第91話 共闘
「はぁ」と深く息を吐き出すルクシオン・イザベルが黒いドラゴンの腹に蹴りを入れた。その直後、ドラゴンが咆哮する。その反動で窓ガラスが次々に割れていく。だが、ルクシオンは気にする素振りも見せず、素早く、ドラゴンの右腕を蹴り落した。
その直後、ドラゴンが右腕を振り上げようとする動きを察知したルクシオンは、咄嗟に体を後ろに飛ばす。
「結構強く蹴ったのに、骨折れてないなんて、強いね。でも、もう一発殴れば……」
そう呟き、拳を握ったルクシオンの動きが止まる。背後に複数の気配を感じ取った彼女は、舌打ちした。
「誰だか知らないけど、コイツは私の獲物だから、邪魔しないで!」
ドラゴンから目を逸らすことなくイラつく声を出した若い女に対して、現場に駆け付けたジフリンスは、剣を抜きながら、首を横に振った。
「いや。そういうわけにはいかないな。騎士団として、戦う義務がある」
「ウルサイ。それでも私は……」
その女の声を聴いたクルスはハッとした。その声と体つきは間違いなく、パラキルススドライで出会った女。聖なる三角錐という危険な錬金術研究機関に所属している女が目の前にいる。何をするのか分からない恐怖とは裏腹に、クルスの中で疑問が生まれる。
彼女は一心不乱に黒いドラゴンと相対している。その後ろ姿からは、欲望を感じることができず、怒りと憎しみが宿っているように見えた。
何が起きているのか理解が追い付かないクルスの隣から、ヘリスが剣を抜き、一瞬で姿を消す。
それから、数秒後、ドラゴンの眼前に飛び込んだヘリスが炎と光に包まれた大刀を振るう。その姿を目の当たりにしたルクシオンは舌打ちして、前方に駆け出した。
「お前、邪魔するな!」と彼女が叫ぶ間に、ドラゴンの首筋に斜めの傷跡が刻まれる。その痛みを感じ取ったドラゴンは、目を大きく見開き、左腕を前に伸ばす。
その手でヘリスを握ろうとするが、それよりも先に、ヘリスはドラゴンの前から姿を消してみせた。
「思ったよりも手ごわいにょん。どんな事情があるのか分からないけど、こんなドラゴンとたった一人で戦おうとするなんて、自殺行為だにょん」
ルクシオンの左隣に姿を現したヘリスの声を聴き、ルクシオンは前方を睨みつけた。
「ルスと同じヘルメス族か。固いドラゴンの首に切り傷を刻むなんて、中々やるわ」
「それを言うなら、お前の蹴りもスゴイな。よく見えなかったが、生半可な攻撃が通用しないドラゴンにダメージが入ってるぞ」
ルクシオンの隣でジフリンスが腕を組んだ。その直後、ドラゴンが長い尻尾を地面に叩きつけた。地面が揺らした黒龍が牙を鋭く光らせる。
「クルス。ボーっとしてないで、戦闘に参加するにょん。もうすぐあのドラゴンが熱風を吐き出すはずだにょん。威力は凄まじく、一息で火の海を作り出すほど強力な技が来るけど、その予備動作の数十秒間は動くことができないって本で読んだにょん。その隙を狙って、ジフリンスとそっちのお姉さんは首の傷を狙って攻撃。ドラゴンが熱風を吐き出す直前にオラがクルスを飛ばして、クルスの異能力で熱風を消し去ってもらったら、四人でイッキに叩く。それが作戦だにょん」
猛攻を繰り出すドラゴンに動きから目を逸らすことなく伝えられた作戦を聞き、ジフリンスとクルスは首を縦に振った。
「ちょっと、勝手に仲間に入れないで!
ルクシオンがイラつきながら、ドラゴンの前に飛び出す。その後ろ姿を見ていたユイはジフリンスの右肩の上から飛び上がり、首を傾げる。
「ヘリスちゃん。私は何したらいい?」
「ジフリンスと一緒に戦うにょん」
「了解。いくよ。ジフリンス。あまり時間ないみたいだから」
そう言いながら、ユイがジフリンスの右肩に降り立つ。
「ああ」と短く答えたジフリンスは、素早く足を動かし、女の後姿を追いかけた。その間に、斜め下に向けた剣に風が集まっていく。
「許さない!」と強く口にしたルクシオンが、飛び上がり、ヘルメス族の剣士が付けた傷に視線を向ける。そのまま、右足で傷口を狙い蹴りを入れると、ドラゴンの頬が膨らみ始めた。
一方で、動きが止まったドラゴンを目にしたジフリンスはドラゴンから一メートルほど離れた位置で立ち止まり、右手だけで持った剣を半円を描くように振り下ろした。
すると、斬撃が風と共にドラゴンの首筋に向かい、飛ばされていく。その合間を縫って、ユイも飛び上がった。
後方から近づく攻撃を察知したルクシオンは、咄嗟にドラゴンの首を蹴り、さらなる上空を目指す。
その直後、上空に飛ばされた斬撃の間からユイが飛び出し、右腕を傷口に伸ばした。そうして、ユイの右手がドラゴンの首の傷に触れた瞬間、堅そうな黒い首の肌が透明な液体に少しずつ変化していく。
ユイは体を旋回させると、飛ばされた斬撃がドラゴンの首に命中し、透明な液体が飛び散った。その瞬間、痛みを感じ取ったドラゴンが大きく口を開けた。その中では、炎の渦が生まれている。
それを見上げたヘリスは、右隣のクルスの右肩に手を伸ばした。
その瞬間、クルスは、ハッとした。一瞬でドラゴンの眼前に飛ばされたクルスの目に放出された炎が映り込む。咄嗟に右腕を伸ばし、数メートル規模の炎を消し去る。
そのまま左手を握ったクルスが顔に拳を打ち込む。その間にルクシオンが首を傷を狙い回し蹴りを叩き込んだ。すると、ルクシオンの体が回転しながら、透明な液体になったドラゴンの首を貫通する。
その穴を塞ぐように、ドラゴンの首まで瞬間移動で飛んだヘリスが、光で包まれた剣を突き刺す。
直後、痛みを感じ取ったドラゴンは咆哮した。だが、その巨体は動かない。
一方で、地上のジフリンスはドラゴンの首に向けて、斬撃を放った。それが全て傷口を斬り広げると、黒いドラゴンは動かなくなる。
「何とか、倒せたみたいだな」
そう呟き、ドラゴンを見上げたジフリンスが剣を腰の鞘に納める。それと同時に、ルクシオンとクルスが地上に着地し、ユイはジフリンスの右肩の上に降り立った。
「そうみたいだにょん」とジフリンスの右隣に姿を現したヘリスが首を縦に動かす。
その間に、ルクシオンはジフリンスたちに背を向け、離れていった。
「別に助けてくれって頼んだ覚えはないから」
そういう冷たい言葉を口にした彼女を見送ってから、クルスはジフリンスの右肩の上で体を休めるユイに視線を向ける。
「ユイさん。スゴイ能力ですね。ドラゴンの首を液体に変化させるなんて……」
「それを言うなら、クルスさんの能力もスゴかったよ。あのドラゴンの熱風を一瞬で消しちゃうなんてさ。まあ、私の場合は、融解しかできないっぽいから、すごく助かった。まあ、この能力は私の剣とも相性良さそうだから、元の姿に戻って、剣も握れるようになったら、スゴイ騎士になれそう!」
相変わらず明るく語るユイの隣で、ジフリンスは首を捻った。
「そういえば、さっきの若い女は何だったんだ? あのドラゴンを倒せたらそれで良いって考えてるみたいだった」
「そうだね。素材採取が目的じゃないみたい。兎に角、あのドラゴンを一緒に倒してくれたんだし、追いかけてちゃんとお礼言わないと……」
ジフリンスの疑問に同意したユイが呟く。丁度その時、ジフリンスの左手の甲が緑色に光り始めた。その変化に気が付いたジフリンスが、右手で左手の甲を押さえる。
すると、左手の甲の上に魔法陣が浮かび上がり、女の声が流れた。
「報告が遅れてすまない。イース・ブロブだ。例の洞窟へ向かっている間に、騎士団詰所が白いローブの錬金術師と二匹の黒いドラゴンに襲撃された。現在、詰所に待機していた第二班と連絡が付かない」
女の声を耳にしたジフリンスたちに緊張が走る。
「こちら、ジフリンス・グリーン。街に現れた黒いドラゴンの討伐完了。騎士団長、本当ですか?」
「ああ、どうやら、ジフリンスは無事のようだな。現在、私は白いローブを着た錬金術師と一匹の黒いドラゴンと交戦中」
「騎士団長。場所はどこですか? 加勢します!」
「相手は思ったより手ごわい。加勢してくれたら助かる。場所は南西の噴水広場」
「了解」と短く答えたジフリンスは近くにいるヘリスに視線を向けた。
「ヘリス。俺たちを南西の噴水広場に飛ばしてくれ」
「了解だにょん」と首を縦に振ったヘリスは両手を伸ばして、クルスとジフリンスの肩を触った。