→はい、誘います
「シーリールー!」
講義室の外でシリルが出てくるのを待っていたわたしに、シリルが目を丸くした。
「アンジェ? どうしたの?」
「シリル、今日時間ある?」
「あるのはあるけど……」
目一杯の作り笑顔を浮かべてシリルを誘うわたしに、シリルの後ろに控えていたトムが砂でも吐きそうな顔で目を剥いた。
その態度に思うところもあったけど、今のわたしには余計なことにいちいち突っ込んでいるヒマなどない。トムのことはまるきり無視して、シリルの手を両手でわしっと掴み取る。
「じゃ、今からわたしとデートしよ!」
「え、えぇ!? デ、デート!?」
いやにあたふたしているシリルの腕をむんずと掴んだまま、学院内をつかつかと早足で駆け抜ける。
「ア、アンジェ! ちょっとさ、デートにしてはあまりにもその……ムードがないんですけど!」
「だって時間がないんだよ! これから美術館で絵画鑑賞したあとに、公園でピクニックでしょ。それからカフェでゆったり語らったあとはマルリーヌ様おすすめの夜景の見えるレストランに移動してディナー、それから夜の海に行って花火をして、最後は……」
「ちょっとちょっと、ちょぉーっと!」
あまりにもシリルが暴れるので、立ち止まってちょこんと小首を傾げてみせた。
「……イヤ?」
「いや、イヤとかいう問題じゃないでしょ!」
シリルは半ば引いている。
「どれだけ回るつもりなの!? 今日はせめてそのうちのどれか一つにしとこうよ!」
「だって、たくさん回ればそれだけシリルもたくさん幸せを感じるかなって」
見返したわたしに、シリルは困ったように頭をかいている。
この学院への留学期間がもう終わってしまうというなら、あとはシリルを一刻も早く両思いにしてハッピーエンドに導くしかない。コゼットちゃんとのハッピーエンドにこだわっていたけど、ほかでもないシリル本人がわたしを好きだと言うのだ。ならばもう仕方ない、無理矢理にでもわたしとのハッピーエンドルートを辿ってもらうしかない。そうすれば、もしかしたらわたしも帰国前にあるべき世界に帰れるんじゃないかって思ったんだ。
「気持ちは嬉しいけど、」
シリルは照れたように頬をかいたあとに、白い頬をちょっぴり赤くした。
「そんないっぺんに全部こなしちゃうなんて、すごくもったいないよ。アンジェが俺とデートしてくれるってなら、俺はもっとアンジェとの時間を大切にしたい。ゆっくりとアンジェとの時間を重ねていきたいんだ」
そんなことを真顔で言われて、うっと怯む。
こっちは邪な下心ありだというのに、至極純真な眼差しで告げられて、罪悪感がのしかかってこないわけがなかった。
「えー……まぁいいけど。じゃあ今日はなにしたいの?」
「アンジェとならなにしたって楽しいけど、」
シリルは頬を染めたまま、ちょっぴり嬉しそうに笑った。
「だったら今日は天気もいいし、このまま公園に行って二人きりでゆっくり過ごそうよ」
掴んでいた手を掴み直されて、今度はシリルが優しくわたしを引っ張っていく。
束の間垣間見えたとんでもなく幸せそうな笑顔に、ふいに頬の熱が伝染してきて、思わず俯いた。
はしゃいだ様子で茶色い髪を跳ねさせて、どことなくうきうきしているシリルが連れて来た先は、乙女ゲームの中でも何度となく訪れた、デートスポット先の国立公園。
シリルはわたしを噴水そばのベンチに座らせると、「待ってて」と一人駆けていく。
その後ろ姿をボーッと見守っていると、彼はカラフルなジェラートを二つ手にしてすぐに戻ってきた。
「アンジェはどっちがいい?」
一つ目はヘーゼルナッツ風味のバニラにピスタチオ、二つ目は鮮やかなミックスベリーに爽やかなシトラスと、目にもカラフルで美味しそうだ。
迷わずフルーツ系に手を伸ばすと、シリルはもう片方のジェラートも差し出してきた。
「え? こっちもくれるの? さすがシリル! 太っ腹!」
「違う違う! ほら! デートっていったらさ……」
シリルがその柔らかなヘーゼルの目を揺らして、少し照れたように伺ってくる。その仕草を見てピンときた。
さてはシリル……意外と甘々なデートが好みだな。
「えーと、こういうのは柄じゃないんだけどな……じゃあ、はい、シリルも! あーん!」
突き出したジェラートにおずおずと口をつけて、シリルはふんわりと笑った。
わたしも差し出されたジェラートに口をつけて、にこりと笑い返す。傍から見ると砂吐きそうな典型的なバカップルだ。
でもとりあえずそれで満足してくれたのか、あとは他愛もない話しをしながら残りのジェラートを平らげる。
あっという間に食べてしまったわたしに、同じくシリルも食べ終わると、次はポンポンと膝を叩いてきた。
「え、なに……」
「おいで」
シリルの声は、そんなのは恥ずかしいって一蹴できないほど、優しくて温かかった。
「最近のアンジェ、なにか悩んでるみたいに冴えない顔ばかりしてたからさ。今日くらいゆっくり休みなよ」
「でも……」
せっかくのデートなのに、わたしばっかりいい思いしていいんだろうか。
「俺も久しぶりに、アンジェがくつろぐところを見たい」
その笑顔を見て、まるで砂糖をまぶしすぎたドーナツみたいだと思う。胸焼けするほどの優しい甘さを孕んで、シリルは全力の好きをぶつけてくる。
叶わないな。
そう思いながら素直に言われたとおりに、ゴロンと横になってシリルの膝に頭を乗せる。見上げたシリルはふわりと笑ったまま、わたしのまぶたにそっと手を添えた。
優しい手が髪をすいている。まるで甘い甘い優しさのクリームを塗りたくっているみたいだ。
シリルはいつもコゼットちゃんに全力でぶつかっていた。いつだってコゼットちゃんだけを見つめて、彼の好きはコゼットちゃんのためだけにあって。
いつも見つめていたその全力の好きが、信じられないことに今はわたしに向けられている。
いつの間にか、溺れそうなほどの優しい好意に包まれて、わたしはすやりと眠ってしまっていた。




