音は予告もなく響きました
風もなく、雲さえない静かに晴れた星だらけの夜は、大きな声を出し合う必要がなかったのですが二人はあまり口を開くことをしませんでした。
黙ったままときどき隣に目をやると相手は視線の気配を感じて振り向き、微笑んだりわざと変な顔をしたり、寝たふりをして大げさな鼾をかきました。その時ゲラゲラ笑う二人の頭上からは孤独な星の明かりは消えてなくなり、幸せな神話から成る星座しか残らなかったのです……でもそれはそれでどこか味気なく、もの寂しい気もしました。
二人が笑い止むと明かりを消していた全ての星の点滅は再開し、溢れかえる孤独やら悲しみやらの光の粒の中に、幸せな神話は埋もれてしまいました。
どうりで満天の星空は美しいわけだ、スノーホワイトは思いました。
小さな彼は今スノーホワイトが何を考えているのかを想像し、スノーホワイトは彼が何を考えているかを想像しました。
小さな光源で埋め尽くされる夜空に、細長い銀色の尾がどれにもぶつかることなく流れると、二人は同時に「あっ」と一声だしました。どの方角へ流れようと、小さな彼はもっと幸せな気持ちになり口を閉じ続けましたが、その度に一番大切な秘密を思い出すスノーホワイトは、一際赤い星よりも強く、一際青い星よりも密かな沈黙を続けました。
「ねぇ、今聞こえた?」
スノーホワイトが初めて自らの「沈黙」を破ったのは、やはりよく晴れた夜のことでした。
「何が?」小さな彼は振り向きました。
「小さな音」
「どんな音?」
「ポッツ~ンって」
「全然聞こえなかったよ。何の音?」
「分からないけど、もしかしたら呑気な星の音かな?」
わたしの身体の中の水滴の音、とは言えませんでした。
スノーホワイトは身体の中に垂れた最初の水滴の音を覚えていました。
今夜も幸せな夜を明かした小さな彼がいつもの空の隅へ帰って行ったあとの、少し曇りがちだったある朝のことです。それはポッツ~ン、と身体の中で響いたはずなのにどうしてか、頭の中にあるどこか遠くの静かな村から聞こえた気がしました。音は予告もなく響きましたし、自分の頭の中には遠くて静かな村があることなど知りませんでした。その村は穏やかな気持ちになどなれないくらい濃密でたぶん白い静寂に包まれていました。
……彼女は初め、何かの聞き間違いだ、と自分に言い聞かせました。なぜなら二度と響かなかったからです。でもそれ以来、あくまでも「聞き間違えた」音、静寂な村に水滴の垂れた音を一時も忘れることは出来ませんでした。