第83話 絶望の狂戦士
数店の商店が立ち並ぶ場所で、二人の女が白いローブで身を纏う侵入者の影を捉えた。周囲には野次馬の姿もなく、冷たい空気が商店街の中に流れていく。
そんな中で耳を尖らせた白い長髪の巨乳錬金術師が、水色の淵の眼鏡の淵を持ち上げ、「はぁ」と息を吐き出す。
「ラス。飼い犬のしつけができてませんわよ」
「カリンさん。育て方が悪いと言いたいのなら、ルスお姉様に言ってください」
抗議するショートボブの低身長な黒髪好青年にカリン・テインが冷たい視線を向けた。
「それはそうと、暴れすぎですわ。みんなの商店が半壊状態になっていますわよ。流石、ルスが用意した絶望の狂戦士ですわね」
周囲を見渡し、瓦礫が散乱した街並みを瞳に映したカリンの声を聴き、ラス・グースが腕を組む。
「そうですね」と答えるのと同時に、水色の槌が召喚され、素早く叩かれた。その動きを察知したカリンも同様に黒い槌を召喚した。
その手の中に黒いアサルトライフルが召喚されると、カリンは早速長い銃口をラスに向ける。
ラスが手にしていた水色のハンドガンの銃口がカリンのライフルのモノと重なる瞬間、無風状態だった商店街に風が吹き出す。
その渦巻く風は円を描き、額に赤い水晶を埋め込まれた、黒い中折れ帽をかぶる黒髪パーマの青年の元へ飛ばされた。
だが、かまいたちは突如として召喚された黒水晶で弾かれてしまう。
「ふーん。ファブル。中々面白い能力ね。アタシと同じように、襲撃を意識しなくても、攻撃を防ぐなんて、ホント厄介な能力よ」
そう呟いたのは、背中からキレイな虹色の蝶の羽を生やした茶色いショートカットの貧乳低身長女子。五大錬金術師のアルカナ・クレナーだった。
「全てを壊す」
凍り付いたような赤い瞳でアルカナの姿を捉えたファブルが、彼女との距離を詰めた。
中肉中背のパーマ男の右腕が振り下ろされ、アルカナが瞳を閉じる。その瞬間、ファブルの打撃は瞬時に生成された白い菱形のバリアで弾かれた。
「ふーん。獣みたいに何も考えずに何度も攻撃を仕掛けてくるなんて、筋肉バカみたいだね。あのティンクの助手になった影響かな?」
瞳を開け、一心不乱に蹴りや殴りを繰り出すティンク・トゥラの助手と対面したアルカナが余裕満々な表情を浮かべる。
「全てを壊す」
「ふーん。バカの一つ覚えみたいに同じ言葉を繰り返すんだ。あの筋肉バカの助手になって、知能が落ちたのかな?」
「誰が筋肉バカだ?」
その声が聞こえた瞬間、アルカナの右肩に何かが触れた。その直後、どこかから闘争心がみなぎるような音楽が彼女の耳に届く。それと同時に、彼女の前に五つの影が並んだ。
「何、これ? チカラが強まってる」
「どうやら、これがリオの新しい高位錬金術の効果のようですわね。私のメッセージがちゃんと伝わったみたいで良かったですわ」
そう呟きながら、カリンは横一列の中心に並ぶまな板のように平らな胸を持つピンクのショートカットの少女に視線を向けた。
すると、その少女が背後を振り替えり、冷酷な赤い瞳を彼女に向けた。
「この現状なら、リオよりボクの方が適任だと思ったのさ。あの術式なら、敵にもリオの高位錬金術の効果が及ばないからね」
「正解ですわ。スシンフリなら私の意図を理解してくれると信じていました。それはそうと、ステラとブラフマも来たのですね? 私はあなたたちを呼ぶつもりはなかったのですが……」
「あのラスちゃんが男になったと聞いたです。その顔を拝みにきたのですよ」
スシンフリの左隣にいた水色のメイド服を着た少女の答えを聞いたカリンが頷く。
「なるほど。それはそうと、あのラスが男になっているのなら、ルスはどんな変化をしたのかしら?」
「ルスお姉様は、小さな女の子になりました」
正直なラスの答えを聞いたステラの表情が緩む。
「まさか、答えてくれるとは思わなかったです。今度は小さくなったルスにも会ってみたいです」
一方で、スシンフリの右端にいたティンク・トゥラは背後を振り返り、アルカナの顔を睨みつけた。
「まさか、聞かれていたなんてね」と苦笑いしたアルカナからティンクが視線を前方に向ける。それから、彼は首を縦に動かし、両手を広げながら、一歩を踏み出した。
「ファブル。まさか、お前が生きていたなんてなぁ。信じられねぇ」
「全てを壊す」
真っ赤な冷酷な瞳に大柄な男の姿を映し出したファブルが、拳を握り、ティンクの元へ駆け出す。
「うわあああああああああああぁ」と悲鳴を出しながら振り下ろされる右拳を、ティンクは難なく受け止めた。
「おいおい。いきなり殴るなよ。拳を交えることで、再会の喜びを分かち合いたいって気持ちは分からなくもないがな」
「全てを壊す」
痛い素振りを見せないティンクは、受け止めていたファブルの右手を強く握り、攻撃を仕掛けてくる助手を睨みつけた。
「ファブル。いつからそんなクソ野郎になったんだ? 拳を交える意志を見せてない俺を、どうして蹴ることができる? 答えろ!」
怒りをぶつけられても、ファブルは攻撃の手を止めることはなかった。
「ティンク。ダメですわ。あなたの声は、もう届いていません」
後方からカリンの声を聴いたティンクの顔が強張っていく。
「氷の姉ちゃん。何か知ってるんなら、教えてくれ。俺が知ってるファブルはこんなクソ野郎じゃなかったんだ」
背後を振り返ることなく尋ねた巨漢の声を耳にしたカリンは目の前に見えるファブルから視線を逸らしながら、首を縦に動かした。
「ティンク・トゥラ。あなたの助手は、ルス・グースの人体実験の被験者にされたのですわ。今回の襲撃は、エルメラ守護団に実力をアピールするためのパフォーマンスなのでしょう」
「つまり、もう一人の侵入者っていうあの兄ちゃんが、ルスとかいうクソ野郎の仲間ってことか?」
カリンが答えるよりも先に、体を前方に飛ばしたティンクが、怒りを瞳に宿し、駆け出した。左方で一歩も動こうとせず、仲間の暴走を傍観している黒いショートボブの少年に向かい、強く握られた拳を振り下ろす。
「答えろ! 俺の助手に何をしやがった!」
だが、その憤怒の一撃は虚空に消えてしまう。涼しい顔で眼前に現れた巨漢の五大錬金術師と顔を合わせたラス・グースは不敵な笑みを浮かべた。
「ルスお姉様をバカにした罰です」
その少年の声を聴いた瞬間、ティンクの体に衝撃が走った。後方から見えない一撃を叩き込まれた巨漢は、痛みに耐えるために歯を食いしばった。
「えっと、誤解されたかもしれないので、一つ訂正させてください。あなたの助手がルスお姉様をバカにしたから、あのような狂戦士になったのではありません。あなたがルスお姉様をバカにしたから、不意打ちで反撃したのです。それと、先程の質問の答えですが、彼があの黒いチップの適合者だったからです。理性を失い、ただ目の前に見えるモノを敵味方問わず壊す。絶望の狂戦士。審判の日に必要な存在です」
「不意打ちの兄ちゃん。お前もクソ野郎だってことが分かったぜ」
「そのクソ野郎という呼び方、やめていただけますか? 全ては審判の日を滞りなく遂行するためなのですから」
「なるほどです。それがラスちゃんの絶対的能力のようですね」
チラリと斜め前に佇むラス・グースの顔を見たステラが腕を組む。
その右隣でブラフマは首を縦に動かした。
「うむ。あの能力は、わしを苦しめた恐ろしい能力じゃよ」
すると、ブラフマの存在に気が付いたラス・グースが不敵な笑みを浮かべる。
「ブラフマですね。まさか、こんなところで会えるなんて思いませんでした。ルスお姉様の話は本当だったようですね。偶然居合わせたあの子が、ブラフマを助けたって聞きました」
「お主、耳が早いのぉ。どこでわしが生きとることを知ったのじゃ?」
「耳が早いのは、僕じゃなくて、ルスお姉様ですよ。まあ、このヘルメス村の中にアソッド・パルキルスが隠れていることも分かっていますが、目的は彼女じゃなくて、パフォーマンスですから、ご安心ください」
両手を左右に振る仕草を見せたラスをティンクが睨みつけた。
「氷の姉ちゃん。俺はシルフで戦闘マシーンに変えられた美人の姉ちゃんと戦ったことがある。あの時は術者を倒したら、元に戻ったんだ。だから、そのルスとかいうクソ野郎を倒せば、ファブルも元に戻るんじゃないのか?」
「残念ながら、それは無理ですわ。あなたの助手に施されている術式とディーブの術式は系統が違います。どちらかと言えば、虚無の騎士。言葉と意思を失う代わりにチカラを得るあの黒騎士の鎧の上位互換のようですわね。おそらく、あの額に埋め込まれた赤い水晶を壊せれば、元の姿を取り戻すことができると思うのですが……」
後方からカリン・テインの声を聞いたティンクは力強く右手の拳を握り締めた。
「分かった。あの水晶をぶっ壊せばいいってことだな? そんなの余裕だ!」
先走る五大錬金術師の大男が、瞳を燃やし、冷酷な瞳のファブルの元へ駆け寄った。その後ろ姿を見ていたカリンが、溜息を吐き出す。
「ティンク。まだ話は終わっていませんわよ。ポリ、スシンフリ。後方支援しなさい」