氷を砕いてゆっくり流れだす大きな川のように
秋は「ひつじ」春は「もどり羊」。
このお話は春の「もどり羊」を必死になってかき集めている小さな太陽の騒ぎから始まります。
ところで春の「もどり羊」とは冬を終えるときの空に群れ集うコロコロした白い雲のことです。彼らは誰かの大事な便りを持って南から北へ向かうといいます……
では騒がしい空を見上げてみましょう。
「おいっ、まったくよっ、たらまったくよっ、こんなちょろちょろしたくらいの風に、どいつもこいつも端からコロコロしやがって、逃げるな、戻って来い」
小さな彼は北へ向かって転がり流れゆく雲を一つ捕まえては戻し、また捕まえては戻しているのですが、余りの数だったので端っこからの逃亡は止みません。
「あっ、そこのお前、また逃げやがったな」
始めからどの雲が、どれであるのかなどわかりませんでしたがお構いなく怒鳴り散らしては、そこら辺の一つを抱きかかえました。もし仮に爆発する感情さえなければ、季節を一捲りした春の上空で体ごと抱き付く「ひつじ雲」はどれほど柔らかく気持ちのいいものだったことでしょう。
「みんな北に便りを届けるんだ、邪魔しないでくれよ」たまたま捕まってしまった一つの雲は迷惑そうに言いました。
「そんなことは鳥にやらせればいいだろっ」
「やつらに雨は降せられないぜ」わけもなく小さな彼の横をすり抜ける違う雲が言いました。
「それなら空からおしっこさせればいいだろっ」
コロコロした雲の群れは一斉に笑うと、氷を砕いてゆっくり流れだす大きな川のように未来と過去をパッケージする、真新しい大きな「色彩」と気温や湿気もまとめて運びました。
実は小さな彼が必死になっている理由は地上にあったのです。
真冬の一番の底で友達になった、冬の女の子がいよいよ溶け始めていたからです。だから小さな彼は、空を流れる雲を彼女の上空に留め本物の大きな太陽の陽を遮ろうとしていたのです。
コロコロした雲の流れをせき止められたら辺り一面厚い曇り空になる。小さな彼は今年の冬の終わりに(あるいは春の始まりに)どれだけ無駄だろうと今、この空へ抵抗しなければ必ず後悔する。そう思っていたからです……