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→はい、なりすまします

 

 街でシリルと別れたわたしは、途方に暮れていた。

 運良くシリルと出会えたはいいものの、ところでわたしはいったい誰なんだ?

 なにかヒントになるものはないだろうかと、持っていた高そうな革の鞄の中を漁ってみる。出てきたのはノートが数冊と筆記用具、それに学生証だった。そこには“ピピ・オデット”と書かれている。


「“ピピ・オデット”、ピピ・オデットねぇ……うーん、そんな人ゲームにいたかなぁ……」


 そうやって自分の名前を繰り返し呟きながら一人ごちていると、気味が悪かったのか、通りすがりの学生がギョッとしたように振り向いてくる。それに誤魔化し笑いを浮かべて、そそくさとその場を去る。

 とりあえず、学生証に記載されている寮の部屋へと向かってみることにした。








 ラルジュクレール学院は、例によって全寮制の学院だった。部屋は個室で、水回りも完備だ。ついている家具もお高そうなものばかりで、ベッドに至っては一人用なのにタブルサイズじゃないかと思うほど大きい。

 その部屋の中を隅から隅までひっくり返しながら、ありとあらゆるわたしの痕跡を探してみる。

 わたしは平民なのか? それとも貴族か? 成績は? 友だちは?

 ピピ・オデットが何者で、どのようにしてこの学院で過ごしてきたのか。少しでも知ろうとするが、部屋の中は異様なまでに片付いている。手がかりになるようなものはなにもなかった。


「“ピピ・オデット”って、何者?」


 添えつけられた姿見の前に立ってみる。

 毛先だけ巻いたブルネットの髪、明るいアンバーの瞳。

 うん、ヒロインや攻略対象者、その悪役令嬢たちと比べたらわたしって相当地味だ。この顔立ちからしても。


「これは完璧に、モブ令嬢ですなぁ……」


 鞄に入っていたノートを広げてみると、そこには丁寧な文字で講義の内容が記されていた。整理整頓されていて、とても見やすいノート。なんだか頭は良さそう。

 ふと、明日からその講義をわたしが受けなければならないことに気づいて青褪めた。







 翌日。

 わたしはしれっと“ピピ・オデット”として講義に参加していた。ピピ・オデットとしてというか、わたしがピピ・オデットなんだけど、ほら、中身は違うから。

 なんだか別人になりすましたような妙な緊張感を持ちながら、講義室へと入る。するとわたしに気づいた一人の女子生徒が、手を振って声をかけてくれた。


「ピピ、おはよう!」

「お、おはよう……」

「あれ? なんだか元気ない?」


 訝しげに見返されて、慌てて笑顔で手を振り返す。隣に座ってチラリと机に置いてあるノートの表紙に目を走らせる。


 “ロクサーヌ・レニエ”


 慌ててロクサーヌの顔を確認する。まん丸なお目々に、小ぶりの唇。美しいというよりもかわいらしい雰囲気の彼女は、よりによって攻略対象者の一人である商人の息子、“イヴァン・ヴィクトル”の婚約者だった。つまりロクサーヌは、イヴァンルートにおける悪役令嬢だ。

 イヴァンルートか……残念だけど、あまり思い入れはないんだよな。ある事情で、ロクサーヌとの仲がぎこちないままのイヴァンは、ひょんなことから知り合ったヒロインに恋愛相談する。そうやって相談を重ねていくうちに、ヒロインのほうに徐々に心が傾いていき、やがて二人は心を通わせるようになって……って感じで、終始イヴァンがはっきりしないままルートが進行する。

 そりゃ、ロクサーヌのほうにもイヴァンの心が離れるような、なにか悪いところがあったのかもしれない。けれど婚約者がそんな調子であちこちいい顔してりゃ、ロクサーヌだってやきもきしてコゼットちゃんにも一言物申したくなるのもわかるのかな、って。

 だから、このルートにはあまりときめかなかった。コゼットちゃんにはぜひともイヴァンルートには進まないでほしいな。というか、誰のルートにも進まないで、シリルに振り向いてもらうのが目的なんだけどね。

 ロクサーヌはダークブロンドのポニーテールを揺らしながら、いつものようにといった感じでたわいもない話を続けている。それに相槌を打ちながらも、わたしは講義室にサッと目を走らせた。

 たしか学院では、講義ごとに学生が移動するスタイルだった。だからヒロインがなんの講義を選ぶかで、出会う攻略者が違ってくる。

 もしここにコゼットちゃんがいるのなら、レオナール殿下もいるはずだ。

 そう思ってコゼットちゃんを探していると、すぐに彼女は見つかった。

 ピンクブロンドの透き通るような真っ直ぐな髪、甘く滴るようなピンクグレープフルーツ色の瞳。鮮やかな色彩がひしめく講義室のなかでも、コゼットちゃんの美少女っぷりは目立っていた。

 彼女はざわめく講義室の中で、ポツンと一人離れて座っていた。なんとなく、ちょっと遠巻きにされているようだ。たしかにコゼットちゃんの美少女っぷりは、おいそれと話しかけられないような感じだけども。

 そうこうしていると、一人の男性が入室してきた。

 艶やかに輝くブロンドの髪、真っ青な空のような、スカイブルーの瞳。こちらもそうお目にかかれないような美形。いわずもがな、攻略対象者のレオナール殿下。

 レオナール殿下はコゼットちゃんを見つけると、輝かんばかりの笑顔を浮かべて隣に座ってしまった。心細そうだったコゼットちゃんも、殿下に話しかけられて、花が綻ぶような可憐な笑みを浮かべている。

 そうなんだよな。コゼットちゃん、ひとりぼっちの学院生活を心細く思っていたところに、殿下が親切にも声をかけてくれて、そこから殿下との交流が始まるんだよな。この時点ではまだ、二人の間には明確な恋愛感情というものは芽生えていなかった、はずだけども。

 ――こりゃ、早く動いたほうがいいかもしれない。

 手遅れになる前に、今日の昼にでもシリルにコンタクトをとってみようと決意する。

 そうこうしているうちに、この世界に来て初の、講義の時間が始まった。









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