→はい、訪問します
更新遅くてすみません。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
あの日、コゼットちゃんに特大の爆弾を落とされた日。
「は……え? ディートフリート殿下が好きって……え?」
「わたしだって、ディートフリート殿下に想いを寄せるなんて恐れ多いことだってわかってるよ、でもそれでも……」
コゼットちゃんはイヤミなくらいに長いまつ毛を震わせて、視線を落とした。
「……初めてディートフリート殿下のお姿をお見かけして、そしてそれから何度も殿下とお会いして。時折見かけるそのお顔がとても寂しそうなことに気づいて、ああ、この人はもしかしたらわたしと一緒なのかもしれないって。一人ぼっちで不安で、自分の居場所を見つけるために一生懸命足掻いてるのかもって、だったらわたしがこの人を癒したい、支えてあげたいって思ってしまって」
遠くを眺めながらそう口にしたコゼットちゃん。
いやいや……なにそれ。え、要は一目惚れってこと? っていうか、今回はコゼットちゃんから好きになって、コゼットちゃんから近づいたってこと?
「え……でも、シリルは?」
「シリル?」
本気でなんのことかわからないのか、きょとんと目を瞬かせているコゼットちゃんに脱力する。
おいおいシリル、あの驚異的なまでの肉食系はいったいどこに忘れてきたんだよ。こないだからといい、いったいシリルはなにをやってるんだ。
「だって、そんなこと言ったらシリルなんかどうなるの? 今までコゼットちゃんは一人ぼっちで、でもそんなコゼットちゃんを放っておけなくてずっと気にかけてて……そんな、それをあんなぽっと出の殿下のことなんか、なにもコゼットちゃんが気にしなくたって……」
「アンジェちゃんはディートフリート殿下のなにを知ってるの?」
震える唇から漏らされた声は、思っていたよりも頑なで。
「あの人だって、いつも一人きりだった。どんなに周りを囲まれていても心はずっと一人ぼっちで、それを見せまいとしていて……でもそんなこと、アンジェちゃんは知ってるの? 知ってるのなら、なぜ支えになってあげなかったの?」
コゼットちゃんは悲しそうな目をしていた。泣きそうに潤む目に、泣きたいのはこっちだと喚きたい衝動に駆られる。
「それに、シリルにはアンジェちゃんがついてるでしょ?」
「……は?」
なによりも、その一言がわたしの胸を抉ってきた。
「殿下には誰もいない。でも、シリルにはアンジェちゃんがいるじゃない」
コゼットちゃんはそう言ったあと、言葉もなく立ち尽くしているわたしに気づいた。そしてハッとしたように「ごめんね」と小さく呟いて、逃げるようにその場から小走りで駆け去ってしまった。
その後ろ姿を追いかけることはできなかった。
「ハッ……」
あまりにもバカみたいで、いつの間にか掠れた笑い声を漏らしていた。
「ああほんと、学院一のバカだ……わたし」
惨めだ。もうシリルに合わせる顔がない。
「わたしが一番、邪魔しちゃってたってことじゃんか……」
その場に誰もいないことをいいことに、ベンチに崩折れて頭を抱えるしかなかった。
「お着きになりましたよ」
訝しげな御者に声をかけられて、ハッと現実に戻る。
開けられたドアから不審そうにこっちを覗いてくる御者に愛想笑いを返しながら、慌てて馬車を降り立つ。
目の前に聳え立っているのは、四階建てのコの字型の邸宅。ロクサーヌの実家、レニエ家の豪邸だ。門を潜ってからこの玄関前の馬車回しまで辿り着くのに、どれだけかかるのってくらい長かった。このままどこにも着かないのではと勘違いするほど、そこは広大な敷地で。
その重々しさすら感じる玄関前には、少し疲れた様子のロクサーヌが出迎えに出てきてくれていた。
「アンジェ、来てくれてありがとう」
私を見て淡く微笑むロクサーヌに、思わず駆け寄る。
「実はさ、両親を説得するのにちょっと難儀してて……アンジェが来てくれて正直ホッとしてる」
「ロクサーヌ……」
「そんな辛気臭い顔しないでよ」
ロクサーヌは無理やりニッと口角を上げると、促すように腕を上げた。
「今日はせっかく来てくれたんだから、テンション上げてくよ! 話したいこともたくさんあるんだからね。今夜は寝かさないから」
明るく笑うロクサーヌとは裏腹に、一人では開きそうにない重厚な玄関の扉が、背後で微かな音を立てながら重々しく閉まった。
荷物は客室に運んでくれるとのことで、そのまま豪奢な応接間に案内される。
そこでなぜか突然、ロクサーヌがわたしの目の前にたくさんの衣服やらアクセサリーやら小物やら、とにかくたくさんの物を広げ始めた。そして唐突に始まるロクサーヌの商品紹介。
「うーん、あたしが思うにアンジェってちょっと地味すぎるんだよね」
目の前にずらりと並べられたお高そうな物を一つ一つ手に取りながら、ロクサーヌはわたしの好みを探るように色々な質問を投げかけてくる。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、今回の私的な訪問にまで学院の制服を着てきたのは、なにかこだわりがあるわけ?」
「いや、別に……」
「そんなにそのデザインが気に入ってるとか?」
「ほかに手持ちの服がなかっただけです」
「ハァ? ……ハァ、まぁいいわ」
ロクサーヌは器用にも呆れながらも忙しなく品物を見繕っている。
だって、あの部屋にはほとんど物がなかったんだもん! この“ピピ・オデット”の私生活がまったく透けてこないくらいには、あの寮の部屋にはほんとになにもなかった。
「っていうか、今回ロクサーヌには会いに来たけど、そんなに物を買い込むほどのお金は持ってきてないよ」
「心配しないでよ、これ、あたしが勝手にやってることだから」
文脈が読み取れずに戸惑って黙り込むわたしに、ロクサーヌは視線も合わせずなんてことのないように言う。
「別にこれ、アンジェからぼったくろうとか思ってないから。あたしが選んだ品物をアンジェがどれくらい気に入ってくれるのか、あたしが試したいってだけ。ただの商売の真似事よ。アンジェはなにも気にせずさ、そこに座ってて」
「そう言われても……」
「アンジェ、あんた今、将来のレニエ商会代表直々に見繕ってもらってるんだよ? 記念すべきあたしの第一号の客なんだよ? もっとありがたがってよ」
「そりゃ、ものすごく光栄だけど……」
「わかったんならつべこべ言わず、黙って質問に答えなさいよ」
いつもよりもやけにはしゃいでいるロクサーヌに、それ以上はなにも言えずに口を噤む。ロクサーヌの心情がその態度の通りだとは到底思えなかったが、それで彼女の気が済むならばと、言われる通りにすることにした。




