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→はい、遭遇します

 

 雑貨屋からの帰り。


「それでは、先にアンジェを送っていきますね」


 なにごともなく買い物デートも終わり、ホッとした途端になんだか気が抜けてしまった。疲れからかなのかどこか覇気のないわたしを見兼ねて、エドガーが気を利かせてそう申し出てくれた。


「アンジェちゃん、また明日ね!」


 コゼットちゃんたちはせっかく来たのでもう少し街を見て回ることにしたらしい。そう手を振って去っていくコゼットちゃんとシリルを見送っていると、後ろからマルリーヌ様に声をかけられる。


「あなた勘違いしているみたいだから、一応教えておいてあげるけど」


 高飛車に扇の奥から見下ろしてきたマルリーヌ様は、しかしわたしをバカにしようってわけではなさそうだった。


「エドガーがあなたに贈ったそれ、見た目はパッとしないかもしれないけど、なかなかにお高いものなのよ。一度使ってみたらわかるわ。あなたが持っているようなものとは段違いの品だから」

「えっ、そうなんですか?」

「……あんな見た目をしているけれど、カサンドラのせいであまり女性の扱いは上手くないの。女嫌いが治ったわけでもないし。だからあなたまで彼を誤解しないでほしいのよ」

「いや、わたしまでって……」


 なんだかエドガーのことはわたしに任せようって殿下の意思が透けて見えてきて、ブルブルと身震いする。

 何度も言うけど、わたしにはシリルとコゼットちゃんだけで精一杯なんだ。これ以上厄介ごとを背負わせないでくれ。


「……アンジェ!」


 そうこうしていると、立ち去っていったはずのシリルが一人だけ急ぎ足で戻ってきた。


「明日渡そうと思ってたけど、やっぱり……はい、これ!」


 急いでやってきた彼は、わたしの手になにかを押し付けてくる。


「どうしたの?」


 シリルは恥ずかしそうに笑うと、またコゼットちゃんの元へと駆け去っていく。


「いつも助けてくれるお礼! ありがとうね、アンジェ! それじゃあまた明日学院で!」


 とっさに手の中の包みを握りしめた。

 コゼットちゃんにあげたプレゼントとは、また違う包み。たぶん万年筆じゃない。でもシリルがわたしのことを考えて、感謝の念を込めて選んでくれたお礼。


「……行きましょうか、アンジェ」


 エドガーの声に頷きを返すと、わたしたちは殿下たちにお別れの挨拶をして、それから寮への道を進み始めた。








 帰寮する道すがら。

 エドガーは話しかけてくれていたようだが、あまり頭に入ってこなかった。

 今日でシリルたちも、けっこうに親密度を上げられたことだろう。

 当て馬時代のシリルといえば、ルート上のあちこちに出てきてあーだこーだ邪魔ばかりしてくる口うるさい奴、ってイメージが強かった。だが友だちになった今は、それはコゼットちゃんのことを心から案じていたからだということがわかる。愛情深い、優しい人なんだ、シリルは。きっとそんな二人なら、想い合ったあともうまくやっていけるだろう。

 ただ、油断はいけない。わたしはエドガーで勉強した。コゼットちゃんにはあと三人、攻略対象者が残っている。

 宰相の息子、クロード・ミシェル。商人の息子、イヴァン・ヴィクトル。そして隣国の王子、ディートフリート。

 この様子だと、次は絶対にクロードが接触してくるに違いない。


「……では、わたしはここで」


 いつの間にか寮の入り口に辿り着いていたことに気づき、顔を上げる。


「アンジェ」


 さよならを言おうとして、エドガーから躊躇ったように呼び止められた。


「あなたは、その……」


 なかなか続きを言わないエドガーに首を傾げる。

 エドガーは結局「……いえ。ではまた」と言葉を切ると、そのまま立ち去っていった。







 なんだか疲れたな。今日はもう、このまま寝てしまおうか。

 そう思いながら鍵を開けて部屋に入った先。誰もいないはずの室内にいた人物に、思わず足を止める。


「よお、遅かったじゃねぇか」


 漆黒の髪と瞳。剣呑な鋭い目つき。ワイルド系イケメン枠、五番目の攻略対象者のディートフリート王子がなぜかわたしの部屋にいた。


「楽しかったか? 役目を放棄して行ったデートは」


 ディートフリート殿下はゆっくりとソファから立ち上がると、一歩一歩、まるで脅すように近づいてくる。


「おまえ、ふざけてんのか?」


 荒々しい声。薄暗い視線。

 どうやら彼はわたしにご立腹らしい。


「……あの、いったいなんの用で? ここ女子寮ですけど。そもそも人の部屋に勝手に入らないでもらいたいんですけど……」

「はぁ!?」


 ディートフリート殿下はキッと胡乱げな目つきで睨んできた。

 怖い怖い怖い! 怖いから! もともと目つきが悪いのもあって、視線だけで食い殺されそうだ。


「おまえ、本当にふざけてんのか? そんなにこの学院生活が楽しいか? 己の使命もなにもかも放り出して、おまえはなんのためにここに来たんだよ!」


 そんなのこっちが知りたいよ……とにかく目の前の男がなにを言っているのか、さっぱりわからない。あまりにも頓珍漢すぎて戸惑っていると、ディートフリート殿下はようやくわたしの様子がおかしいことに気づいてくれた。


「おい“アンナ”。どうしたんだよ。おまえ、そんな無責任な奴じゃなかっただろ」


 その名前に、息を呑む。


「っ! どうしてわたしの名前を……」

「あ? さっきからなに言ってんだ。もしかして冗談でもなく、本当に具合でも悪いのかよ」


 怪訝そうに、剣呑な目つきのまま顔を覗き込まれそうになり、慌てて身を仰け反らせる。

 ……困ったな。ディートフリート殿下の言ってることがまったくわからない。

 でもだからといって安易にわたしは“ピピ・オデット”じゃないんです、なんて言ってはいけない気がして、誤魔化し笑いを浮かべるに留める。


「ほら。これ」


 殿下はハァとため息をついて、投げやりにベッドの上に一通の手紙を投げ置いた。


「無事に仕事を終わらせて、さっさと帰るんだろ? 国で待ってる弟や妹たちに久しぶりにいいもん食べさせてやるんだって、おまえ意気込んでたじゃないか」


 初めて“ピピ・オデット”の家族の話が出てきて、驚きのあまり言葉が出てこなかった。あんぐりと口を開けたまま、殿下の顔を見つめる。


「なんだその顔は。そんな顔で見られたって、俺は働かないやつに俸給を恵んでやるほど良い奴じゃないぞ」


 呆けたわたしの視線を、殿下は胡散臭そうに手で払った。


「とにかく、最近派手に動きすぎなんだよ。ルフェブル侯爵にまで目をつけられやがって。おまえを停学させろって嘆願、揉み消すの大変だったんだからな。減額ものだぞ、アレ」


 まさか、背景が真っ白故に無敵だと思っていたわたしに、陰ながら殿下が尽力していたなんて。でもただのモブ令嬢なわたしに、殿下がそこまでしてくれる理由はなんだ。それも“仕事”ってやつのおかげか?


「レオやマルリーヌたちにも、もうあまり近づくなよ。言っとくが、できるだけ内密にってのはあっちからのお達しだからな。何度も言うが、おまえが接触する相手はロクサーヌ・レニエだけ! わかったなら明日から気をつけろよ!」


 言いたいことだけ言い捨てて、殿下は次の瞬間まるで最初からそこにいなかったのかのように消えてしまった。あまりに唐突で、引き留める暇もなかった。


「……え!? あの!」


 慌てて呼びかけるもすでに立ち去ったあとなのか、返事はない。部屋の中からもとうに人気は消えている。

 ――仕事って、いったいなんなのだろう。ロクサーヌに近づいて? わたしはなにをすればいいの?

 いったいなんだったんだ。わたしはディートフリート殿下となんの関係があるのだろうか。

 シリルのために作られたキャラだからと能天気に過ごしていたが、一抹の不安がわたしの心に過ぎっていた。








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