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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十二章 大都市占拠
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第77話 色彩の盗賊と憤怒の一撃

目の前の巨大ドームへと足を踏み入れようとした瞬間、ティンクとアルケミナの耳に拍手と甘ったるい声が届いた。


「街を逃げ回っているのかと思ったら、わざわざスシンフリ様の根城にやってくるなんて……」


 警戒して周囲を見渡すアルケミナの目に白いタバコを咥えたお河童頭の少年の姿が飛び込んできたのは、数秒後のこと。

 耳を尖らせた少年の隣では、瞳に涙を浮かべた黒髪ショートカットの若い女性が体を震わせていた。


 連れてこられた女の子を一瞬見たティンクが、真剣な顔で少年に尋ねる。


「お前がディーブ・ロコヴァか?」


「そうですよ。その闘志に満ちた顔、スシンフリ様の仲間になりに来たわけじゃないみたいですね? まあ、いいでしょう。これを見たら、考え方を変えるはずです」

 

苦笑いしたディーブは右手で円筒状の半透明棒を握り締めた。

そのあとで左手の人差し指を立て、咥えていたタバコに近づける。

すると、タバコの先端に小さな炎が宿り、青い煙が昇った。

そして、連れてきた怯える若い女性の背後に回り込み、首に手刀を食い込ませた。


一瞬のうちに女性が倒れていく。

そんな出来事を見せつけられたティンクはディーブを睨みつける。


「何してるんだ! お前!」

 怒りをぶつけるように拳を握りしめたティンクが駆け出す。

 そんなことを気にしない、ディーブは前に倒れそうな女性の前髪を左手だけで無理やり引っ張った。

 それから、膝立ちのような姿勢にさせた若い女性の顔に、自分の顔を近づける。

 

「イ……ヤ……ヤ……メ……テ……」


 朦朧とする意識の中で若い女性は小刻みに体を震わせた。

 ディーブが咥えていたタバコから放出されていく青い煙は、女性の鼻の穴から吸い込まれていく。

 それを待っていたかのように、頬を緩めたディーブは、右手で握っていた半透明の棒を女性の首に押し当てた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 顎が外れそうなほど大きく口を開けた女性の悲鳴が響く。

 全身を電流が駆け巡り、全ての筋肉が収縮を繰り返す。


「やめろ!」と叫びながら、間合いを詰めたティンクが、瞳に捉えたヘルメス族の少年に拳を振り下ろした。

 それよりも早く女性の前髪から手を離したディーブが左手を後ろに伸ばす。

 そうして、彼はティンクの拳を歯を食いしばりながら受け止めた。


「かなり痛いですね。ここまで体に響いたのは、初めてです」


 そんな声を聴いたティンクの視界からディーブの姿が消える。

 その間に、ティンクの目の前で肌に電気を帯びせた女性がうつ伏せに倒れていった。

 慌てて女性を支えたティンクが周囲を見渡すと、突然、五大錬金術師の腹に拳が食い込んだ。

 その衝撃で、ティンクは体を後方に飛ばす。

 まさかと思いながら、前方を見たティンク・トゥラは奥歯をかみしめた。


 その視線の先は、虚ろな目で拳を握る若い女性がいた。

 ディーブに痛みつけられていた黒髪ショートカットの若い女性の瞳からは涙や恐怖が消えている。

 

 いつの間にか、女性の右隣に姿を見せたディーブは、咥えていたタバコを地面に捨てた。

 

「その子に何をした!」

 怒りを込めてディーブを睨みつけたティンクに対し、ヘルメス族の少年は苦笑いする。


「戦闘マシーンに変えてあげました。シルフで一番かわいい女の子を。他の人格を植え付ける術式を失敗したら廃人になっちゃうけど、相手が五大錬金術師なら仕方ないでしょう。失敗したら、別の使い道を考えればいいだけのこと。これでティンク・トゥラとアルケミナ・エリクシナをスシンフリ様の元へ差し出せたら、褒めてもらえます。スシンフリ様の役に立てたんだって思うと、すごく嬉しくなりますよ」


 照れ顔でペラペラと話すディーブをティンクが睨みつける。

「まさか、お前がこんな狂った計画に参加しているのは、スシンフリに認められたいからか?」


「そうですが、狂った計画っていう表現は訂正してほしいですね。煙が充満した空間に閉じ込めた人々に電気を流し、全てを奪うのは、最高のエンターテインメントなんです。この子のように少しずつ記憶が奪われていくことに怯える人を見たら、興奮して夜も眠れません。偽の記憶や人格を植え付けられ、絶対服従を誓わされた人々の上に立つ快感も忘れられません」


 ディーブは隣に立つ女性を指差しながら、ニヤニヤと笑った。

 それを見たティンクは怒りで体を震わせた。


「二千万人以上の人間を洗脳して、全てを奪う計画が狂っていないだと? ふざけるな!」


「その通り。絶対に許せない」

 無言で一部始終を見ていたアルケミナが口を開く。その右隣で闘志と共に怒りを瞳に込めたティンクが拳を握る。


 それに対し、ディーブは冷静な表情で、両手を叩いた。

「哀れですよ。スシンフリ様の素晴らしさを理解できない筋肉バカは」


 ディーブは真面目に答えながら、黄色い玉を地面に落とす。

 その衝撃で、周囲に黄色い煙が漂い始めていく。

「この現象……」

 ティンクの右隣で現象を目の当たりにしたアルケミナが小声で呟く。

 その直後、ティンクの眼前にディーブの顔が飛び込んできた。


 それからすぐに、ティンクが素早く拳をディーブに振り下ろす。だが、その手は止まった。

 目の前に飛び込んできたのは、ディーブの顔ではなく、ディーブが連れてきた黒髪ショートカットの若い女性。

 拳が女性の体に捩り込まれる寸前で動きを止めた状態で、ティンクは眉を潜めた。

 その直後、女性がティンクの腹を蹴り飛ばした。


 すると、ティンクの背後からディーブの声が届く。


「スシンフリ様に教えていただきました。ティンク・トゥラの弱点」

 ティンクが背後を振り返った先で、ディーブはニヤニヤと笑っていた。

「何をしやがった? 俺は目の前にいたお前を殴ろうとしたのに……」


「さっきの黄色い煙玉が原因。あれの効果は人間の方向感覚を麻痺させる」

 アルケミナの分析を聞いたディーブは頬を緩ませる。


「正解。外へ逃げようとしたシルフの住民たちを街の中に閉じ込めるために使ったヤツなんだけど、こうすれば盾としても使えるんです。ティンク・トゥラは女性に弱い。それに、操られただけの無抵抗な人々を殴ることもできない。他の人格を植え付けたって言っても、筋力までは強化できないからダメージは申し訳程度しか稼げないけど、この子がいるだけで、ティンク・トゥラは何もできなく……」


 言い切ろうとした時、ディーブは目を大きく見開いた。地面は小刻みに揺れ、目の前にいる巨漢の背中から禍々しい何かが放出されていく。


「お前は、こんなかわいいお姉ちゃんを利用した卑怯者だ」

 瞳を燃やしたティンクと視線が合った瞬間、ディーブの体が小刻みに震えた。顔も青白くなっていき、視線を逸らす。

 一歩も動けないディーブの姿を瞳に映したティンクは、黒く焦げたような茶色い槌を振り下ろした。


 すると、地面に刻まれた魔法陣がひび割れ、そこから鋭く尖った岩が連なって出現していく。

 震える地面の上で、戦闘マシーンに変えられてしまった女性が体勢を崩した。

 背中から地面に叩きつけられた女性の体に衝撃が走る。

 

「見つけたぞ」

 そんな巨漢の声を背後で聞いた瞬間、ディーブの背筋が凍り付く。体が思うように動かせないヘルメス族の少年を軽く持ち上げたティンクは、目の前に現れた岩々に視線を向けた。

 そうして、ディーブの体を強く掴み、そこに向かって駆け出す。

 迫りくる鋭い岩に戦慄する暇すら与えず、ディーブの体は鋭く尖った岩に叩きつけられた。

 その衝撃で、岩の細かい破片が周囲に散らばっていく。

 それと同時に巻き添えを食らった女性も意識を失った。


 ふんと鼻で息を吐いた直後、ティンクは鋭い視線を感じ取った。その視線を追うと、離れた位置でアルケミナがジド目になっていた。

「それを使うなら、先に教えてほしかった。咄嗟に安全な場所まで全速力で逃げたから疲れた」

 荒い息を吐くアルケミナがティンクの元へ歩み寄る。それを見て、ティンクは苦笑いした。

「悪い、つい怒りで我を忘れてしまった。でも、こうやってディーブを倒せたからいいだろう。確か、コイツを倒したら、みんな元に戻るんだったよな?」


 そう言いながら、ティンクは地面で仰向けの状態で倒れているディーブを見た。小刻みな痙攣を起こしたディーブは、全く起き上がろうとしない。


「ご……めん……」

 そんな声がドーム入り口前で響いた直後、静寂に包まれた空間で音が弾けた。

 癒しを与えるような音色が響くと、ディーブ・ロコヴァが起き上がった。

 それと同時に、ピンク色のショートカットのヘルメス族少女が姿を現す。

 ピンク色のショルダーキーボードを肩から掛けた彼女を見たディーブは、目を丸くした。


「リオ様!」

 そうディーブが呼ぶと、リオはゆっくり微笑んだ。

「ディーブ。あなたを助けにきました」

 そう語り掛けた後で、リオが空を見上げる。

 

 前方を塞ぐ巨大氷壁の遥か彼方のビルで光る何かを瞳に捉えたリオは、一瞬頬を緩めた。

 それからすぐに、リオは腰を落としてディーブの背中に触れた。


 そして、ディーブがリオと共に、アルケミナたちの視界から一瞬で消える。



 

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