第3話 みんなの未来
「せ、聖女様...」
怯えた目のサニー。
無理もない、普通の人間なら気を失っていても不思議じゃないのだから。
あれで済んだのはサニーの意地なのか。
「話は聞かせて貰いました。
貴女は大変な誤解をされている様ですね」
「いえ...でも...」
「落ち着けシルビア、子供に障るぞ」
「ごめんなさいオニール様、少し黙ってて」
「分かった」
黙ろう、こういう時のシルビアは本当に怖いから。
「大丈夫です。
子供には守護を掛けましたから」
「うん」
シルビアはお腹を撫でる。
キレてる訳じゃない、冷静さはある。
なら安心だ。
「こ...子供達は?」
「食事をして、今は客室で寝てます...安心なさい」
「そうですか」
サニーもこの状況でよく聞けるな、さすがは母親か。
「子供達とお話をしました。
とても良い子達ですね」
「...はい」
「躾も出来てますし、お姉ちゃんは妹達をよく見て...貴女の育て方は素晴らしいです」
「...そんな」
何やら和んで来たな。
母親同士の会話だ、シルビアは憧れてたからな。
早く見たいな。
『お父さんだぞー』って言うんだ。
「あの様な男と夫婦になってしまった後悔は分かります。
しかし噂を信じたのは貴女の過失、今更どうにもならないでしょう」
「だって、オランドが!」
やはりオランドがサニーを焚き付けたのか。
町の奴等は止めなかったのか?
「貴女、ちゃんと調べたの?
私は聖女よ、貴女という婚約者がいるオニール様を奪える訳無いでしょ!!」
「でも」
「でもじゃない!
教会に仕える私がそんな事をしてごらんなさい、聖女の権威は失墜してしまうでしょ!」
「...う」
シルビアの言葉がサニーに突き刺さる。
当然だ、噂はあくまでも噂。
教会に仕えるシスターでさえ不義の愛は禁じられている。
ましてやシルビアは聖女、噂が本当になら教会が見逃す筈無い。
しかし教会が否定してもゴシップは消えない。
好奇心は人の好物だからな。
真偽すら調べないで適当な事を。
「ではシルビア様はオニールと途中で何を...」
やはり聞くか。
これは秘密にしておきたかった。
「魔力の回復...後は治療をしてました」
「治療?」
「ええ私の治療、主に女の...です」
シルビアの言葉が理解出来ないサニー、仕方ないか。
死力を尽くし戦うのが聖女、身体の負担は計り知れない。
生理は止まり、体調不良を引き起こす。
歴代の聖女には子供が恵まれ無かった人も居る。
実際シルビアは身体が戻るまで2年、そして子供が出来るまで更に3年掛かってしまった。
「何故隠していたんですか!
第一、そんな事を信じろと?」
「言える訳無いだろ!」
「...オニール」
「身を粉にして戦うのが聖女だ。
結果として子の持てない身体になりました。
そんな事みんなに言える訳ないだろ!」
過酷な運命と知りながら聖女として身を捧げたシルビア。
俺はせめて彼女が安心して戦線を離れる事が出来る様に護衛として同行した。
もちろん信頼の置ける仲間と一緒に。
それを...糞!!
「オニールは...」
シルビアが静かに語り始める。
何かを思い出す様に俺を見ながら。
「いつも貴女の事ばかり...旅先で珍しい花が咲いていれば
『サニーに似合うかな?』って。
美味しい食べ物があれば
『サニーに食べさせたい...』
正直妬けました、私もその頃にはオニールの事が」
「...シルビア様」
止めろ!
確かにあの時俺はシルビアに言った。
しかし今は悪夢だ、悪夢なんだ。
「魔王を倒し、オニール様と戻る時は悲しみで胸が張り裂けそうでした。
王都に戻ればオニール様とお別れ。
私は教会に戻るか、顔も知らない貴族に嫁ぐしかない。
子供もどうなるか分からない、絶望の旅でした」
「そうだったのか」
そんなシルビアの気持ちも知らず、俺はサニーに会えると浮かれて...
そう言えばあの時、仲間達は冷たかったな。
「オニール様が貴女のお腹を見て崩れ落ちる姿に...私は貴女に怒りと...貴女に、これで私は...」
「止めろシルビア!」
これ以上は言わせたく無かった。
「...ごめんなさいオニール様」
俯くシルビアの肩を抱き締める。
ここまで言わせてしまった後悔が胸を締め付けた。
「そんな訳だ、俺が出来る事はもう無い」
「...はい」
涙で濡れたサニーの顔。
仕方ないんだ。
討伐隊員の中には恋人や妻、そして旦那と別れた者も居たし。
「失礼します...」
サニーは静かに立ち上がる。
これで良いのか?
心に沸き立つざわめきは何だ?
もう手遅れの筈なのに。
「これからどうするつもり?」
シルビアが呟いた。
「私も奴隷に...せめて子供達だけは」
「奴等にマトモな交渉は無駄よ」
「分かってます、でも何とか...」
畜生!
子供には罪は無いだろ!
「責任は取らせましょう」
「え?」
「シルビア?」
決然としたシルビアの言葉。
何を考えている?
「貴女の両親、そしてオランドの実家にも責任はあります。
下らない噂を信じ...糞野郎どもめ」
「糞野郎って」
「失礼」
咳払いのシルビア。
だが怒りの瞳は燃え盛ったままだ。
「死なない程度に財産を差し出す様、国から命令を、サニーの事で後ろめたさは有るでしょう。
拒否は許しません」
「そ、そうだな」
シルビアは国王の縁戚だ。
それくらいは出来るだろう...怖い。
「後は借金取りね。
子供を担保?ふざけるにも程があるわ。
親の借金は関係無いでしょ」
「そ、そうかな」
「でも証文が」
「そんな物調べ上げてやる、そこに居るでしょ!」
「「「「はい!」」」
シルビアの怒号に執事達が駆け込んで来た。
立ち聞きしてやがったな。
「馬糞に金を貸した奴等を調べなさい!
絶対叩けば埃が出る筈よ」
「は、はい!」
シルビアの剣幕に執事達が敬礼する。
討伐隊時代を思い出した。
「サニー」
「は、はい」
「踊らされ裏切ってしまったとはいえ、同じ人を愛した女です、情けは必要かと」
「え?」
何を言うつもりだ?
「貴女と子供達は一時教会で預かります」
「...そんな事まで」
理解出来ない様子のサニー。
しかしシルビアは今や教会の幹部だ。
元勇者の俺は城で新兵の教育係なのに。
「あくまで一時的です。
後は自分で考えなさい」
「ありがとうございます...」
消え入りそうな声のサニー。
俺の立場は?
「声が小さい!
貴女は母親でしょうが!」
「「はい!!」」
何故か俺まで返事をしてしまった。
「明日教会に行きましょう。
今夜はここで、オニール様良いでしょうか?」
「うむ、許可する」
威厳を出して頷くが手遅れだな。
「「オニール様...」」
シルビアの大きな笑い声とサニーの小さな声、何故か廊下からも大勢の笑い声まで屋敷に溢れた。
おしまい。




