→はい、牽制します
すみません、少し内容を変更してます!
わたしの淡い期待とは裏腹に、残念なことにクロードはコゼットちゃんへと接触を試みてしまった。
あろうことかクロードは、一目見ただけのコゼットちゃんをいきなり呼び出そうとしたのだ。
ディートフリート殿下からの許可も得たことだしと、クロードの追っかけは早々に止めて、また以前のようにコゼットちゃんとシリルに引っ付きまわっていたときのこと。
「君、ちょっといいか」
学院のカフェテリアで三人、お茶をしながらのんびり寛いでいると、なんの前触れもなくクロードから声をかけられた。
「わたし、ですか?」
コゼットちゃんが不思議そうに目を瞬かせる。
「ああ、君だ」
グレイッシュブルーの髪に、グレーがかったシルバーの瞳。知的メガネイケメン代表、クロード・ミシェルがコゼットちゃんのそばに立っていた。
彼は身振りでついてくるようにコゼットちゃんに指示する。それに戸惑いながらも素直についていこうとしたコゼットちゃんを慌てて止めた。
「ちょっと待って!」
「アンジェちゃん?」
少し不安そうなピンクグレープフルーツ色の目が、わたしを見返してくる。
「クロード様!」
なんだかイヤな予感がする。たぶん、わたしの予想は間違っていないと思う。
「……君は?」
振り返ったクロードが、怪訝そうに目を細めてきた。
「クロード様! わたしもクロード様にお話があるんです!」
「……僕は、彼女に用事があって来たんだが」
クロードの目が訝しげにジロジロとわたしを眺める。元々知的というよりもツンデレ枠イケメンなのだが、好意など一切抱かれていないわたしに対しては、ツンツンしかない。
「コゼットちゃんはその、今日は忙しくって!」
「忙しいって、今お茶していただろう」
「このあと殿下やマルリーヌ様と約束があるんですよね! ね? シリル」
「……え? あ、ああ……」
シリルは訳もわからないながらにわたしが遠ざけようとした意図を察したのか、「行こうか」とコゼットちゃんを促してくれた。
「……仕方ない。先に君の用件を聞こう」
盛大なため息をついたあとに、クロードは片手でメガネをクイっと上げる。冷たい瞳が睨めつけるようにわたしを見据えた。
「で? なんだ」
わたしたちを気にしながらも立ち去ってゆくコゼットちゃんの後ろ姿を、クロードはちらりと名残惜しそうに見つめている。
その視線にますます確信する。
クロードはやはり、コゼットちゃんのことを――。
「コゼットちゃんへの用って、なんですか」
やっとわたしに向けられたシルバーの瞳が、またまたジロリと睨んできた。
「なぜそんなことを気にする。君には関係のないことだ」
「私の用ってのは、そのことなんです」
「そうか。だが生憎、見ず知らずの君にまで気軽に教えられるような話ではないものでね」
「そうですか。なら、こっちから遠慮なく訊きますけど」
向かいに座ったクロードの目を、ひたりと見つめる。
「コゼットちゃんのことが好きなんですか」
「なっ……!」
クロードの目が見開かれる。
「君は、なにを……!」
「もしもコゼットちゃんに好意を持っているのなら、今後一切コゼットちゃんに近づかないでください」
クロードはなにも言わなかった。ただひたすらに瞬きもせずに、わたしを見つめていた。
「万が一とか、億が一にも可能性はありませんから」
「……君はなにを言っているんだ?」
ようやく我に返ったクロードが、クイッとメガネの位置を直す。
「僕は、彼女にただ……その、」
「わたしの勘違いなら、あとでいくらでも謝りますけど」
そのときはスライディング土下座でも、ジャンピング土下座でも、あらゆる型の土下座を使って全力で謝意を示そう。
「でも、おそらく図星ですよね」
「……」
クロードの視線は外され、再びコゼットちゃんが去っていったほうに向く。
「べつに、あなたが誰に好意を抱こうとどうでもいいんですよ。たしかにコゼットちゃんみたいな美少女に目を奪われるのも当然かもしれない。あんなかわいい子に優しく微笑まれたら、そりゃ好きになっちゃいますよね。……だからって、婚約者とその友だちを傷つけるようなマネを安易にするなよ」
途中で声音が低くなったわたしに、クロードの目つきも険しくなる。
「もちろんジャクリーヌ様とコゼットちゃんが仲が良いって分かってて、それでも声をかけようとしたんですよね? それともあんまりにも舞い上がり過ぎて、そんなことも頭を過ぎりませんでした?」
返事はない。反応もない。
「ねぇ、なにか言ったらどうですか。違うというのなら反論したらいいでしょう」
「……違う」
「だったら今日はなんの用で? コゼットちゃんにはどうせ会えないし、わたしから伝えときますよ」
「いや……その、」
なんとも歯切れの悪い。だってそれはそうだよね。知り合いでもなんでもない女の子にいったいなんの用事があるというのか。
クロードは体の良い言い訳を探していたみたいだけど、追求を止めないわたしに根負けしたのか、とうとう視線をテーブルに落とした。
「僕はただ、彼女と仲良くなりたくて……」
「仲良くなったところでどうすんだよ」
途端、クロードはキッと視線を上げた。
「彼女に話しかけることさえも、君は悪いことだと言うのか」
「ああ、悪いね」
お勉強はできるくせに、そんなこともわからないのか。
「女の友情、舐めるなよ」
自分の婚約者が自分の友だちに好意を持って仲良くなりたいと思っている。そしてその行き着く先に待ち受けるのは、婚約破棄。……どんな地獄だ、それは。
「あなたのその行為一つで、ジャクリーヌ様とコゼットちゃんの友情には簡単に罅が入る。コゼットちゃんは仲のいい友だちを無くすどころか、友だちの婚約者を奪った悪女として名を馳せることになるでしょうね」
「そんな、そこまで……」
「そして心優しいコゼットちゃんは可哀想に、それからはずっと一人きりでジャクリーヌ様への罪悪感に苛まれて、心を痛め、苦しみ続けることになるんでしょう」
「……」
クロードの視線は、落ち着きなくわたしとカフェテリアの入口とのあいだを彷徨った。所在なさげに逸らされた顔。
「自分の行為一つでそのあとどんな地獄が待ち受けるのかくらい、そのご自慢の頭脳でよーく考えてみてくださいよね? クロード様」
完全に黙り込んだクロード。
わたしはこれで話は終わりだと、畳み掛けるように捲し立てた。
「そんな地獄を引き寄せられてはこちらもたまらないので、これからもわたしはいつでも、あなたのことを見ていますからね。くれぐれも迂闊な行動はとらないようにお願いしますよ。ほんっとーに、あなたのことをずっと見てますからね! 出し抜こうなんざ思わないことですね!」
「気味が悪いな、なんだ君は。やめてくれ」
薄気味悪そうにわたしのことを問いただそうとしてくるクロードを促して解散しようとすると、少し離れたところから、こちらを見守る視線があることに気づいた。
「クロード様……?」
なんて間が悪い。
クロードも表情こそ変えないものの、少し青褪めている。
「……そこでなにをなさっていたのですか?」
まさかの顔を強張らせたジャクリーヌ嬢が立っていた。
「おまえは、アンジェ」
いやー、ほんとタイミングが最悪なところを見られたな。話の内容を聞かれていなければいいのだが。
「ジャクリーヌ、こんなところでどうしたんだ?」
「クロード様が、講義室にもいつものカフェテリアにもいらっしゃらなかったから……」
「それはすまなかった。随分と探させていたみたいだ」
クロードはジャクリーヌを促して、そそくさとその場を立ち去っていく。
「なんのお話をしてましたの?」
「大したことはないんだ。ちょっとね」
クロードの細められた目が、わたしもさっさと立ち去れと促してくる。
わたしはそれに肩を竦めることで応えた。




