→はい、兄妹に会います
シモンはかなり長い距離をてくてくと歩いていった。
城の裏手から外に出て、森の小道を迂回して城下町の外れに出て、そこから街中をくねくねと通った先。
そこにあったのは、古びた外観の大きな教会だった。
「家族の前でもその寒いお芝居を続けたら、さすがの俺でも引くからな」
シモンは胡散臭そうにわたしを一瞥すると、一足先に教会の中へと入っていった。
「リタちゃーん、いるー? お兄ちゃん帰ったよー?」
「あー! シモンお兄ちゃん!!」
中から幼い女の子の嬉しそうな声が響いてくる。
シモンの登場に、にわかに騒がしくなる教会内。それを受けてか、さほど時間を置かずに、外庭で遊んでいた男の子がわたしを見つけて駆け寄ってきた。
「アンナねぇちゃん!」
一人が気づくと、他の子も顔を上げて、こっちに向かって駆けてくる。
「あー、アンナねぇちゃんだ!」
「お仕事終わった? おかえりー!」
遠くから駆け寄ってきたまだ小さな男の子は、しかしわたしの手前で止まると、戸惑ったように固まった。
「どうした、エミル。アンナねぇちゃん帰ってきたのか?」
教会の扉から少し大きな男の子が顔を出した。その男の子は立ち尽くす小さな子たちに不思議そうな顔をすると、今度はわたしを見てギョッとしたように何度か瞬きをすると、信じられないように目を凝らした。
それから怯えるようにじりじりと身を寄せ合う、四人の小さな子どもたち。おそらくこの体の持ち主の兄妹だろう。
みんな目に見えない違和感が拭えずに、どうすればいいのかも分からずに固まっている。
「アンナ……ねぇちゃん……?」
一番大きい男の子は、わたしとよく似たアンバーの瞳で見上げてくると、その瞳にわずかに警戒心を剥き出しにした。
「アンナねぇちゃん……なの……?」
男の子は無意識にか、ほかの兄弟たちを手でかき抱いて、これ以上わたしに近寄らせないように制止した。
「アンナねぇちゃん、だよね? でも……」
男の子の瞳に、みるみるうちに恐怖がせり上がってくる。
「いったい、誰……」
目の前の兄妹たちを見て、体の中を稲妻が走り抜けたような衝撃が走る。やっと、これがどういう状況か呑み込めた。
この“ピピ・オデット”改め“アンナ・クロス”の体は、シリルを幸せにするために作られたキャラでもなんでもなかった。ただのこの乙女ゲームの世界の中の立派な一モブだった。
つまり、わたしは本来なら自我のある立派な一モブの体になぜか乗り移ってしまって、事情がわからないのをいいことに今まで散々好き放題に操っていた、というわけだ。
「――ほんっとうに! ごめんなさいでした!」
そう気づいた瞬間、わたしはその場でジャンピング土下座をしていた。人生で一番といっていいほど高く飛び上がって、それから地面に額をこすりつける。
幼い無垢な子どもたちが怯えている姿を前に、それ以上声が出てこなかった。
「おーい、いつまでもそんなところで……って、え、なに……なんでそんなところで這いつくばってんの?」
なかなか入ってこないわたしたちを不審に思ったのか、中からシモンともう一人、神父と思しきメガネをかけた若い男性が出てきた。
「アンナちゃん……?」
神父さんもシモンと同様、土下座したわたしを見た途端に穏やかな微笑みにギョッとした色を浮かべた。
「それにみんなも、待ちわびていたアンナちゃんが帰ってきたというのに、そんな隅で固まって。いったいどうしたんです」
「神父様!」
アンナ・クロスの兄妹たちは神父さんを見た途端、みんな一斉に駆け寄って彼にしがみついてしまった。
「しんぷさま、これ……ちがう」
「うん?」
神父さんは今にも泣きそうな一番小さな男の子を抱き上げた。
「これ……アンナねぇちゃんじゃない……」
ボソリと呟かれた言葉に、シモンがまさかというようにわたしを凝視してくる。
「……え? まさかおまえ、そんなこと……でも、えぇ!?」
シモンもディートフリート殿下からなにか聞いていたのだろうか。途端に取り乱し始めたシモン。一気に混沌とし始めた場を、神父さんは戸惑いながらもなんとかなだめている。
「あの! 事情を説明します。どうか、わたしの話を聞いてくれませんか」
見上げた先の若い神父さんは、男の子をシモンに預け、わたしの体を起こそうと手を差し伸べてくれた。
「とりあえず中に入りましょうか。お話を伺いましょう」
はぁぁぁ……ここへきてやっと、話の通じそうな相手に出会えた。
場所は変わって、教会内の応接室。この教会の神父さん、フィンさんと二人きり。
さっきの子どもたちはシモンが連れて行ってくれて、今は一緒に遊んでくれているようだ。
フィンさんはさっきまでわたしの突拍子もない話の一部始終を聞いていたところだ。
殿下に全然信じてもらえずにここまでずるずると来てしまったが、当然ここで過ごしだ記憶などあるはずもなく、見知らぬ土地に見知らぬ人ばかりで大変に困っている、ってところまで話し終えて、わたしは一息ついた。
「……まさか、そんな。そのようなことが起きるだなんて……」
フィンさんはそう言ったきり、重く押し黙ってしまった。
「例えば殿下が言うように、わたしがウソをついていたとして、そうしたらあの子たちのあの反応は説明できないですよね?」
いまだ半信半疑といったフィンさんに、畳み掛ける。
「もしもわたしが本物のアンナ・クロスだったら、あの子たちがああも怯えることはなかったはずですよ。あの子たちにはわかるんです。本当の姉はいまだ、知らない他人に体が奪われたままだって」
「そう……そう、ですね、あの子たちが違うというのなら、本当にそうなんでしょう」
やがてフィンさんは、長いため息を吐いた。
「それにあなたは彼のことを“殿下”と呼ぶ。あなたはたしかに、わたしたちの知るアンナちゃんではないのでしょう」
その日の夜、当然ぎこちない様子の兄妹たちを苦心しながら寝かしつけていると、背後に人の気配がした。
「――……」
ディートフリート殿下その人だった。殿下はわたしの視線に気づくと、ふいっと目で扉を示す。
ベッドの中の小さな男の子――エミルの寝顔を確認して、掛け布を引き寄せる。起こさないようにそろりと立ち上がると、殿下は踵を返した。
殿下は終始黙ったまま、先ほどの応接室まで先導した。わたしが入室して扉を閉めたのを確認すると、また視線で座れと指し示される。
「まさか、あの突拍子もない嘘が真実だとは思いもしなかった」
ソファに掛けた途端、殿下はそう口にした。
「信じられなくて、すまなかった」
まじまじと目の前の辛気臭い真顔を眺める。
「まぁ……信用されたらそれはそれで、頭大丈夫かって気もしますけど」
「おまえなぁ……」
途端に半眼になった殿下に、まぁまぁと宥める。
「だとしても、だからこそ殿下ならって、わたし、勇気を出して打ち明けたのに。殿下がわたしの言うことに少しでも耳を傾けていてくれたら、あの子たちだってあんなに怖がらせなくてすんだのにな!」
小さい子たちの話を出されると、殿下は覿面に弱いようだ。明らかにグッと怯んだ殿下に早々に溜飲の下がったわたしは、殿下をいじめるのはこの辺で止めることにした。
「まぁ、わかってくれたらいいんですよ、わかってくれたらね。その代わり、今からわたしの状況を一切疑わずに真剣に聞いていただけますか?」
殿下はバツが悪そうにコクリと頷きだけ返してきた。
わたしはここぞとばかりに畳み掛けるように、怒涛の勢いで今まであったことをすべて殿下へとぶち撒けた。
「……と、こういうわけでわたしは“アンナ”じゃないし、あの学院の一部の生徒のことはわかりますけど、それ以外はまったくこの世界のことを知らないんです。ここまでわかっていただけました?」
「……ああ」
殿下はわけがわからないといったように眉間にシワを寄せて指で揉んでいたが、幸いにも否定はしなかった。
「だから、わたしはほんとはあの学院にいないといけなかったし、シリルがいないとおそらくこの体から出ていけないって点でも、ちょっとマズい状況なんですけど……」
「申し訳ないが、こっちもそうすんなりとおまえを返してやれる状況になくてな」
深いため息を吐き出した殿下は、やっと険のとれた暗い瞳をわたしに向けてきた。
「まず、おまえの置かれている状況なんだが……」
殿下の話を聞くにつれ、わたしの顔から血の気が引いていった――。




