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→はい、戸惑います

 

 その日の夜、客室にずらりと並べられたたくさんの包装箱を眺めながらにやにやしていた。

 これらは全部、昼間にロクサーヌがわたしに見繕ってくれた服飾や小物類だ。

 お金がないと断ろうとしたが、自分の審美眼がどのくらい通用するのか知りたいからと結局押し切られて、全部もらってしまった。

 申し訳ないとも思ったけど、といってもやはりかわいい服やアクセサリーやらを人からプレゼントされるというのはワクワクするもので。さっそくロクサーヌとの夜のパジャマパーティーにはなにを着て行こうか、若干浮つきながら選んでいると。

 ――コツコツ。

 誰もいないはずの二階の窓をノックする音がして、勢いよく振り返った先。


『おい! 早く開けろよ!』


 窓の外に張り付いてこっちを凝視していた全身黒尽くめの男性に叫び声を上げようとして、覚えのある風貌に口を押さえたまま目を凝らす。険しい顔で窓の鍵を指差されて、慌てて窓を開放した。


「なんで鍵開けてねぇんだよ!」


 小声で叱責されて、思わず首を竦める。彼は素早い身のこなしで音もなく室内に侵入してくると、やっと人心地ついたとでも言いたげに長い息を吐き出した。


「あれ? 君……」


 たしか、いつもシリルのそばにいたモブ男子生徒だ。シリルとよくつるんでいるシリルのお友だち。わたしとシリルの仲を茶化しておちょくったり、シリルと話してたときに遮って声をかけてきたあのモブ生徒。

 わたしと同じくあまり特徴のない焦げ茶の頭髪を振りながら、そのモブ男子は部屋の中をしげしげと見渡した。


「へぇー、俺がこんな思いをしているときに、“ピピ”はお友だちと優雅にお泊り会かぁ。いい身分してんなぁ」

「あの、なぜにそんな登場の仕方で、しかもこんな時間にこんなところに?」

「ぁあ?」


 その途端殺気立ったように声を荒げられて、またまた首を竦める。おおよそ学院の生徒には似つかわしくない、荒っぽい恫喝の仕方。その姿には見覚えがあった。


「まさかのまさかで、もしかしてディートフリート殿下?」

「……」


 モブ生徒の視線を遣った先。窓際にくしゃくしゃにして置いていた殿下のハンカチを見て、これが殿下の意向の元で行われた行為だと知る。


「あっそういうこと? だからハンカチを渡されたの? え、でもなんで……」

「これ以上のことは関係ねぇだろ。ここから先は俺の役目だ」


 モブ生徒は素早く呼吸を整えると、学院では見せないような鋭い眼光で警戒しながら扉のそばへと身を寄せた。


「書斎の場所はどこだ?」

「えっなん……そんなの知るわけないよ」

「ハァ? おっまえ……隊長の言ってたことは本当だったんだな」


 信じられないといった目で見られたって、だってわたし“ピピ”じゃないから! 知らないから!


「ああ、そういえば昼間、ロクサーヌがこの階にはお父さんの書斎もあるから、勝手に出歩くなって言ってたっけ……」


 なぜそんな階に客室を用意したとは思ったけど、それ以上は深くは考えなかった。

 彼の後ろをついていこうとすると、シッシッと片手で追い払われる。


「ああ、そうかよ。それだけでもちゃんと聞いといてくれて助かったぜ! もちろん! イ・ヤ・ミだけどな! おまえのせいで当初の計画はぜーんぶおじゃん。これ以上おまえには任せられないってんで隊長はもうカンカンで、急遽今夜にすべて賭けることになったんだ。それもこれも、ぜんぶぜーんぶおまえのせいでな! だから万が一おまえがなんか疑われても、せいぜいちゃんとシラ切っといてくれよ!」


 捨て台詞のように彼はそう吐き捨てると、音もなく扉の外へと抜け出していく。

 慌てて後を追おうとして、だけど既に廊下には彼の姿はなかった。


「なんだったんだ、一体……」


 消えた彼の姿を当然追えるわけもなく、わたしは呆然と廊下に立ち尽くすしかなかった。








 少しだけモヤモヤしたような、ハラハラするような時間を過ごしたあと、彼はようやく帰ってきた。


「ねぇ、なにしに行ってたの? どこに行ってたのよ。なんかヤバいこととかしてないよね」


 音もなく開いた扉から滑るように入ってきたモブ生徒に詰め寄ると、彼はうんざりした顔を隠そうともせずに華麗な身のこなしでわたしを避ける。


「ハァ? あのな、おまえ……ほんとどうしちゃったの。本気でなにも覚えてないの?」


 コクリと頷き返すと、彼は呆れたように天を仰ぐ。


「そもそもこれ、向こう側からの依頼だろ? ここでしくじってしまったら下手したら国同士の軋轢にまで繋がっちまうんだって、隊長あんなに力説してたじゃん。……おまえさ、もうなにもわかんないなら、わかんないなりにこれ以上余計なことは気にすんなよ。もちろんレニエ側にチクったりなんかもな! そんなことしたって、おまえがとんでもない目に遭うってだけだからな」

「と、とんでもない目って……」

「ただの犯罪者への逆戻りだよ」

「は、犯罪!? 逆戻り……って」

「っと、喋りすぎたわ。俺もう時間ないから」


 彼は目も合わせずにそう早口に告げると、挨拶もなく窓から身を投げて去って行ってしまった。慌てて窓に駆け寄って、外を眺める。

 仄かな外灯に照らされるそこは、灯りがあると言えども大半は暗闇が占めていて、全身真っ黒な彼の姿を見つけることは到底無理そうだった。








 慌てて着替えてロクサーヌの部屋に向かうと、彼女は待ち兼ねたように出迎えてくれた。


「遅かったじゃん。なにしてたの」


 若干拗ねたようなロクサーヌに謝りながら、豪華な天蓋付きのベッドへとお邪魔する。


「う、うん、あのさ。ロクサーヌ、あの……」


 さっきのモブ顔の男子生徒にはああ言われたけど、でもやっぱりロクサーヌに黙ったままじゃいけない気がする。こうやって屋敷に招いてまでくれているのに、ちゃんと報告しといたほうが……。


「それ、さっそく着てくれたんだ」


 と、色々とぐじぐじと悩んでいたら、さっさとロクサーヌに話題を変えられてしまった。


「まぁ、案外と似合ってんじゃん」

「そ、そう? まぁわたしにかかればね、あっという間に地味地獄からは抜け出せるってもんよ」

「ちょっと褒めるとすぐ調子に乗るところがほんと腹立つ。あんたまだ地味の無限スパイラルからは抜け出せてないから」

「む……無限スパイラル!? それって永遠に抜け出せないやつじゃない!?」


 ロクサーヌに押し切られて受け取った可愛らしい寝着を褒められて、照れくささに調子に乗ると、さっそくいつもの毒舌が突き刺さってくる。――いつものロクサーヌの調子が戻ってきたことに、内心ホッとしていた。


「やっぱりあたしって見る目あるね。この調子ならこれからも商売人としてやっていけそうかな」

「そりゃもちろん。それに、こんなにでかい実家が後ろ盾にあるなら、そうそう心配もいらないでしょ」


 ロクサーヌは笑ったまま、答えなかった。


「ねぇ、アンジェ」


 わたしの隣へと身を寄せてきたロクサーヌは枕を抱えたまま、珍しく気弱そうに呟いてくる。


「あんたが学院を卒業してもさ、いつかまたあたしに会いに来てくれる?」

「なに言ってんの」


 そんなの当たり前じゃんと続けようとして、ハッとする。ところでわたしって、いつまでここにいられるの?

 ロクサーヌはまん丸な目にかすかな不安を湛えて、わたしを見つめている。


「そんなの……もちろんだよ。わたしってロクサーヌの記念すべき第一号の客なんでしょ? だったらこれからもロクサーヌには贔屓してもらわなきゃ。客になったからにはわたしだってこれからロクサーヌ一筋でいくよ? でも割り引きとか優待とかはちゃんとしてよね。じゃなきゃ到底レニエ商会が扱ってるような高級品は買えない」

「ちゃっかりしてるね、あんたって」


 正直にもうすぐわたしはいなくなる、とは言えなかった。カサンドラにはあんなに簡単に吐けた台詞を無理やり呑み込んで、わたしは喉のつっかえを無視するようにそう口にしていた。

 それを聞いて、ようやくロクサーヌがホッとしたように笑みを漏らす。


「……でもよかった、アンジェがそう言ってくれて。あたしもこれから頑張り甲斐があるってもんよ」

「っていうか、頑張らなくても充分大きくない? レニエ商会って。まぁ、維持するなりの努力は必要なのかもしれないけれど」


 ロクサーヌはまたも微かな笑いを漏らしたまま、なにも答えなかった。








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