→はい、会いに行きます
そんなこんなで、とうとう二週間後。
やっと待ち侘びたシリルと再会できる日とあって、わたしは朝から緊張していた。
「アンジェちゃん、大丈夫?」
そんなわたしを心配するコゼットちゃんは、せっかくシリルと会う日だからととびきり可愛いお気に入りのワンピースを貸してくれた。のだけど……あまりにも可愛すぎて、純日本人顔のわたしが着るとちょっと豚にも真珠過ぎやしないかな。気前よく貸してくれたコゼットちゃんには悪いけど、逆にそっちのほうが気になって仕方がなかった。
そうやって朝からやれ服だやれ髪型だと、隊長はなかなか動き出そうとしないわたしたちにうんざりしたようでせっついてきた。
「もういいか?」
満足したかと今にも問い詰めそうにしかめっ面の隊長。
正直、シリルに会うためにこちらの世界に行くことばっかり考えていて、会ったあとのことまで考えていなかった。
こんなりすんなり会えるのなら、もっとエステに行ったりダイエットをしたり、とびきりのお出かけ服を買って用意しておけばよかった。今さら後悔しても遅いけど。
「うん……可愛い!」
コゼットちゃんの眩い笑顔と一緒にお墨付きをもらって、気合いをいれるためにパンッと一つ頬を叩く。
まるで戦いに赴くような気迫のこもったわたしに、隊長は引いた顔で「逆に怖いぞ」と注意してきた。
みんなとの集合場所は例によって、あの大広場の銅像前だった。
そっかー、もしかしたら二週間後にうまく飛べとけば、ここでシリルと再会できていたかもしれないのか。これは運がいいのか悪いのか……。
珍しく緊張した頭の中を、そんなとりとめもないことが流れていく。
そこで先に待っていたのは、さらに大人っぽくなったエドガーだった。
「ジークに、コゼットさん」
エドガーはわたしたちに気づくと、淡く微笑んできた。
相変わらず乙女ゲームの攻略者らしくキラキラ輝いているな。そこにいるだけでイケメンオーラが溢れて、街の女の子の視線をさらってしまっている。
銀色の髪に薄い涼しげなアイスブルーの瞳。騎士として鍛えられたすらりとした長身。
大好きな乙女ゲームの攻略対象者と再び出会えた感動が、なんだかじわじわと込み上げてきた。
「おい、なんだか今俺に対して失礼なことを考えていなかったか」
途端にジーク隊長に半眼で見下されて、そういえばこの人も立派な攻略対象者だったことを思い出した。
そうだったそうだった、そうだった。けど、この人はコゼットちゃんと結ばれてからというもののいやに所帯じみてしまったから、キラキラした攻略対象者というよりは昔尖ってたけど今は丸くなったオジサンくらいの気安さだな。まぁよかったんじゃない、それはそれで親しみが持てて、隊長。
「言え。今どんな失礼なことを考えていたか言え。躾し直してやる」
今にもげんこつを落としてきそうな隊長の睨みに、昔みたいにヘラヘラ笑って誤魔化していると、エドガーが一緒にいたわたしに気づいた。
「おや、そちらは……?」
女嫌いを克服できているのかどうなのか、エドガーは警戒したように少し身を引く。
少し驚かせてやろうとつんとおすまししたところで、「アンジェだ」とジーク隊長はなんの感慨もなくさらりとネタばらしした。
「え……?」
途端に驚きに見開かれたエドガーの目。「ちょっとー!」と隊長を見上げると、隊長は悪びれもせずに見返してくる。
「せっかく驚かせてやろうと思ってたのに。なんでネタばらしするんですか」
「女にトラウマ持っている奴にそんなことしてやるなよ……」
隊長は呆れたようにため息をつくと、ポリポリと頭をかいた。
「ごめんね、アンジェちゃん。でもエドガーもずっとアンジェちゃんに会いたがってたから」
口下手な隊長に変わって、コゼットちゃんがそっと耳打ちしてくれる。
「ほ……本当に、アンジェですか……?」
目を見開いて戦慄くエドガーに、ニッと笑いかける。
「ほんとだよ、エドガー久しぶり! 相変わらずキラキラした顔だね!」
エドガーは二、三歩寄ってくるとぐっと顔を覗き込んできた。
「その遠慮もなにもないものの言い様は……まさか……!」
エドガーはなにを考えているのか、そのままがばりと抱きついてきた。
「エドガー?」
驚いて飛び退こうとするけど、エドガーの強い力は離してくれなかった。
「本当だ……嫌悪感が湧かない……この感覚は……!」
どんな基準で人を見分けているのか知らないけど、エドガーはそんなことを一人呟くと途端にぎゅっと締め付けてきた。
「ぐぅえっ!? エ゛、エ゛ドガー!?」
潰れたアヒルのような声で助けを求めるけど、エドガーには届いてないのか、力が緩むことはなかった。
「まさか……まさかアンジェがここにいるだなんてっ……! あぁ……この日をどんなに待ち侘びただろうか……!」
なんちゅう力だ。すぐに息ができなくなってきたわたしは、震える腕を伸ばして隊長とコゼットちゃんに助けを求めた。
「あぁ神様……今日というこの日を与えてくれてありがとうございます……!」
「エドガー……感動しているところ悪いんだが、感動の再会の日が一生のお別れの日になろうとしているぞ」
隊長のツッコミとともにコゼットちゃんに助け出される。気管支が変な音を立てている。危ない危ない、シリルと再会する前に絞め殺されるところだった。
「そのっ……ゴボッ……よ、喜んでくれるのは嬉しいんだけどっ……まだ死にたくないかな〜……ヒュエッ……」
警戒して一歩引いたわたしに、エドガーは構わず近づいてきた。
「アンジェ、ああ、アンジェ……ずっとあなたに会いたかった……」
また抱き潰されてなるものかと下がったわたしを、エドガーは跪いて両手を取ることで制してきた。
「あの日からずっと……後悔していました。あなたにお別れを言われた日。あの日、なぜ私はなりふり構わずにあなたを引き留めなかったのだろうと……こんなに後悔に苛まれるなんて、思いもしませんでした。もしも、もう一度会えることができたのなら、今度こそ後悔なく伝えようと思っていたことがあります。今ここで伝えても?」
今? と見守ってくれている隊長とコゼットちゃんを振り返る。二人だけでなくここは往来で、たくさんの人通りがある。
「ええ、今です。一秒後にはあなたはまた消えてしまうかもしれませんから」
真剣な顔でそう言ったエドガーは、冷たい瞳に焦がれるような熱を添えて、はっきりとそう言った。
「アンジェ、あなたを愛しています。あなたが思っているよりもきっと、ずっと……私はあなたに焦がれている。私が触れられる女性は生涯あなただけだ。だからどうか私のそばにいてくれませんか」
今度はポリポリと頭をかくのは、わたしの番だった。
隊長とコゼットちゃんが見守る中、衆人環視の視線を感じながらも、わたしは言わなければならなかった。
「エドガー、わたしはシリルを幸せにするために戻ってきたんだ」
握りられたエドガーの手を言い聞かせるように強く握り返しながら、わたしはそれでも言わなければならなかった。
「シリルをわたしの手で幸せにするため。わたしはそのためにここにいるの」
エドガーはまっすぐにわたしを見つめている。握り返す力が弱くなって、手が抜けようとしている。
そのままエドガーは力なく項垂れるかと思ったけど――。
「……やっぱりあなたは、アンジェなのですね」
エドガーは少し切なそうにそう言って笑うと、再びわたしの手を握ってきた。
「どこまでいっても、あなたはアンジェだ。周りを巻き込んでもひたすらまっすぐに突っ込んでいく、あぁアンジェが帰ってきた……」
そこまで告げても引かないエドガーに戸惑っていると、後ろで隊長が好き勝手言っているのが聞こえてきた。
「エドガーも難儀な男だな。振り向かない女しか追いかけられないなんて……」
「しっ……! ジーク、聞こえるよ……?」
言いたい放題の隊長をじとっと睨み上げると、隊長は肩を竦めた。
そうやって動く様子のないエドガーに困っていると、遠くの人混みに見慣れた姿を見つけた気がして思わず声を上げていた。




