→はい、再会します
その日の晩、詰所で残務を片付けているジーク隊長にすり寄った。
「ねぇ隊長、一生のお願いなんですけど、」
まずそう切り出した時点で、顔を上げた隊長の目はわたしを疑ってかかっていた。
「悪いが、今はおまえを元の世界に返すことで精一杯なんだ。ほかのお願いを聞いているヒマはない」
「そうつれないことを言わず。簡単なことてすから」
「簡単なことが一生のお願い?」
「そう。ちょっと付き合ってほしいところがあって」
「今から?」
時刻は夜の九時。外は充分暗い。
「いやいや、今からなわけないですよ。今度の休日にです」
「……いったい俺になんの用だ」
ますます疑いのかかった目になったジーク隊長に、慌てて言い訳を繰り出す。
「実は、シリルと会う約束をしているんです。だけど、ほんとに会えるか、会ったらなんて言われるか……不安でしょうがなくて」
隊長は深いため息を吐いた。
「隊長、お願い! 一人じゃ怖くてとても行けない! ついてきてください!」
「おまえが怖いってタマか……」
呆れた様子ながら仕方がないとやっと頷いてくれたジーク隊長に、内心ほっと胸を撫で下ろす。
この人、今までこの疑り深い性格のおかげで生き残ってこれたんだろうけど、今だけはその疑り深さをかなぐり捨ててほしかった。
そして当日、ウキウキで急かすわたしに、隊長は呆れながらも少しほっとした様子だった。
「それで? どこで待ち合わせなんだ?」
「街の人たちがよく待ち合わせに使っている、あの大広場の銅像前ですよ。彼らはまだこの国に来て日が浅いですからね。分かりやすく目立ちやすい場所を指定しました」
「……彼ら?」
「まぁまぁ、細かいことはおいといて。わたしだって普段職場や孤児院、市場くらいしか行かないんですから、隊長が来てくれないと街の案内もできないですし。だからなおさらついてきてほしかったんです」
「おまえなぁ……俺ありきで勝手に約束するなよ。都合がつかなかったらどうすんだ」
「隊長なら都合つけてくれるって信じてましたよ」
呆れたようにため息をつく隊長に、笑いかける。
「なんだかんだいって、隊長って面倒見がいいですもんね〜。特にこの機会を逃したら次はまたいつ会えるかわからないわけだし? 隊長なら絶対に助けてくれるって信じてました」
隊長はなんだか面映そうな、複雑な顔をすると、乱暴にわたしの頭を撫でできた。
「これで元に戻れるといいな」
ポツリとこぼされた言葉。ちらりと隊長のほうを振り返る。
「そうですね。……それにいい加減、隊長も幸せになったっていい気がしまして」
「あ? なにか言ったか」
「べつに。さ! 早いとこ急ぎましょう!」
隊長の気が変わらないうちにと、先を急ぐ。逃げられないように、こっそりと隊長の上着の裾をしっかりと握りしめた。
珍しく機嫌の良さそうだった隊長は、待ち合わせ場所にいた人物を見た途端、顔色を変えた。
「アンジェ!」
そこにはすでに、待ち構えたようなシリルとコゼットちゃんの姿があった。
「やっと会えた!」
姿を現したわたしたちに、シリルは素っ頓狂な声を上げて駆け寄ってきた。
「よかった、無事で!」
久しぶり、と続けようとした言葉は出てこなかった。
シリルは随分と強い力で、わたしを引き寄せてきた。
「あれからずっと、助けを求める君の姿が忘れられなくて……」
シリルの声は安堵にか、震えている。
「いったいどうなってるの? 君が帰ってから何度も手紙を送ったんだよ。俺だけじゃない、メルシエ様だって必死に君とコンタクトを取ろうとしたんだ。なのに、まるで君は初めから存在していなかったかのように消息が掴めなくて、手紙も返ってこないし、学園からは君みたいな生徒は在籍していないって一蹴されるし……俺たちがいったいどれだけ心配したことか!」
「うんうん、ごめんね、シリル。探してくれてありがとう。これには深〜いワケがあってね」
「もちろん、今から説明してくれるんだよね?」
それにコクコクと頷きを返す。
「それに……あの人、ディートフリート殿下? だよね? どうして一緒に? まさか監視されてるの……!?」
「大丈夫だよ、シリル」
今にも隊長に突っかかっていきそうなシリルを、そっと押し留める。
「幸いにも、あのあとすぐに誤解は解けたんだ。ちょっとした事情というか理由でね、ここから動けなくて。ここでこうしてシリルと再会できる機会を待ってたんだよ。だからシリルが留学でもなんでも、この国に来てくれて、こうしてわたしに会いに来てくれて嬉しかった」
シリルは戸惑いながらも、穏やかなわたしの様子に体から力を抜いた。
「ねぇ、シリル。シリルはさ、学院でわたしと過ごしたあの時間、幸せだった?」
再会の喜びもそこそこに、一番気になっていたことを訊く。これでシリルが幸せだったとわかったなら。シリルを幸せにできていたのなら。
「幸せだった? って……この一年間アンジェとまったく連絡もつかなかったのに、幸せとかそんなの考えるどころじゃなかったよ!」
途端にシリルは怒ったようにそう捲し立ててきた。せっかく落ち着いた気持ちがまた再燃したのか、シリルは今にも隊長に抗議しにいきそうな剣幕だ。
「ずっと心配で心配で……こっちでアンジェの身になにかあったんじゃないかって……」
こんなにも真剣にわたしのことを考えていてくれたことは、正直に言うと申し訳なくも嬉しかった。下手したらもう存在すら薄れているかもしれないって思っていたから、相変わらずシリルの頭がわたしへの心配で埋め尽くされているみたいで、ちょっと幸せすら感じてしまった。でも、ということは。
「わたし、やっぱりまだ帰れないのか……」
相変わらずこの体は、自分のもののように自由自在に操れるまま。
「まーそうだとは思ったけどさ……」
学院生に紛れ込んでいたときのように、これ以上気軽にシリルとどうこうする機会もそうないというのに、さてこれからどうするか。
頭を抱え込んだわたしの横では、そっぽを向いたジーク隊長にコゼットちゃんが迫っていた。
「ディートフリート殿下、ですよね?」
コゼットちゃんは一年前に見たときよりも、なんだか凛々しくなっていた。
一年前のコゼットちゃんといえばみんなに守ってもらわないとすぐに流されて、誰のルートでもいつ突っ込んでいってもおかしくないような危うさがあったが、今はまっすぐとした芯のようなものさえ感じる。さらに強く美しくなったみたいだ。
「……どなたか存じ上げませんが、わたしをディートフリート殿下と見間違えるとは、なんとも畏れ多い」
前のめりのコゼットちゃんに、隊長は顔を逸らしながらそっけなくそう言い捨てた。
「いいえ、間違えるはずがありません。あなたこそがラルジュクレール学院でご一緒した、ディートフリート殿下のはずです」
隊長は逸らした顔に、自嘲のような歪んだ笑みを浮かべた。
「ずっと……お会いしたかったんです」
「さっきからなんのことやら……ラルジュクレール学院など、わたしは訪れたこともありません」
「嘘。わたしには分かります」
コゼットちゃんは強い調子でそう言い切った。
「わたしがあなたを見間違えるはずがないもの」
これ以上会話はしたくないと背を向けたジーク隊長に、コゼットちゃんが縋り付く。
「あなたがディートフリート殿下でないというのなら、だったらあなたの本当の名前を教えてくれませんか!」
それは、あのコゼットちゃんからは想像もつかないほどの必死の懇願だった。
「本当のあなたのことを教えてもらえるまで、わたし、この手を離しません!」
そっぽを向く隊長に少しでも届くようにと、コゼットちゃんはなおも訴える。必死なコゼットちゃんの声は震えている。見ると、ジーク隊長の裾を掴む手も震えていた。
「ジーク隊長」
わたしの呼びかけに、隊長が顔を顰めながら振り返る。
「とりあえず、わたしもまだまだ目的を果たせないようだし、ちょっと場所を改めません?」
その言葉に、三者三様の反応を返された。
コゼットちゃんは希望が見えたかのように顔をパァと輝かせて、シリルはどこかほっとしたように肩の力を抜いて。
そしてジーク隊長はこれでもかというほどに顔を顰めて、わたしに悪態をついてきた。




