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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十一章 エルメラ守護団
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第68話 神殿の魔術師

 いくつもの鎖が体に巻き付いた少女の瞳に光は宿っていなかった。彼女は虚無を見ている。

 そんな彼女を見て、一人の巨乳少女が立ち上がった。諦めないという強い意志を瞳に宿した彼女は、右手を伸ばす。しかし、その手は、すぐにメイド服の敵に掴まれた。そのまま、腕を捻られ、助けの手は封じられてしまう。


「そんなに助けたかったら、私を倒してからにしてほしいです。少なくとも、私を一発殴ってからじゃないと、一歩も通さないです」

 余裕たっぷりな表情でそう告げるステラは、クルスの腕を離さない。一方で、幻術で作り出したメルたちは一斉に、ステラの方へ視線を向けた。

「ステラ。その凡人の仲間は封じ込めたから、もうメルの出番ないよね? そろそろ眠たい」

「……そうですね。じゃあ、これで終わらせます」


 そう言いながら、凡人の手を離し、体を翻す。それと同時に頭に強い衝撃が加わった。成すがまま倒れたクルス・ホームは体を痙攣させた。もはや立ち上がることすらできない。目の前でアソッドが囚われているにも関わらず、何もできなかった。そんな後悔に襲われた五大錬金術師の助手を見て、ステラ・ミカエルは冷たい目で嘲笑う。


「私たちに一矢報いることもできないなんて、無様としか言えないです。その程度のチカラしかないのに、大切な人を守りたいなんて笑止です」

「ま……だ……」という声が聞こえ、ステラはハッとした。そこには、最初に戦った時と同じクルス・ホームがいた。立っているだけで精一杯なはずなのに、心は折れていない。

 そんな五大錬金術師の助手の胸に、アルケミナを最凶の敵から守りたいという強い意志が宿る。


「諦めなさい……」

 いつもの語尾で締めくくろうとした瞬間、ステラ・ミカエルは異変に気が付く。目の前にいる凡人の体に一筋の光が届いている。それが発しているのは、メルの術式で囚われているアソッド・パルキルス。

 鎖はボロボロな砂になり崩れていく。いつの間にか、アソッドの瞳に光が宿り、天井や壁には無数の魔法陣が刻まれる。なぜか、白いローブで身を包み込んでいるアソッドの手には、長方形の本があった。

「ウソ……」

 驚愕の表情を浮かべるメル。一方でステラの表情から余裕が消えた。


「どんなに死にかけても、諦めない。そんな人が弱いわけないです」

 凛とした表情のアソッドが両手を前に伸ばす。十本の指先に光が集まっていく。 そして、至る箇所に刻まれた魔法陣から光の帯が伸びていき、複数のメルたちの体を包み込んでいった。次の瞬間、床に数十体の人形が転がった。同時に、白い煙が漂い始め、人形だったモノが老若男女様々な人間の形に変化していく。


「光帯監獄術式に癒神の手の効果を上乗せして、一斉に浄化するなんて、流石です」

「くふふん。幻術でメルを増やせなくなったけど、こっちには幻影の魔人もいるんだよ。今のあなたは、偽者を一掃するだけで精一杯♪」

 ステラの背後で、メルの姿が浮かび上がった。全てを見透かしたようなメルの瞳を見たアソッドの心臓が強く震える。

「はぁ。はぁ。はぁ」

 強く胸を押さえたアソッド・パルキルスは、虚ろな瞳を光らせる。それから右手を立っているだけで精一杯なクルスの方に向けた。そんな姿を見て、ステラはため息を吐き、一瞬でアソッドの背後に回り込む。


「こんなところで死んだらダメです。なぜなら、あなたには大切な役目があるのですから……」

 アソッドの耳元で囁き、首に手刀を打つ。すると、アソッド・パルキルスは、まるで糸が切れた人形のように倒れた。その直前、指先の魔法陣を彼女は飛ばす。


「ステラ……」

 不安そうな顔でメルはアソッドの傍に立つステラの顔を覗き込む。それを見て、ステラは胸を張った。

「大丈夫です。気絶しているだけです。ただ、このままだと……」

「やっぱり、この問題はヒュペリオンを意図的に呼び出した失踪中の五大錬金術師に任せたほうがいいと、メルは思うな。ステラは、どう思う?」

「そこまでです。どうやら、アソッドの置き土産が発動したみたいですね」


 何のことかと思いながら、メルはステラの視線を追う。その先には、体を発光させたクルス・ホームが立っていた。手足の震えも消えた五大錬金術師の助手は、ジッと前だけを見つめている。

 そんなクルスの周りを白い霧が漂った。それが集まっていき、醜い魔人が爪を光らせる。魔の手が迫るよりも先に、クルス・ホームは無言で動いた。今までとは違う速さでメルに迫り、彼女の右手首を掴む。それに取り付けられたブレスレットに触れた瞬間、幻影の魔人は姿を消した。

 安心という文字が顔に浮かんだ巨乳少女の腹に、ステラが回し蹴りを入れる。クルスの体は後ろに飛ばされた。


「まだ体の使い方が下手です。その程度の力で、ラスちゃんを倒すなんて、バカは休み休み言ってほしいです」

 後ろへと飛ばされたクルスは、三歩下がったところで止まった。そのあとで、拳を作り、体を前に飛ばす。

 突撃してきてもなお、ステラは一歩も動かない。瞳を閉じ、右手に捩り込んでくる拳を受け止める。

「思ったより痛かったです。まあ、認めてあげてもいいですよ」

「ステラさん。もしかして、稽古をつけてくれるんですか?」


 まさかな一言に、クルスは目を丸くした。だが、クルスとは裏腹にメルは腑に落ちない表情を見せる。

「いつもなら、完膚なきまで叩きつけるところなのに、なんで……」


「最後の一撃から本気が伝わってきたからです。ちゃんとした格闘技を仕込んだら、強くなると思います。その代わり、五大錬金術師に会わせてもらうです」

「分かりました。一か月後にウンディーネで会う約束になっているので、一緒に来たら会えると思います。それとも、一か月後じゃ遅いんですか?」


 五大錬金術師に会いたい理由も気になりながら、クルスは真面目に答えた。すると、メルが唸り声を漏らす。

「うーん。一か月後まで先延ばしだとキツイってメルは思うな。ここは、事情を知ってる守護者の誰かを派遣して、対策を考える時間を与えないと……」

「だったら、シルフに行ってください。先生は今頃、そこにいるはずです。ティンクさんやアルカナさんもいます」

「……あと一人ですね。居場所が分かるなら、すぐにでも準備したほうがいいです。誰をシルフに送り込むのかは、あとで考えるとして……」

「だから、何のことですか? ちゃんと説明してください」

 気絶しているアソッドに視線を向けながら、クルスが尋ねる。

「アソッドが目を覚ましたら、全てを話すです。村にいるブラフマにも話さないといけないので。さて、問題は彼らです。メルの幻術で人形にされていた彼らをどうするのか? 考えなくてはいけないです」


 うつ伏せの状態で倒れている人間たちを瞳に映しだしたステラが首を傾げる。そんな彼女を見てクルスは右手を挙げた。

「元々いた場所に帰してくれませんか? この中には、妹の病気を治したかった人もいます。兄か姉かは分かりませんが、そんな優しい人が急にいなくなったら、とても悲しみます。だから、お願いします。また支配しないでください」

 優しき者が頭を下げると、メルは眠たそうな目で気絶している人間たちを見て、欠伸した。

「くふふん。これだけの人間を一度に人形にしたら、熟睡して一か月くらい起きれなくなるなっちゃうよ。みんな眠ってる今なら、簡単に人形の姿に戻せそうだけど、それだけは勘弁してほしいから、今回は特別に逃がしてあげようかな?」



「ホントですか? ありがとうございます」

 クルスがメルに頭を下げる。

「あとのことは、アイリスとメルに任せるとして、そろそろヘルメス村に戻るです」


 ステラ・ミカエルがクルスに背を向ける。謎を残したまま、修行が始まろうとしていた。





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