私と彼女
その時教室に入ってきたのは、まぎれもなく私だった。厳密には前世の私なのだが。
そして彼女はカオリちゃんに促されるままに自己紹介した。
「鈴村ミクです。よろしくお願いします。」
ごく平凡な挨拶だが、ニコッと最後に笑顔を付け加えることで好印象を残すことに成功していた。
間違いなく彼女は私。失恋する前の髪がまだ長かったころの私だった。
彼女が現れる前は、生まれ変わった高梨リンもそれなりに気に入っていた。
今までの自分の印象とは変わってしまっていたが、容姿だってそこまで悪くはないし、私のキャラとかけ離れているような感じでもなく割としっくりきていた。
しかし、今目の前に現れた前世の自分自身をこうして客観的に見てみると、妙に懐かしくあの体に戻りたいと思っている自分がそこにはいた。そして彼女の万人受けするような微笑みに嫉妬している自分がいた。
この時初めて知ったのだ。過去の自分がモテないのはポテンシャルのせいだとか思っていたが、そうじゃなかった。自分自身の努力が足りなかったのだ。見た目の印象など所作一つで大きく変わる。前世の私はそれを知らなかった。いや、知ろうとしなかった。目を背けていただけなのだ。
みんなの視線を一身に集めながら、「鈴村ミク」は私の隣の席に座った。
彼女は私の隣の席に腰を下ろすと、私に微笑みながら「今日からよろしくお願いします。」と一言言った。
なんかマウントをとられている気分だった。過去の自分と全く同じ容姿、声、ただ違うのは仕草や口調だけ。しかし、それしか違わないはずの彼女は、過去の私とは全くの別人で、もともと自分である私ですら少しドキッとしてしまうくらい大人びていた。
HRが終わると、クラスのみんながミクに駆け寄る。
どこから来たのか、なぜうちに転入してきたのか、好きな芸能人は誰とかありきたりな内容で質問攻めにした。それに対してミクは嫌な顔一つせず、適格に解答していった。
その日の放課後になると、彼女はバドミントン部の見学へ向かった。
これまでの学校でもバドミントンをしていたらしい。
そこに関しても前世の私と一緒だった。とはいえ私は中学3年の時のけがが原因でやめてしまっていたが。
ミクはその日一日ですっかりクラスの人気者になった。それもそのはずだ。ミクは明らかに優等生で、性格もよく、気品がある。今日一日で、過去の自分の怠惰をどれだけ痛感させられただろう。
彼女は私の理想の姿だった。かつて鈴村ミクとして生きていた私にとっての理想の姿。こうなりたいと心のどこかで願っていた自分自身の姿。そんな存在が明日からずっと隣にいると思うと私は少し憂鬱になった。
1人で帰る帰り道、私はエレンを呼んでみた。呼んだといっても心の中で呼んだだけだ。なぜだか理由は知らないが、こうすることでエレンを呼ぶことができると直感で理解していた。
たちまちエレンが現れた。
「呼んだかい?今日一日どうだった?」
何事もなかったのようにあっけらかんとして訊いてくるエレンに対し、私は悪態をついた。
「どうもこうも人間関係はいじってないって言ったよね?何で前世の私が目の前に現れるわけ?」
私は少しイライラしていた。
「言ったはずだよ。ほとんどいじっていないって。ほとんどというのはすべてということでじゃあない。少しはいじっているさ。そうじゃなかったらつまらないだろう?」
悪びれもせず飄々と言い返すエレンに私のボルテージは上がっていく。
「その一部分がデカすぎるって言ってんの!あれじゃあほとんど変わっているようなもんじゃない!」
私はエレンに怒鳴ってみたものの、そんなことは意に介さずエレンは私に質問してきた。
「で、今日前世の自分と会ってみてどうだった?」
なんとデリカシーのない質問だろう。この女神には心がないのだろうか。
「驚いた。あと、悲しくなった。あれは私であって私じゃない。私にとっての理想だった。見た目は変わらないけれど、前世の私が成りえなかった、なしえなかった私…。それに気づいて悲しくなった。」
「そうかい。君はそう感じたんだね。実にいい経験だ。それで?これから君はどうする?」
「どうもこうもない。私と彼女は関係ない。私はリンとしての人生を歩む。それだけよ。」
そっけなく私がエレンに言い放つと、エレンは少しつまらなそうに私に言った。
「ふーん。前世の自分と今の彼女を比べて、後悔したのに何もしなくていいの?それじゃあ今までと何も変わらないよ。まあ、あなたの人生だし私がどうこう口出すような問題でもないけど…。まあいいわ。あなたはあなたの思うように生きれば。私はそれを観察させてもらえればそれで満足だしね。それじゃあこれ以上特に用がなければ私は仕事に戻るわ。また何かあったら呼んで。バイバーイ。」
そう言い残すとエレンはまた暗闇に消えていった。
最後にエレンが言った言葉が妙に心に残った。