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→はい、相談します

 

 ディートフリート殿下はあれから宣言通り、わたしの前に姿を現すことを一切しなかった。

 学院中を探し回ろうとも、コゼットちゃんやトムに頼み込もうとも、殿下は頑としてわたしと向き合ってくれようとはせず、したがって必然的に話もできていないままだった。


「おまえ、いったいなにしたんだよ」


 迷惑そうなトムの裾を引っ張って階段の陰に引っ張り込むと、呆れたように言われる。


「悪いけどさ、おまえ……愛だの恋だのに現を抜かしすぎて、ちょっと頭おかしくなってんだろ? 殿下からまともに相手すんなってきつく言われてんだよ」


 けんもほろろにそう突き放されて、同じモブ仲間のトムですらまともに取り合ってくれることもなく、避けられる始末。

 そんな、ある日。


「エドガー、あの、ちょっと……今日少し時間ある?」


 講義も全部終わり、どことなく騒々しい午後の講義室内。人の波をかき分けて殿下の後ろに控えているエドガーに話しかけに行くと、レオナール殿下を始めマルリーヌ様、ジャクリーヌ嬢、コゼットちゃん……つまりその他の諸々の注目を一心に浴びてしまった。


「もちろんだとも! いったいどうしたんだい?」


 エドガーに話しかけたというのに、なぜか自信満々の殿下にそう返される。


「あー……あのですね、ちょっとエドガーに相談したいことがありまして……」

「でしたら、ロマンチックな雰囲気を堪能できるレストランを手配いたしましょう。もちろん、素晴らしい夜景付きですわ。殿下、今日はもうエドガーは非番ということでよろしいですわよね?」

「ああ、今この時点から非番で構わないよ!」


 二人のあまりの畳み掛け方に若干、いやかなりどん引いていると、エドガーがわざとらしく咳払いをした。


「お二人とも、ご好意は大変ありがたいのですが、そこまでしていただかなくても結構ですので……アンジェ、ちょっと二人で話しましょうか、こちらへ」


 エドガーは困ったような笑みを浮かべながらも、話を聞かれない位置まで私を誘導した。


「あの……エドガー! その、ほんとに少しだけ時間をもらえればそれで良いから……」

「せっかく声をかけてもらえたというのに、そんなつれないことは言わないでください」


 エドガーは苦笑気味に頷いてきた。


「今夜勤務が終わってから、ゆっくりと食事でもとりながら伺いましょう。あいにくと夜景は綺麗ではありませんが、話をするのにうってつけなところがあります」

「ありがとう、あの、わざわざ時間をとらせてごめん」


 いつになくしおらしいわたしに、エドガーは少しのあいだ戸惑っていたようだけれど、幸いにもまぜっかえしてはこなかった。


「いいえ、お気になさらず。こちらこそ、あなたが帰国するまでになんとか一度はデートに誘いたいと思っていましたから」

「帰国?」


 わたしの言葉に、エドガーは片眉を上げる。


「ええ、そろそろ留学期間も終わってしまうでしょう」

「え? そうなの?」

「まさか、ご存知ないなんてことはありませんよね」


 エドガーは固まってしまったわたしを見て、あからさまなため息を吐いた。


「嘘でしょう……」

「えっいつ? わたしっていつ帰国することになってんの!?」

「来月始めには」

「マジか……」


 あまりのショックの受けように、エドガーはもはや呆れていることを隠しもしなかった。


「どうやら、本当にご存知なかったようですね。……食事会はまたの機会にしましょうか?」

「いや、行く。行くよ! だったらなおさら時間がない……!」


 エドガーが不審げに眉を潜めたけど、幸いそれ以上はこの場で突っ込んではこなかった。









「アンジェ、おまたせしました」


 指定された時間に寮の入り口で待っていると、馬車を乗り付けたエドガーがやってきた。

 そのまま拾われて、少し離れたところにある隠れ家的なレストランへと連れて行かれる。


「あの、エドガーならすでにご存知でしょうけども、わたくし少々食事のマナーなどには疎く……」


 気後れするように立ち止まったわたしに、エドガーが振り向いてくる。


「ええ、そうでしょうね。あなたがお行儀良く上品に召し上がっているところなんて、想像するのも難しい」

「いや実際そうなんだけど、面と向かって言われると不思議と腹立つのはなんでだろう……」


 エドガーは笑った。


「大丈夫ですよ。ここはそう格式ばったところではありません」


 エスコートされるままに入った店内はこじんまりとしていてアットホームな雰囲気で、おまけに予約までしてくれていたのか、そのまま個室へと通される。そして注文をせずともすぐに店員さんが料理を運んできてくれて、一連の流れのスマートさに舌を巻く。

 ……エドガーは女嫌いのイケメン騎士という立ち位置だけど、デートの経験が少なくてもエスコートが完璧なのは、やっぱりさすが攻略対象者の実力というわけなんだろうか?

 そんなどうでもいいことを考えるわたしとは裏腹に、エドガーは店員さんが去っていくと同時に、小首を傾げてわたしを見つめてきた。


「それで? あなたが相談したいというくらいです。どんな難題を抱えているのでしょう?」


 いきなりのド直球に、わかってはいたが怯んでしまう。心の準備はしてきたつもりだけど、いざ促されると口に出しづらいものがあった。


「おや、あなたのことですから、気を使って他愛のない話をしたところで無駄な前置きなんかいらないと一蹴されるのではと思っていましたが。これはストレートに聞きすぎましたか」


 そう冗談交じりに言いつつも、エドガーのアイスブルーの瞳にはからかうような色は浮かんではいない。うん、いちかばちか、ここまできたら前に進むしかない。わたしは腹を括って彼に打ち明けることにした。


「いや、エドガーの言う通りだよ。さっそくなんだけどさ……あの、ちょっと聞きたいんですけど、ウソみたいな本当の話を信じてもらうには、どうしたらいいと思いますか!」

「嘘みたいな本当の話、ですか?」

「うん……本当に、すぐには信じてもらえないようなことなんだけれど、でもそれは本当に真実で。だけど全然信じてもらえなくて」


 エドガーは表情を変えずに、まじまじとわたしを見つめている。あまりにも真っ直ぐに向けられてくる、その見極められるような視線に耐えきれなくなって、ヘラリと誤魔化し笑いを浮かべながら視線を逸らした。


「ごめん、手っ取り早い都合のいい方法なんてないことはわかってるんだ。たぶん何度でも向き合って、これが真実なんだって何回でもぶつかって証明していかなきゃならないんだって、そりゃそうなんだろうけども……でも、そうしたくてもどうしたらいいのかわかんなくて、どうにかしたいんだけど、だって向こうはわたしと顔も合わせたくないみたいで、取り付く島もなくてさ。おまけにもう来月には留学期間も終わるとか……」

「それは、ディートフリート殿下のことですか」


 返事をしていいものか計りかねて、わたしは意図せず黙りこくってしまった。


「そうですね……難しい問題です」


 やがて、エドガーはふうと息をついて視線を外した。その強い視線が逸れたことに、ひそかに肩の力を抜く。


「やっぱり誠心誠意、わかってもらえるまでひたすら向き合い続けるしかないと思いますが、ディートフリート殿下に至っては取り合ってすらもらえない、と」

「最初から突飛なことを言い過ぎたんだよなぁ。かといって時間のない殿下に曖昧な言い方をしても、伝わる前に一蹴されそうだったし……」

「そもそも、嘘のような本当の話とは、いったいなんなのです」


 ――やっぱりそこは、そっとしといてくれないよなぁ。エドガーならあるいはとも思ったけど、敢えて言及してなかったそこをエドガーは突いてきた。


「やっぱ言わなきゃダメ?」

「別に強制はしませんが、話がよく見えないので」

「そっか、そりゃそうだよなぁ……」


 相談に乗ってもらう以上、隠し通したままではいられないかもしれない、とは思っていたけど。


「あのさ、前にも言ったと思うんだけど」


 エドガーがどう反応するのか、ドキドキしながら彼を見つめる。また殿下の二の舞になったらと思わなくもなかったが、今は藁にも縋りたい気持ちのほうが勝った。


「わたしは“ピピ・オデット”じゃないって……たとえば二重人格のようなものだって」

「あのときの雑貨屋での話しですね」


 みんなで万年筆交換をしたあのあと、カフェへと移動した先で、わたしはエドガーとそんな話をしていた。


「“ピピ・オデット”のことはあなたもよく知らない、と。シリルを幸せにしたくて産まれたような人格だ、なんて言ってましたね」


 こくりと頷く。あのときのエドガーには、バカにしたりだとか、気味悪がったりなんていう様子はなかった。あんな突拍子もない戯言のような言葉をさらりと受け止めてくれたエドガーならばあるいはと、わたしは一縷の望みをかけて彼に声をかけたのだ。

 それに、たとえまた信じてもらえなかったとしても、エドガーなら頭がネジがぶっ飛んでるなぐらいで済ませてくれそうな気安さがあった。


「……今回の話は、その件と関係あると?」

「あの、実はわたし、中身は違う人間なんです……」


 エドガーの眉間に皺が寄った。


「わたし、たぶんこの体に憑依しちゃったんです。だってわたしは“ピピ・オデット”じゃないし、この学院の生徒でもないし、この体に憑依する前は全然別の人間でして!」


 それからわたしはタガが外れたように、あっけにとられるエドガーにまくし立てていた。








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