→はい、おせっかいを焼きます
城の前でエドガーと別れたあと、わたしは休日も詰所で仕事三昧の隊長に纏わりついていた。
「休みの日も仕事って……隊長、ほかにやることないんですか?」
「うるさい。そういうおまえこそ、せっかくの休みにこんなところでなにしてるんだ」
暗にシリルのところへと急き立ててくる隊長を、じっと見下ろす。
「……? なんだ?」
「隊長、一生のお願いなんですけど、」
その途端、隊長はこれでもかというほどに顔を顰めさせた。
「おまえはいったい何回一生のお願いを使えば気が済むんだ!」
「まぁまぁ、そうカッカせずに。おきれいな顔が台無しですよ! それにね、隊長、ご存じですか? 生きるとは、常に大きな荒波を乗り越えていかなければならないもの。一つやっと大きな荒波のような大変なお願いを叶えたと思っても、またそれを凌駕する大きなお願いが襲いかかってくる。それを乗り越えていくことで隊長もまた一つ成長できるかもしれないような、そうでもないような……人生ってなんかそういうもんですよ」
「なんだか最もそうなことを言っているようにも聞こえるが、おまえのはただ自分の欲求を押し通したいだけだからな」
「それでですね、隊長」
まるごとするっと聞き流して本題に入ると、隊長はうんざりした顔をして大きなため息をついた。
「エミルが隊長に会いた〜いって……」
隊長は盛大に顔を顰めさせていたが、さすがにエミルの名前を出された手前、それ以上なにも言い返してはこなかった。
渋々といったように着いてくる隊長を横目に見ながら、孤児院までの道を急ぐ。
おそらく隊長はわたしの意図に気づいているだろう。それでも断られなかったのは、ひとえに隊長が小さい子に激弱いからだ。
エミルやニーナの名を出せば、大抵のことは隊長は聞き入れてくれる。
でも別に、今日のお願いだって厳密に言えば嘘なんかでは決してない。エミルたちは常に隊長に会いたがっている。
王族なのに下々の者にも優しい、素敵な王子様、ディートフリート殿下だ、って。
孤児院が見えてくると、楽しげな騒ぎ声が響いてきた。
どうやらみんなで鬼ごっこでもして遊んでいるようだ。必死な顔で子どもたちを追いかけ回すシリルから、子どもたちがキャーキャー言いながら逃げ回っている。マイクは相変わらずコゼットちゃんにベッタリで、どうやら彼的にはコゼットちゃんを守ってあげているみたい。
その様子をふと目にして、ジーク隊長はおもむろに足を止めた。
コゼットちゃんに気づいて踵を返すかなとも思って身構えたが、どうやらそうではないみたいだった。
眩しい笑顔を振りまいて、みんなと楽しそうに遊んでいる――そんなコゼットちゃんの姿を束の間見守っていた。
「戻ってきましたね」
見守っていたフィンさんが、わたしたちに気づいてこっちにやってきた。
「おや、殿下もご一緒でしたか。今日はアンナちゃんのお友だちも遊びに来ておりまして、騒がしくしてしまっていてすみません」
「いや、いい。気にするな」
隊長は首を振ると、ようやく視線を外した。
「元から長居するつもりもない。エミルは元気か?」
「ええ、今日はたくさん遊んでもらって、ちょっと疲れたようで……お昼寝してしまいました」
「そうか。ならばまた来よう」
「隊長」
踵を返して立ち去ろうとするその後ろ姿に、思わず声をかける。
「ここであなたを待っていますよ」
誰が、とは言わなかった。
隊長は振り返ってくれなかった。その表情はわからない。
「差し出がましいかなとも思ったんですけど、これでもわたしなりに隊長には感謝してるんです。胡散臭い話を信じてくれて、今日まで世話してくれましたから。だから、隊長だって少しでも幸せになってほしいから」
隊長は少しの間、立ち止まっていた。
だけど結局なにを言うこともなく、すぐに立ち去って行ってしまった。
それからも、シリルたちは何度か休みのたびに遊びに来てくれた。
マイクはコゼットちゃんの騎士気取りだし、シリルの腕の中はエミルの定位置になった。ニーナとリタちゃんは常にエドガーの取り合いをしている。
とくにリタちゃんはすっかり本気でエドガーに恋してしまったので、わたしはシモンのエドガー暗殺計画を全力で止める羽目になった。
そんなある日、みんなで遊んでいる最中に申し訳なさそうなフィンさんからおつかいを頼まれたので、出かける準備をしていたところ、シリルに声をかけられた。
「俺も一緒に行く。手伝うよ」
シリルに籠を渡すよう手を伸ばされる。
「いいよ、さすがにそこまで手伝わなくていいよ」
「たまには二人きりになりたい口実だ、って言ったら、アンジェは怒る?」
ちょっと上目遣いでお伺いを立てられるように言われて、不意打ちのダメージに頬が赤くなる。
「い……いや……だったら、一緒に来てもらったほうが助かる、けど……」
思わずどもってしまって目を逸らすと、目の前のシリルは明らかにからかいの色を含んで、ジロジロと眺めてきた。
「もしかして、今ちょっと照れた?」
「もう! いいから……行こう!」
シリルの視線を遮るように背を向け、先に外に出る。不意打ちのドキドキに、悔しいけど胸がざわざわした。
いつも行く市場で頼まれた食材を吟味しながら次々と購入していく。
その間、シリルがまじまじとわたしを視線で追って見つめてくる。
何度目かの購入のあと、わたしはとうとう耐えられなくなってシリルを問いただすことにした。
「えーっと……わたし、なにかとんちんかんなことでもしてるかな?」
とくに破天荒なことも滅茶苦茶なこともしてはいないとは思うけど……そう尋ねると、シリルは気まずそうに視線を逸らした。
「いや……なんか、買い物するアンジェが新鮮っていうか……」
シリルはちょっと頬を赤くした。
「新鮮、って……わたしだって買い物の一つや二つするよ」
絶賛一人暮らし中だし、休みの日にも孤児院で子どもたちと一緒に食事を作ったりはしている。
それを説明すると、シリルは驚いたように目を丸くした。
「え……アンジェ、家事できるの?」
「できるよ、それくらい!」
わたしをなんだと思ってるんだ。たしかにコゼットちゃんの人間関係は滅茶苦茶にはしてきたけど、だからといって家の中まで滅茶苦茶にはしないよ!
「そっか……いやさ、アンジェって結婚したらこんなふうに買い物に出たり、食事の準備をしたり……そうやって一緒に生活していくのかなって、様子を見てたらなんか勝手に想像しちゃって……」
あまりの言葉に、不覚にもこっちにまで赤面が伝播する。
な……なんだか、とてつもなく小っ恥ずかしいことを言われた気がする。
「そんなアンジェの姿をこれからも見ていたいな、というか、ずっとそばで見守るのは俺がいい、というか……」
シリルは一瞬、視線を逸らしたけど、やがて寂しそうな顔をしてポツリと呟いた。
「でもアンジェは俺が幸せになったら帰ってしまうから……だったらせめて、今だけでもこんなふわふわした浮ついた気持ちに浸っていたいんだ」
シリルがやっと視線を上げる。彼は案外とまじめな顔で、臆面もなく言ってきた。
「ねぇ……今日はまだ帰りたくない。たまの休みの日にしか会えないのに……もっと二人だけで過ごしたいよ」
なにを小っ恥ずかしいことを、と一蹴できなかったのは、シリルがあまりにも真剣だったからだ。




