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→はい、話します

 

 わたしはコゼットちゃんたち二人を先導する傍ら、渋るジーク隊長をなんとか宥めすかしながら、その背中を押し続けていた。


「なんで俺まで付き合わなきゃならん」


 さっきから隊長はそればっかりだ。


「無事にシリルに会えたんだ。もう俺の出番は終わっただろう」

「まだ終わってませんって。コゼットちゃんにラルジュクレール学院にいたことがバレてるのはどうするんですか?」

「そんなの、『俺はいなかった』とおまえが一言口添えしてくれれば……」

「あっ隊長〜この先じゃないですか? 隊長おすすめのカフェ! 今日のために隊長が一生懸命調べてくれたんですよね!」


 ジーク隊長がじとりとした視線をわたしに向けてくる。


「おまえなぁ、俺が行かないなら自分も行かないなんて……そんな脅し方、いったい誰から教わったんだよ……」

「そんなの決まってるじゃないですか〜、そのえげつない感じは隊長しかいないでしょ!」


 テヘッとスマイルでその視線に応えると、隊長は呆れたようにため息をついた。

 暖簾に腕押しでなにを言っても響かないものだから、隊長は随分と前からわたしを躾けるのを諦めた節があった。


「さて! まだまだ積もる話もあるかと思うので、さっさと行っちゃいましょ!」

「俺には積もる話なんてない」

「隊長になくても、あの二人にはあるんですよ」


 振り返った先の二人はまだ表情が強張っていたけど、健気にもコクリと頷き返してきた。それにわたしも頷き返して、これ以上隊長が駄々をこねる前にとカフェの入口に隊長を押し込んだ。








 みんなでやってきたのは、騒がしい大通りを外れたところにある、席の間に仕切りのある半個室の静かなカフェだった。ここだと今からするような人に聞かれたくない話もゆっくりとできそうだ。

 案内に来た店員さんに無理を言って、隊長たちとは違うテーブルに案内してもらう。

 今度はシリルの背中を押しながら軽く手を振って立ち去るわたしを、着席してしまった隊長はすごい目で睨んできた。

 これから先、二人の仲が上手くいくかいかないか、それはコゼットちゃんのがんばり次第なんだろう。

 でも心配しなくてもきっと、今のコゼットちゃんならゴリ押しできる気がする。だってもともと、レオナールルートではあのマルリーヌ様に下剋上を起こせるくらいのヒロイン力を持ってるからね、コゼットちゃんは。

 だったら隊長の下限まで振り切った孤独な心だって、なんだかんだで救ってくれそうな気がする。それくらい今のコゼットちゃんはヒロイン力に満ちあふれている。

 ということで、わたしは戸惑い気味のシリルの背を押して、やっと二人きりになれたねと中庭の見える席へと落ち着いた。


「ねぇ、アンジェ。まずは説明してくれるよね」


 案内の店員さんが去ったあと、逸ったようにシリルに問い質された。


「去り際のアンジェがあまりにも切羽詰まっていたものだから、俺はこの一年間本っ当に気が気でなかったんだよ! この国に来るのも、実は今回が初めてじゃない。もしかしたらあの殿下に理不尽な目に遭わされているんじゃないかってメルシエ様に探りを入れてもらったり、休みを利用して君を探しに来てみたり……でも、びっくりするくらいにアンジェの情報は掴めなくて、まるで君は最初から存在してなかったみたいに……!」


 握りしめたシリルの手が震えた。

 まっすぐ向けられたヘーゼルの目には、そのときに感じていたのだろう恐怖がありありと浮かんでいた。


「心配してくれてありがとう、シリル。それと、心配かけてごめん」


 そっと手を伸ばして、そのシリルの手を握る。


「……聞いてほしいことがあるんだ。なにもかも話すよ」


 ふと視線を逸らして、テーブルに落とす。一年前から覚悟していたことを、やっと話す機会が来た。








 一生懸命にことの次第を話すわたしを、シリルはなにを言うこともなくただじっと耳を傾けていた。たどたどしく言葉を選んで話すわたしを遮ることもなく、シリルは最後まで黙って聞いていた。

 すべてを話し終えても、シリルはしばらく黙って考え込んでいた。

 視線をテーブルに落として押し黙るシリルを、じっと見つめる。シリルは今なにを考えているのだろう。どう思っているのだろう。


「そっ、か……」


 一言そう呟くと、シリルは長いため息を吐いた。それを皮切りに、張り詰めたようなピンと張った空気が緩む。


「少なくともこの一年間、辛い目に遭ってたわけじゃなかったんだね?」


 身じろぎをして体を揺らしたわたしに、やっとシリルが視線を上げてこっちを見てきた。それに頷きを返すと、シリルは安堵したみたいにまたため息を吐いた。


「それにしても、俺を幸せにするためにこの世界に来た、か……」


 シリルはなんともいえない色を浮かべて、わたしを見つめる。なにかを言いたそうな様子に首を傾げて促すと、彼はますますなんともいえない表情を浮かべた。


「ねぇ、それって少しは自惚れてもいいのかな?」

「ん?」

「だって、そもそもアンジェはなんでそんなに俺のこと、幸せにしたいって思ってくれたの?」


 だって、それは。


「っていうかそれ、前にもエドガーに訊かれた気がする」

「メルシエ様に?」

「うん」


 あのとき、学院で講義をサボらされたときにもエドガーに訊かれた。

 “なぜシリルのために”。


「それは……シリルが不憫だから……シリルだって幸せになってもいいじゃないかって思っただけで……」


 どのルートにも出てきて、でもどのルートでも幸せになれなくて、だから一回くらいシリルが幸せになるルートがあってもよくない? って思って……。

 そう言いながら、段々と言葉の勢いが弱くなっていくのが自分でもわかる。

 とうとう途中で言葉を止めたわたしを、シリルはまっすぐな視線で貫いてきた。


「俺のことをそんなにも考えてくれて、幸せになってほしいって願ってくれて、行動に移してくれて、それってさ、自分で言うのもなんだけど、よほどの思い入れがないとできないことなんじゃないかなって思うんだけど」


 一瞬、シリルが言い淀むように唇を結んだ。


「だからそれって、アンジェがそんなにも俺のことを大切に想ってくれている証なんじゃないかって……」


 そう言いながら、シリルは顔を赤くした。と同時にそわそわと逸らされた視線に、一気にこっちにも赤面が伝播する。

 な、なんなんだ、この空気は。ふわふわと妙な色に空気が染まっていくような錯覚。

 うまく言葉が返せなくて、ハクハクと口を動かして空気を取り込む。

 なにか言い繕おうとして、でもそんなどこか軽やかな空気を破ったのは、よりにもよって聞き慣れた声だった。


「あー……いい雰囲気のところ、悪い」


 仕切りにもたれかかって立っていたのは、バツの悪そうな顔をした隊長だった。








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