→はい、ぶちまけます
ここに来る前は別の世界で生きていたこと。
そこでこの世界のことを垣間見ていて、それでコゼットちゃんの恋愛を見守っていたこと。
でもそのうち、いつになっても報われないシリルに肩入れしてしまったこと。
だから、シリルの恋を応援しようと思ってこの世界に来たこと。
そしたら勝手にこの子の体を使ってしまっていたこと。
「……」
大方そんなことを怒涛の勢いで話し尽くしたあとは、場を奇妙な沈黙が包み込んだ。
エドガーは途中から視線を逸らしたまま、なにか考え込んでいるみたいだった。
そんな彼の様子をドギマギしながら眺める。最悪……まぁ、また信じてもらえなくても構わない。いつもみたいに呆れてため息をついてくるぐらいは、もう二度目だし想定内だ。
ちらりとディートフリート殿下の顔が過ぎる。でもまた、あのときみたいに人間性まで否定されて拒絶されたら。
「……難しい話、ですね」
しばらくして、やっと口を開いたエドガーは、未だに戸惑っているみたいだった。
「たしかに突拍子もなく、にわかには信じがたい……一方で、もしそうだとすると、あなたのその突然発現した破茶滅茶な行動にも納得がいかないでもない……」
話しながら、エドガーは表情を固くさせた。
「……仮にあなたの話が真実だとして、この話にはまず、問題点がありますね。一つめは信じてほしいという真実がにわかには信じがたい、まるで嘘が下手くそな子どもが作った作り話のようだということ」
ウソじゃない! と詰め寄ろうとしたわたしを片手で宥めながら、エドガーは話しを続けた。
「二つめに、ディートフリート殿下はそのような話を素直に信じるほど、頭がお花畑な方ではないということです。彼ならばこの話が真実だと信じるよりも、あなたがなぜこのような嘘をついたのか、その原因をまずは探るでしょうね。現にわたしだって、」
エドガーは少し躊躇った。
「未だにこの話を呑み込めたわけではありません。やはり、その……素直には信じがたいことですので」
「ハハ……そりゃそうだよね……」
「正直、なにがあなたをそこまで追い詰めてしまったのかなんて、そんなことばかりが頭を過ぎっています」
いや、それも仕方のないことなのはわかっているけどね。わたしだってこんなことがなければ、もし友だちから突然自分は中身は別人なんだって、別世界から来てこの体に憑依してるんだなんて打ち明けられたら、あれ、え、なに? 妙なオカルトにでもハマったわけ? ……なんて、そんくらいにしか取り合わないかもしれない。
だからこそ、殿下には何度でもこれがウソではないって訴え続けて証明してかないといけないんだろうけど。
「信じてくれとは言わないけど、ただ……このウソみたいな話を殿下に信じてもらう方法はないかって……あぁー……エドガーにさえ信じてもらえないのに、そんな方法なんてあるわけないかぁ」
言いながら、でもそんな都合のいい魔法みたいな方法なんてあるわけないことはわかってるんだと、唐突に理解した。
「ごめん、やりようがなくて、たぶん焦ってたんだ」
途中で言葉を切って声音を変えたわたしに、エドガーは視線を上げた。
「わたし、当たり前のようにわたしがシリルを幸せにしてあげられるって思ってた。そしてそうすればすぐに元の場所に帰れるって、なんでかなんの疑いもなくそう思ってた。だけど、」
シリルはあろうことか、わたしのことが好きだと言った。
コゼットちゃんはあろうことか、ディートフリート殿下を放っておけないときた。
事態はわたしの予想からとっくに逸脱して、もうどうすることもできないほうへと突っ走っていってしまってる。
「このままだと……わたし、“ピピ・オデット”として、一生過ごさないといけないの……?」
そう思うとふいに恐怖がこみ上げてきて、思わず声が震えてしまった。
「アンジェ……」
エドガーの気遣うような声に、我に返る。
現状をなんとかしたいって焦りとかもあったのかもしれない。どうにもできない自分に焦れて、手っ取り早く解決する手段はないかエドガーに縋るなんて……わたしとしたことがどうかしてた。
とくに来月には見も知らない国に帰国予定とか言われて……あれ? でもこのまま学院から帰国したら、もうシリルやコゼットちゃんとは会えないよね? そしたらますますどうしようもなくなるよね!?
「だってさ、やっぱりこのままだとわたしは“ピピ・オデット”として知らない国に帰国することになっちゃうんだよ? わたし、“ピピ・オデット”じゃないのに! 知らない国に帰国するって……一周回って笑えてくるわ!」
笑いながら頭を抱えるという奇行に出た私に、エドガーがなんとか慰めようと声をかけてくる。
「わたしは、あなたの言ったことを信じたいと思っていますよ」
エドガーはいつになく優しくそう言ってくれた。
「あなたはとんでもなく破茶滅茶で、ドン引きするくらいに無礼講で、よくこの学院に来れたなと思えるほどに品がありませんけれど、でもだからといってあなたが理由もなくそんな嘘をつくような人には見えません。でもそれは、わたしが今までのあなたを知って、そしてそんなあなたのことを好ましく思ったからであって、こんな突飛なことでも包み隠さず教えてくれたあなたを可愛らしく感じるほどの好意がないと思えないことだと思うんです。つまり……」
彼は一瞬言い淀んだ。
「それって、根本的な好感度の差じゃないでしょうか」
その言葉に瞬きする。それって、つまり。
「わたしってそんなにディートフリート殿下からの好感度が低いですかね……?」
「そうですね、残念ながらおそらくそう見受けられます」
「でも、ってことは……」
自意識過剰みたいで、口にするのを一瞬躊躇った。
「なんだか、エドガーの好感度が高いみたいな言い方……」
「みたいではなくて、そうだと言っています」
エドガーのいやに真っ直ぐに向けられてくる目が見れなくて、わたしは何度も瞬きを繰り返しながらぎこちなく視線を逸らした。
「そうなの? それは、えーと、でもなんでかな……わたし、エドガーの好感度を上げるようなことなんかしたっけ……」
「なんででしょうね。正直、わたしが尋ねたいくらいなんですけれど。自分でもあなたのどこに惹き付けられたのか、よく考えてもわかりません」
「おい」
「ただ、」
エドガーの口元にほんのりと笑みが浮かび上がる。不覚にも見惚れてしまうくらい、それは柔らかな笑みだった。
「あなたといると心が軽くなるのです。あなたが許してくれるのならば、もっとそばにいたいと願ってしまう。あなたはこんなわたしでも、責めもしなければ引きもしなかった。わたしがわたしであっても、あなたは常に変わらずいてくれた。それがわたしにとっては、これ以上なく心地が良い」
そう微笑むエドガーに、しばらくなにも言えなかった。いつの間にか妙な雰囲気に包まれて、居心地の悪さに身じろぎする。
「そうなんだ……なんか全然心当たりなんかないや……でもそれじゃあ! エドガーにしたみたいに振る舞えば、ディートフリート殿下からの好感度も上がる!?」
「あのですね……わたしと殿下とて違いますから、同じように振る舞ったところで普通は余計に煙たがられるだけじゃないかと」
「そっかー……ダメかぁー……エドガーはいけたのに、殿下はダメかぁ……」
大分失礼なことを言っている自覚はあったけど、エドガーはただクスクスと笑っているだけだった。
まぁエドガーだって大概失礼なことを言ってたから、お互い引き分けだ。
エドガーとの食事会はいい気晴らしにはなったけど、だからといって現状はなにも変わらないままだった。




