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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十三章 少女の役目
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第84話 鰐鮫の観測手

「そういえば、そっちの右端の子は見覚えがありませんね」

 カリンの指示で動き出した右端の白いローブ姿のヘルメス族少女と顔を合わせたラスが首を傾げてみせた。

 すると、カリンが首を縦に動かす。

「そうですわ。彼女は、あなたと入れ替わるように入団した私の傍付きですのよ。彼女には、あなたの能力を打ち破るほどのチカラがありますわ」

「なるほど。それは興味深い」

 ラスが顎に手を置くと、ポリは白いローブを脱ぎ、その姿を敵に晒した。短く切られた黄色い髪と半透明の青い瞳が特徴的なその少年の身長は百六十センチほど。少し痩せた体に黒いワイシャツと黒い長ズボンを合わせた服装の彼は、ラスに対して、頭を下げた。

「礼儀。エルメラ守護団序列十八位。鰐鮫わにざめの観測手。ポリ・スクアーロ」


 淡々とした口調で身分を明かす初対面の相手に、ラスは目を丸くする。

「妙な喋り方をする礼儀正しい人だということは分かりました」

「感謝。あのルス・グースの妹と手合わせできるなんて、光栄です」

 両手を合わせて、優しく微笑む袖付きに対して、カリンは咳払いした。

「ポリ。挨拶はここまでにして、あなたのチカラを見せてあげなさい」

「そうだ。そうだ。熟語の兄ちゃん。早く加勢しろ!」


 相対するファブル・クローズが放つ黒い水晶を拳で弾くティンクの声を聴いたポリが頷く。

「失礼」と短く答えたポリが真下に右手の人差し指を向け、魔法陣を記す。

 ポリの真下の地面の上に落ちた黄色く輝く円は、地面に溶け込み、見えなくなる。

 その動きを横目で見ながら、ラス・グースは右手で握っていた水色の短銃を天に向けて発砲した。 

 放たれる水玉が一瞬で消失する間に、スシンフリが右手の薬指を立てる。そうして、召喚された黒色の槌を素早く叩き、真っ黒な太刀を手に取ったスシンフリは、真横にいるポリと視線を合わせることなく尋ねた。

「ポリ。どこを斬ればいい?」

「認識。一時の方角です」

「了解」と答えたスシンフリが片手で握っていた太刀が黒い気体を帯びる。どす黒いそれはスシンフリの右腕を飲み込んでいく。


 そのまま、ポリが指定した座標に飛んだスシンフリは太刀を斜めに構えた。

 放たれる黒水晶を一つずつ拳で砕くティンクの右斜め前にスシンフリが飛び込んできて、巨漢の五大錬金術師が思わず目を大きく見開く。

 右斜め前から何も見えない空間から水玉が放出されたのを視認したティンクの目の前で、スシンフリが太刀を振り下ろす。

 不意打ちで放たれた弾を自らの太刀を上下左右に素早く動かし、全て切り刻む。

 そんな陰影の騎士団長の姿を一歩も動かずに見ていたポリが深く息を吐き出す。


「提案。カリン様。アルカナ様を座標に飛ばしてもよろしいですか?」

「まあ、本人の許可があれば、いいんじゃないかしら?」

 立ったままで、アサルトライフルのスコープを覗き込みながら、カリン・テインが答える。

「了解。アルカナ様。ティンク様の盾になっていただけますか? 一歩も動かなくていいので……」

 ポリが背後を振り返りながら、アルカナ・クレナーと顔を合わせる。一方で、アルカナはポリの発言の意図が分からず、首を傾げた。

「どういうことよ? ここはアタシをティンクのボディーガードにした方がいいんじゃない?」

「却下。アルカナ様の絶対的能力は相手にバレています。それを考慮した作戦です。アルカナ様なら、戦場に送りこんでも、流れ弾で死ぬことはないでしょう」

「まあ、一歩も動かなくていいんなら、それでいいけど……」

「感謝」と呟いたポリの右腕が、アルカナの右肩に触れる。次の瞬間、アルカナはティンクの左斜め後ろの地点に飛ばされた。


 指示通り、その場から動こうとしないアルカナの姿を見たラスが、右腕で半円を描くように動かし、水玉を放つ。

「認識。六時から九時の方角の時空の歪み、消失しました」

「動かない盾ですわね。あの座標にアルカナを飛ばせば、あの方角からラスは攻撃を飛ばせなくなるのでしょう。予想通りの動きですわ」


 その直後、頬を緩めたブラフマが右斜め前に見えたアルカナの元へ駆け出す。

「アルカナ・クレナー。悪いが、わしの盾になってもらおうかの? お主の近くにおれば、ラスが放つ攻撃が当たらぬ! つまり、その隙を狙えば、ラスを倒すことも容易なはずじゃ!」

「もう、みんな。アタシを都合の良い盾に使わないでよ!」

 一歩も動かず腹を立てたアルカナに視線を向けたラスは、顎を左手で触れた。


「なるほど。どれくらいの範囲をカバーできているのかは分かりませんが、どうやら、彼は暗黒空間の配置や放出のタイミングを完全に把握しているようですね」

「そうですわ。鰐鮫の観測手。ポリ・スクアーロ。彼が得意とする高位錬金術は、半径一キロメートルの場の状況を観測するモノなのですわよ。時空の歪みから姿が見えない敵の隠れ場所まで、術式を発動すれば、手に取るように分かります」

「なるほど。どうやら、彼は僕の暗黒空間を打ち破る好敵手になりそうです」

 

 厄介な相手の顔をジッと見たラスの眼前に炎を纏った斬撃が飛んでくる。だが、それはラス・グースの体に当たることなく、虚空に消えた。


「確かに、そっちの方角からは攻撃を放てなくなりましたが、こうやってあなたの攻撃を吸収することはできるんですよ。ブラフマ」

「相変わらず守りが固いのぉ。ラス・グース」

 ブラフマが炎を纏う緋色の太刀の剣先をラスに向ける。



「認識。合計十六か所の時空の歪みを検出。その内の半数は、ラスの周囲を囲むように配置され、残りは一時、二時、三時、四時、六時、九時、十時、十二時の方角に不規則配置。その内、エネルギー反応があるのは、一時、三時、九時の三か所」

 早口で報告してくるポリの声を聞き逃さないカリンは、アサルトライフルのスコープを覗き込み、標準を一時の方角へ合わせる。

「了解しましたわ。はぁ」

「補足。ブラフマの斬撃を飲み込んだ時空の歪みが、十一時の方角へ移動。放出予測時間まであと五秒」

「了解。ボクも視認したよ」

「ティンクとファブルの一騎打ちの邪魔はさせませんわ!」


 次々と召喚されていく黒水晶を拳で打ち砕くティンクの気迫を近くで感じたカリンとスシンフリが背中合わせで立つ。

 そして、二人の目が時空の歪みを認識したのと同じタイミングで、直径一メートルほどの黒い円から水玉や炎の斬撃が放出される。


「はぁ」と息を吐き出すカリン・テインがアサルトライフルの銃口を、ティンクに向かい一直線へ飛ばされた水玉に向ける。引き金を引き、放たれた透明な水の弾丸が水玉を撃ち抜き、凍り付いた水滴が雨のように周囲へ落ちていく。

 同じように三時の方角から放たれるそれも撃ち抜く間に、カリンの背後にいたスシンフリが体を前方に飛ばした。

 右手で握られた黒の太刀を左右に振るい、九時の方角から飛ばされる水玉を斬撃で弾き落とすと、今度は体を半回転させ、十一時の方角から飛んでくる炎の斬撃を太刀で受け止める。

 そのまま黒の太刀を左右に振り、斬撃を横一文字に切断してみせたスシンフリは、深く息を吐き出した。


「スゲェって驚いてる場合じゃないな。あと一歩だ!」

 自分に加勢してくれる仲間に敬意を示したティンクが、首を力強く縦に振り、眼前に見えた助手の顔を睨みつけた。


「ファブル。俺がお前を助けてやる!」

 ようやく至近距離まで近づくことができたティンクが憤怒の一撃を助手の額に目掛けて振り下ろす。だが、その瞬間、彼の前からファブルの姿が一瞬で消えた。


「はい、そこまでです」

 ラス・グースの声に反応したティンクが前方を睨みつける。

 数十メートル先には、ラスに右肩を掴まれたファブルの姿があった。


「審判の日に必要な存在を、こんなところで壊すわけにはいかないでしょう? では、皆さん。また会いましょう!」

 頬を緩めたラス・グースと共に、ファブル・クローズも一瞬でティンクたちの視界から消えた。

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