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 翌日、わたしを待ち構えていたのは、冷たい表情を浮かべたマルリーヌ様だった。


「来なさい」


 冷ややかなアイスブルーの瞳に貫かれ、有無を言わさず連れ出される。


「話があるわ」


 マルリーヌ様とその取り巻きのご令嬢たちにぞろぞろと連行されるわたしに、ロクサーヌが何事かと引き止めてこようとした。それを片手で制止する。

 十中八九、昨日クロード様と話していたことに対してだろうな。

 ああ、困ったな。なんて誤魔化そうか。

 マルリーヌ様は一言も喋らず、わたしをどこかの空き講義室に連れて行く。殿下よりも薄いプラチナブロンドの豪奢な巻毛が、姿勢よく伸ばされた背中でわずかに揺れている。

 その背中をひたすらに見つめながら、必死に頭を働かせる。だけど残念ながらなにもいい案は出てこないまま、あっという間に手ごろな空き講義室へと着いてしまった。


「そこへ」


 このあいだと同じだ。

 偉そうなマルリーヌ様が扇をあおぎながらわたしを睥睨し、その周りを無言で取り巻きたちが取り囲む。違うのはわたしを庇ってくれようとしたシリルがいないってだけ。

 こんなわたしでも一人きりっていうのは、意外と心細く感じるものらしい。


「アンジェ、正直に答えなさい。昨日クロード様と二人で、なんの話をしていたの」


 マルリーヌ様のよく通る声はなんの誤魔化しも許さないというように、まっすぐにわたしに突き刺さってくる。

 ああ、どう説明しようか。まるで接点のないクロード様とただ世間話をしていましただなんて嘘、通用するわけがない。まるで昨日のブーメランだ。

 でも、コゼットちゃんのことは絶対に言えない。


「……別に大した話はしていませんが、なぜそんなことを?」


 もう、しらを切るしかない。

 あくまで答えないわたしに、周りの令嬢たちがざわりとざわめき、マルリーヌ様の目が鋭く細められる。

 その冷徹な顔はさすが本家悪役令嬢、かなりの迫力がある。こんな顔で数々の嫌がらせをされたり暴言を吐かれたレオナールルートのコゼットちゃんは、さぞや怖かっただろうな。


「それはわたくしたちに話す意思はない、ということでよろしくて?」

「そうですね、プライバシーの保護を主張したいと思います!」

「やっぱりあなた、わたくしのクロード様に迫ったのでしょう!」


 そんなのらりくらりなわたしの態度に、業を煮やしたのはジャクリーヌ様だった。


「わたくしは聞いたのです! そこのアンジェが昨日、クロード様にずっと見ていると! いつでもクロード様を見ているとそう告げたのを!」

「ジャクリーヌ、少し落ち着きなさい」


 マルリーヌ様は表情を変えずに、静かにそう言った。


「今はわたくしがアンジェに尋ねているの」

「でも、わたくしはたしかに……!」


 ジャクリーヌの非難するような叫びに、わずかに嗚咽が混じる。


「たしかにクロード様はとても知的だし、いつも冷静で品行方正で、メガネがまたなんとも似合う怜悧な美貌をお持ちです。クロード様に見惚れるなというほうがムリな話ですわ。だからそこのアンジェまでもがクロード様の追っかけを始めたと聞いても、それも仕方のないことだとは思っておりました。でも……陰ながら応援するならまだしも、声をかけるのはご法度でしょう! クロード様にはこのジャクリーヌという婚約者がいるのに! それなのによりにもよって、直接お声をかけてその愛を乞うだなんて……!」

「いや……え!? ちょっと待って!」


 さすがにその勘違いは、いただけない。


「なにを話したかは言えませんが、愛を乞うだなんて……そんなのだけは絶対にあり得ませんから!」

「だったらなぜクロード様にお声をかけたのか、ちゃんと説明しなさいよ!」


 そこでうっと詰まる。そんなわたしに、ジャクリーヌ様はますますその目に涙を溜める。


「なぜ言えないの! そうではないというのなら、わたくしにすべてを聞かせたっていいではないの! わたくしはクロード様の婚約者なのに! そのわたくしに言えない話など、ほかになにがあるというの!」


 困ったなぁ……言えない、言えないよ。

 苦悩に顔を歪ませるわたしを、マルリーヌ様は扇の奥からじっと冷静な瞳で見ている。


「マルリーヌ様! どうかアンジェに制裁を! 婚約者のいる男性に迫る女など、絶対に許してはなりませんわ!」

「ジャクリーヌ、」


 マルリーヌ様がなにかを告げようとした、そのとき。


「待ってください!」


 ガタリと少々乱暴に扉が開く。なんと、取り乱した様子のシリルだった。その後ろからおずおずとコゼットちゃんもついてきている。


「呼んでないわよ」


 マルリーヌ様の目つきがグンと鋭くなる。シリルなら一発で逃げ帰るような凄まじい圧だ。だがシリルは驚いたことに、引き下がらなかった。


「モンフォーヌ公爵令嬢、お話中にすみません。ですがアンジェを呼び出したと聞いて……あなたに聞いていただきたいことがあるのです」

「今はわたくしはアンジェに用があるの。部外者は出ていって」

「部外者ではありません。だからここにこうして来ました」


 髪をくしゃくしゃに乱しながらも、目には決死の色を浮かべて。必死に訴えるシリルの姿から、目が離せなかった。


「モンフォーヌ公爵令嬢、すべての原因はわたしにあります。ちゃんとお話しいたします。だからどうかここで今、わたしに時間をくれませんか」


 シリルはマルリーヌ様の前まで来ると、深く頭を下げた。思わず駆け寄る。


「シリル!」

「ごめん。ごめんね、アンジェ」


 呻くような声に、言葉が出てこなくなる。


「一人で怖かったね。ごめん……」


 シリルを起こそうとした手が、止まる。

 シリルは沈黙したままのマルリーヌ様の前で、ずっとそうやって頭を下げ続けていた。いつまで経っても動かないシリルに、マルリーヌ様はやがて深いため息をつく。パタリと扇を閉じて、マルリーヌ様は一振りした。それを合図に、サッと波が引くように周りの取り巻きの令嬢たちが次々と退室していく。

 最後に残ったのは。


「あなたたちもよ。ジャクリーヌに、コゼット」


 揺れた瞳でわたしたちを見つめるコゼットちゃんに、納得のいかない顔をしているジャクリーヌ。


「わたくしはクロード様の婚約者です」


 ジャクリーヌは縋るように、マルリーヌ様に訴えた。


「そのわたくしにも聞く権利があると思いますわ」

「ジャクリーヌ」


 マルリーヌ様の絶対零度のヒヤリとした声。


「それを判断するのは、このわたくしよ。少なくとも、話を聞いてその上であなたに伝えるべきだと判断したのなら、絶対に隠し事はしないわ。それとも、このモンフォーヌ公爵令嬢マルリーヌのことが信用できない?」


 今までで一番静かで、それでいて気圧されるような冷たい声だった。ここに来てからずっとひたりとわたしに向けられていたマルリーヌ様の視線が、ちらりとジャクリーヌのほうに向かう。


「……もちろん、マルリーヌ様なら公明正大な判断をしていただけると信じておりますわ」


 ジャクリーヌは涙目を堪えるように俯きながらも、渋々と出ていった。


「コゼット。あなたもよ」

「……あの」


 コゼットちゃんは胸の前で両手を握りしめたまま心細そうに、でも堪えきれないように訴えてきた。


「もしかしてまたわたしがなにかしてしまったんじゃないでしょうか。わたしになにか、関係が……」

「大丈夫。コゼットは関係ないよ」


 それをシリルは強い語気でバッサリと切り捨てた。


「コゼットはなにも気にしなくていい。これは俺の問題だから。……そうだ、オリオル様のそばにいてあげてくれないかな。きっと不安で心細くてしょうがないだろうから」

「シリル……」


 コゼットちゃんはなおも言い募ろうとしたが、マルリーヌ様の無言の圧に押されて彼女もまたおずおずと出ていった。









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