“シリル・アルトワを助けますか?”
画面に浮かぶ文字を眺める。
“シリル・アルトワを助けますか?”
わたしは震える指を伸ばし、その文字をクリックした。
わたしには、大好きな乙女ゲームがあった。
“あなただけを見つめてる~私立ラルジュクレール学院物語~”。
その中身はなんてことない、よくある携帯アプリの乙女ゲーム。
貴族も通う超有名な私立学院に、特待生枠として編入したヒロインは、そこで様々な攻略対象者と出会う。第二王子殿下、その護衛の騎士、宰相の息子、国有数の富豪である商人の息子、そして隣国から留学生として来ている王子。
いずれのルートもさまざまな困難を乗り越えて、絆を深めあった末に結ばれるという、まさに王道の――悪く言えば、よくあるシナリオに過ぎないのだが、その中でも、わたしにはお気に入りのキャラがいた。
シリル・アルトワ。
彼はこの乙女ゲームにおいて、とても重要な役割を果たしていた。なんと彼は全ルートにおいて、“当て馬”として出てくるのである。
最初は、デートやイベントの度にしつこく現れる彼に、正直イライラしていた。大事なところで空気も読まずに出てきて、場をかき乱す彼にムカついたし、お呼びじゃないからって、冷たく返答する選択肢を浴びせかけたりもした。
でも彼は、いくら冷たく接しても、決してヒロインのことを諦めなかった。各シナリオの最後、ヒロインと攻略対象者がハッピーエンドで結ばれるときになってさえも、彼はヒロインのことを最後まで想い、その幸せを願い、そして一人悲しみに沈む心を押し隠して、それでも最終的には二人を見守ると決心したのだ。――それも五ルート分も。
全攻略者のシナリオを読破したあとには、ヒロインと攻略者の甘い恋のお話よりも、シリルの徹底した不憫さに、いつの間にか心が持っていかれてしまっていた。
……どれか一つくらい、シリルも幸せになってもよくない?
そう思いながら、さあ誰のルートをもう一度堪能しようかと、タイトル画面に戻ったところ。見慣れたタイトルの下に、今までなかったシークレットモードの文字が現れていた。
――全ルートを読破した読者へのサービスかな?
そう思ってクリックする。続けて現れた文字に、思わず息を呑んだ。
“シリル・アルトワを助けますか?”
真っ白な画面に映った、たった一つの文章。
まさに今、わたしの心を読んだかのような、選択肢。
考える前に、わたしはその一文をクリックしていた。
気づいたら、近世ヨーロッパを彷彿とさせる、素敵な街並みの中に立っていた。
ここ、見覚えがある。たしか、ヒロインが攻略対象者と一緒に買い物デートに来る街だ。
道の先には、歩きながら遠ざかっていく二人の男女の後ろ姿と、それを項垂れるように見守る一人の男性。
「あの」
思わず声をかけてしまった。だって、彼は……。
「えっ? あっはい、俺になにか用ですか……?」
あちこちに跳ねた、明るい茶色の髪。くすんだ茶色と緑色の混じる、ヘーゼルの瞳。顔面の華やかさも、色彩の華やかさも攻略対象者に負けている、不憫な男代表、シリル・アルトワがそこに立っていた。




