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→はい、お買い物をします

 

「それはもちろん、シリルに幸せになってほしいから、ですよ」


 意外な理由だったのか、エドガーは涼やかな目を見開いた。


「そんなに驚きますか」

「……ええ」


 エドガーは困ったように頭を掻いた。いつも穏やかで冷静な彼にしては珍しく、戸惑っているようだった。


「まさかあなたから、そんな博愛に満ちた答えが返ってくるとは思いませんでした」

「そうでしょうか。あなたの隠れ蓑になってあげたり、こうして律儀に疑問を解決してさしあげたり……わたしはいつも、あなたへの博愛に満ちていると思いますけど」

「うーん、“シリルの幸せ”ねぇ……」


 一人ごちたエドガーの言いたいことがわからなくて、その顔を見上げる。だが結局は男前な面に苦笑の色が濃く出ただけだった。


「そういえば、ディートフリート殿下はお元気ですか? 最近ご無沙汰しておりまして」

「? お会いしたこともないですけど?」


 話題転換にしては変なことを聞いてくるもんだ。もちろん会ったこともないし、叶うならば会わずに済ませたいと思っている。攻略対象者とその悪役令嬢たちにシリルたち二人の仲をひっ掻き回されるのは、もう懲り懲りだ。


「そう、ですか……」


 ますます渋い顔をしたエドガーにこっちも困惑する。どうでもいいけど用が済んだのなら、いい加減に手を下ろしてそこを通らせてくれ。


「アンジェ!」


 そのときあろうことか、シリルが一人で戻ってきた。


「シリル!? コゼットちゃんは?」

「……あそこの店で殿下とモンフォーヌ公爵令嬢がデートしてたんだ。だからちょっとだけ預かってもらった」

「えっなにやってんの!? ダメじゃん!」


 本当になにをしてるんだ、シリルのやつ!

 殿下はまだコゼットちゃんに未練を残しているというのに!


「だって、アンジェがなんか手間取っているみたいだったから……それに大丈夫だよ。なんてったってモンフォーヌ公爵令嬢がついているし!」


 ……そう言われてしまえばなんだか大丈夫な気もしなくもないけど。

 マルリーヌ様は最近、少し丸くなった。コゼットちゃんに殿下をどうにかする気がないのを察したのと、一生懸命に話しかけてくるコゼットちゃんに毒気を抜かれたのもある。話しかけやすくなったマルリーヌ様は、近ごろちょっとだけ評判が上がった。

 そのマルリーヌ様がそばにいるのなら、殿下の手綱はしっかり握られているに違いない。


「殿下もマルリーヌ様と! 最近は特に仲睦まじいようでなによりですね」


 ニッコリ笑いかけてきたエドガーに、シリルは胡散臭そうな視線を返す。


「せっかくですからわたしもご挨拶に伺うことにいたしましょう」

「ハァ……結局ついてくるんだ」

「ハハ、そうつれないことを言わずに。殿下にマルリーヌ様。あなたにコゼットさん。そしてわたしとアンジェで、なんだかトリプルデートみたいで楽しいじゃないですか!」

「「はぁ!?」」


 わたしとシリルの声が、きれいに重なった。


「デ、デートって……」

「いや、っていうか、あなたとわたしまでムリに入れなくても」

「いいじゃないですか。せっかくですし。さぁお手をどうぞ、お嬢様」

「いやいや、気取ったところでしませんよ」


 戸惑うわたしの手を強引にとって、エドガーは優雅に歩き出す。シリルはその様子を唖然として眺めていた。








 雑貨店の中では三人とも、それぞれ思い思いに買い物をしてわたしたちを待っていたようだった。


「エド、来ていたのか」


 見慣れた近衛騎士の姿に、レオナール殿下の顔が綻ぶ。店の隅でなにかを物色していたコゼットちゃんは、依然としてエドガーに捕まったままのわたしに、心配そうに眉を下げた。


「エドはアンジェとも仲が良いんだな」

「ええ、そうなんです」

「いえ、違います」


 まったく違う答えを出したわたしたちに、店の中が静まりかえる。マルリーヌ様は殿下の後ろで、扇の下に顔を隠した。あの様子だと、きっとバカにして笑っているに違いない。


「アンジェ、殿下の前でまで照れ隠しなどしなくても」

「生憎なんですけど、照れ隠しじゃないんですよねー」

「またまた、アンジェったら」

「いえいえ、エドガーこそ」

「二人は本当に仲が良いな」


 ほわりと笑いかけてきた殿下に、引き攣った笑みを返す。


「ところでコゼット、君はなにを買うつもりなんだ? せっかくだから、わたしから君になにか……」

「殿下! わたくし、殿下に似合いそうな万年筆を見つけましたの」


 諦め悪くコゼットに話しかけようとした殿下に、マルリーヌ様のブロックが入る。ナイス、マルリーヌ様! ていうか殿下、コゼットちゃんへの未練、まだ捨てきれてなかったんですか?

 すかさずシリルに目配せを送るけど、シリルはなにか考えこんでいる様子で気づかない。

 シリルって、いつもわたしからの合図に気づいてくれないんだよなぁ。コゼットちゃんばかり見てないで、少しは周りも気にしてほしいよ。


「だったらわたしは、アンジェに似合う万年筆でも探してみましょうか」

「いいですね! それ」

「うん?」


 エドガーは賛成されるとは思っていなかったようで、目をパチクリさせた。

 わたしだって、別に彼に万年筆を買ってもらいたくて賛成したわけじゃない。でもこれをうまく利用できれば、シリルとコゼットちゃんの仲をもっと深められると思ったから。


「こうしましょうよ! 殿下はマルリーヌ様と、シリルはコゼットちゃんと! お互いに贈りあうのはどうでしょう!」


 マルリーヌ様、ナイスプレイへのお返しだ。

 その途端パァと目を輝かせたマルリーヌ様。楽しそうに顔を綻ばせたコゼットちゃん。一番狂喜乱舞すると思ったシリルは、というと。


「……」


 なんだか複雑そうな顔をして、黙り込んだままだ。……シリル、君は本当に一体全体どうしちゃったんだ?








 ということで、各々それぞれのパートナーに似合う万年筆を選ぶことにした。

 言い出しっぺのわたしはというと、無難に大人っぽいデザインのものを選んだあとは、今は適当に店内を物色している。

 ちなみにさきほどエドガーが、誰にでも似合うような無難な万年筆をサクッとチョイスしているのを目撃してしまった。そりゃそうだよね、わたしたち、本当のパートナーではないからね。

 といっても、とんでもない男前から贈り物をもらえるだけでもラッキーなのかもしれない。シリルが無事にコゼットちゃんと結ばれたら、わたしもこの世界とお別れだろうし。だったら今のうちに貴重なイケメンとの疑似デートをゆっくりと堪能しておこう。

 コゼットちゃんはああでもない、こうでもないと楽しそうに悩んでいる。マルリーヌ様は殿下を着せ替え人形のように使って、あれこれ万年筆を当てて決め兼ねている。


「コゼットちゃんに似合う万年筆は決まった?」


 念のため、シリルに声をかける。変なものを選んで、コゼットちゃんに嫌われたらいけない。

 殿下たちはきっと高級感溢れるハイスペックなものをお互いに選びあうだろうし、コゼットちゃんがなに選んだって、シリルが喜ばないはずがない。わたしたちは言わずもがな。

 だから問題は、この男の選ぶ品なのだ。


「アンジェ、どうしよう。決まらない……」


 沢山の見本の前で、シリルは唸っていた。


「コゼットならどれも似合いそうで、かえってどれを選んだらいいのかわからない。こうなったらいっそ、全部買うしか……」

「そんなことをしたら逆に引くよ……」


 思い詰めた彼を、慌てて止める。


「そんなの、自分のことを考えてプレゼントしてくれるのなら、なんだって嬉しいに決まってるよ。もっと肩の力を抜いて、ほら。気楽に考えたら?」


 見下ろしてきたヘーゼルの瞳が、縋るように揺れていたから。ちょっと戸惑ってしまって、とっさに誤魔化し笑いを浮かべる。


「たとえばアンジェだったら、どれが嬉しい?」

「わたしの趣味を聞いたって、参考にはならないと思うけど……」


 だけどあまりにもシリルが心許なそうだったので、答えてあげることにした。


「あくまでもこれは、わたしの趣味だけどね」


 選んだのは、鮮やかな碧の色が綺麗に溶けるように混ざり合った、ガラスでできた万年筆。


「……書きにくくない?」

「いいの! 男性から貰うものぐらい、綺麗なものがいいの! ちょっとは夢見させてよ」

「そういうもの?」

「わたしの場合は、だけど」


「ふぅん……」と気のない返事をしてシリルは納得したのか、やがて本腰を入れて選び始めた。そして最終選考に残ったものを見て、これなら大丈夫そうだと息を吐く。

 顔を上げると、エドガーが苦笑いを浮かべながらわたしたちを見守っていた。








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