと戦々恐々としていた矢先。
例のブロンド美人に引きずるように駆け足で連れられて行った先。
わたしたちは今、超人気レストランのカップル五十組限定のランチビュッフェで昼食をとっていた。
「……」
なにが起きたのかわからない。なにがどうしてこうなった。
目の前には涼しい顔と美しい所作で優雅にランチを楽しんでいるエドガー。
少し離れたテーブルでは途中で合流したコゼットちゃんと隊長カップルが、腹が立つほどイチャイチャしながらランチを楽しんでいる。
「アンジェ、どうしたの? いつもだったらもっとガツガツがっつくのに。ここのランチ美味しくない?」
「――あのですね、シリル。こっちのテーブルはいいですから。私たちのことは気にせずにどうぞ自分のテーブルに戻ってください」
おまけにさっきからシリルはブロンド美人そっちのけでこっちのテーブルにこれでもかと食事をとりわけては運んでくる。
いくらエドガーにあしらわれようとも、引いた視線を送ろうとも、シリルはあの乙女ゲームのときに見せてくれた一途な貪欲さで、こっちのテーブルにかじりついていた。
「……っていうか、あの、わたしまだアンジェだって名乗ってもないですけど」
冷静になってくると女の人を連れ立っているシリルに悲しいやら、なのにこっちにちょっかい出してくるシリルに腹立つやらで、つい冷たい声をかけてしまった。
「でもきみはアンジェだよね? 違うの?」
少し意地悪い気持ちで冷ややかにそう言うと、シリルはあの曖昧なヘーゼルの瞳を揺らしてじっと目を覗き込んできた。
その視線にうっと詰まる。
あの女の人が誰なのか、シリルにとっていったいなんなのか、まだなんの説明もなされてないというのに、ひたむきにまっすぐ向かってくるシリルについほだされそうになる。
「シリル、睨まれてますよ」
その空気を破ったのはエドガーだった。
彼は冷静な口調でそう言うと、わたしの顔を覗き込んでいたシリルの顔をぐいっと押しやってにこやかに笑った。
「こっちにまでとばっちりがきてはたまりません。あなたはどうぞ自分のお席に」
見ればあのブロンド美人がパスタを口いっぱいに頬張りながらギロリとシリルを睨んでいる。
「もう……フラヴィさんは……自分で取りに行ってよ……」
シリルは愚痴りながら慌てて料理を取りに向かった。
去っていく後ろ姿を眺めながら、エドガーはそっとため息をついた。
「エドガー?」
呼びかけると、エドガーはかすかに笑って首を振る。
「いえ、やはり彼には勝てないようだと思いまして」
憂うように笑ったエドガーが、溶けそうに透き通ったまつ毛を伏せる。
「シリルが姿を現してからあなたはずっと心ここにあらずで、彼の姿ばかり目で追っている。私がどんなにこの心を伝えたって、あなたに対する愛を伝えたって、あなたには取り合ってもらえなかったのに、シリルが目を合わせるだけであなたの心はもう彼に持っていかれてしまった」
「敵わないな……」とごちりながら、エドガーは唇を結んでしまった。
「……さっきちょっと、心動かされかけたけどね」
「……?」
視線を上げ目を瞠ったエドガーに、苦笑を返す。
「きっとあのままシリルが追いかけてこなかったら、絆されてたかも」
「それは……」
「だけどやっぱり、わたしはシリルの幸せのためにこの世界に来たから……っていうか、そこまでの覚悟でわたしはここにいるのに、なのにあの女の人はなに? なんで女の人連れてるのに追いかけてきたの? なんの説明もなくこの状況はなに? 考えたら腹立ってきた! シリルを問い詰めて説明させるまでは帰るに帰れないよ!」
「ハハッ……そうやって単純に怒れるところはやっぱりアンジェ、単細胞なあなたらしいですね」
エドガーは笑って、わたしの目の前に美味しそうなパエリアを押し出してきた。さっきからちょっと一口もらいたいなとチラチラ目で追っていたやつだ。
「だけどその前に、まずは腹ごしらえしましょう。少しでも私に心を動かされたというのなら、あと残された時間くらいはせめて私のためだけに使ってください」
あなたの誤解という魔法が解けるまではね。
エドガーが最後に言った言葉が聞き取れずに眉を顰めると、エドガーは笑ってなんでもないと言って、また一つシェフのおすすめステーキの皿を押し付けてきた。




