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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十一章 エルメラ守護団
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第66話 夢幻の僧侶

 アイリスと手を繋ぎ一直線の道を数十歩進んだ先に、開けた空間があった。目の前に階段のある半円状の空間で、アイリスはようやくクルスの手を放す。そこにあるのは鏡台とピンク色で長方形の衣装ケース。早速、衣装ケースから半そでの紫色Tシャツとシンプルなデザインのチェック柄スカートを取り出したアイリスは、グルリと体を回転させクルスと視線を合わせた。


「さっきの楽しかったわ。荒削りな印象だったけど、まさか私が追いつめられるなんて、油断したわ」


 もはやクルスにはアイリスの声は届いていなかった。ドレスを脱ぎ、下着姿になった少女を前にして、五大錬金術師の助手の顔は一瞬で赤く染まってしまう。そんな挑戦者の異変に気が付き、アイリスは目を丸くした。

「私と同じ女の子だよね?」

「違います。僕は男です」

「ああ、システムの不具合で性転換した絶対的能力者か。私のバックダンサー壊したのは、その能力ってことね。私の自動修復術式が通用して助かった」

「納得してないで、服を着てください!」 

 クルス・ホームが腹を立てた後、アイリス・フィフティーンは思わず両手を振った。


「まあまあ、そんなに怒らないで。太田芸流十字架を初見で受け止めるなんて、普通の人にはできない芸当。あの技で仕留める予定だったのに」

 戦闘を振り返りながら、アイリスはスカートを履く。一方でクルスの頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。

「太田芸流?」

「極東の国々に伝わる剣術ね。ある国を旅していた時に初めて見て、戦闘に取り入れたんだ。棒状の光る剣を使って、敵を斬り倒す」

 紫色のTシャツの袖を通すのと同時に、遠くから「アンコール」という大声が聞こえてくる。それが彼女の耳に届き、アイリスは両手を叩いた。

「そろそろ、みんなのとこに戻らないと。あっ、もう次の階層、行ってもいいよ。次の出番までの話し相手になってくれて、ありがとね」

 着替えが終わり、鏡台の前で体を一回転させたアイリスは、クルスに頭を下げる。少し遅れて、クルスも頭を下げ、そのまま階段の方へ足を進めた。


 

「あと二人、折り返し地点ですね。凡人のクセに生意気です」

 塔の最上階でステラ・ミカエルは階段を登るクルス・ホームの姿を掌に浮かべた水球に映し出す。アソッド・パルキルスは手にしていた本をパタンと閉め、視線をステラに向ける。

「聖人の能力について。分かりやすい解説本でした。絶対導守って能力はちょっと怖いです」

「相手を思い通りに動かすアレですね。使い方を間違えたらいけない能力です」

 その意見に同意し、本をステラに返したアソッドは、首をひねる。

「そろそろ、教えてくれませんか? 最初に会ったとき、あなたは私の苗字を聞いて、変な顔になりました。なんでそんな顔をしたんですか?」

 度重なる疑問の果て、ステラが唸る。


「……まだ確証はないです。だから、確かめる必要があるです」

 アソッドの背後に立ったステラは、右手で彼女の背中に触れて見せた。

「ちょっとくすぐったいですよ」

 ステラの囁きが耳に届いた瞬間、アソッドの瞳は虚ろになった。両手を見ると、肌が青白く光っているのが分かる。彼女の背中には、青白く光る複雑な魔法陣が表示されていて、ステラはそれに触れながら、瞳を閉じていた。


「あっ、やっぱり、そういう運命なんですね。大体分かったです」

 何かを確信したような表情のステラは、アソッドの背中から手を放す。それと同時に、背中の魔法陣と体を包み込む青白い光は消え、アソッドの瞳は元に戻った。

「何が分かったんですか? 教えてください」

 真実を追求するアソッドと顔を合わせたステラは、思わず視線を逸らす。


「まだダメです。あなたには、私が知っていることを受け止める覚悟がないです」

「そんなことありません。私は自分のことが知りたいんです。お願いします」

 頭を下げる彼女を見て、ステラは溜息を吐いた。

「分かったです。じゃあ、ここにあのポンコツが辿り着いたら、私が知ってることを全て話すです。でも、次の階層の守護者に敗れたら、何も話しません。これでどうです?」


「分かりました。クルスさんは、次の相手に勝って、ここに来ると思います」

 自信満々な答えを聞き、ステラは不敵な笑みを浮かべる。

「無理です。次の相手に勝てるわけがないです。今までの無能な守護者とは違います。私を一発も殴れなかった時点でお察しです」

「無能って……」

「あんな凡人に負けたから無能です。それに比べて、夢幻の僧侶は有能です。いくつか問題があるのも事実なのですが……」


 十分ほどでクルス・ホームは第三階層に辿り着く。目の前にある木製のドアを開け足を踏み入れると、異様な空間が広がっていた。今までと同じ円状の空間で、広さも同じ。違うところといえば、部屋の中央にフカフカしたベッドのようなものが置かれていること。壁や床まで白い石で構成されていること。そして、黒と白のシマシマ模様の服を着ている囚人の人形が、数十体も散らばっていること。


 この階層を守る錬金術師はどこにいるんどだろうかと、クルスが探していると、ベッドの上で何かが動いた。何回か寝がえりを打ったあと、それは欠伸をしながら起き上がる。

 眠たそうな目をした黒髪短髪少女は、白いローブを着ている。


「エルメラ守護団序列八位、メル・フィガーロ。別名、夢幻の僧侶」

 メルと名乗ったヘルメス族の少女は、一瞬消え、クルスの眼前に姿を見せた。その右手で床に触れたあと、彼女は欠伸する。すると、床に魔法陣が突然映し出された。


「夢幻監獄術式。疲れた。眠りたい」


 そう囁いた後、メルはベッドの上に瞬間移動し、体を丸くして、布団にくるまった。それから、次の瞬間、黒く光った魔法陣から、漆黒の檻が一瞬で生成されていく。周囲が多くの黒き鉄で覆われた長方形の檻の中の囚われ人は、目の前の鉄格子に手を伸ばす。しかし、その手で触れようとした瞬間、鉄格子は黒い煙となって消えた。


 理解が追い付かないが、クルスはそのままメルの元へ足を進める。しかし、天井から降りてきた二本の黒煙は、挑戦者の両手首に纏わりつき始める。

 驚き、足を止めた瞬間、黒煙は冷たい鎖となり、クルスの両腕を吊し上げた。両腕を斜めに高く上げさせられた囚人は、檻の外へ出ることすらできない。手首の鎖に引っ張られ、行動範囲も制限される。


「今までのヤツ、みんな見てたよ」

 突然クルスの前に木の杖を持ったメルが現れ、瞼を擦りながら、悪戯な笑みを浮かべる。

「あなたは、ヘリスの時も、アイリスの時も、手で触れた物質を不思議な力で壊してた。だったら、その能力を封じたらいい。そんな感じに拘束されたら、手も足も出ないでしょう。鎖を指で触れて壊すこともできない。じゃあ、そろそろ終わらせて、今度こそ寝る!」


 何前触れもなく、冷たく鋭い殺気がクルスの心に突き刺さった。全身に鳥肌が立ち、体も小刻みに震える。そして、次の瞬間、クルス・ホームは目を大きく見開いた。メルの右隣には、トール・アンの姿があった。冷酷非情な波動で身を覆う忌まわしき錬金術師は、ボロボロに傷つけられた銀髪幼女の前髪を左手で掴んでいる。それは、アルケミナ・エリクシナだった。


 トールは白い歯を見せ、右手で握られた鋭いナイフを握り、笑っていた。「やめろ!」とクルス・ホームが叫んでも、トールは手を止めない。何度も動けない幼女に傷を付けていくのを、ただ黙ってみていることしか、クルスにはできなかった。

 

 痛めつけるのに飽きた錬金術師は、凶器を床に捨て、見覚えのある槌を取り出す。軽い体を宙に飛ばし、あの槌を振り下ろす。空中に百本のナイフが召喚された瞬間、クルスの顔は青ざめていく。百本の凶器は、一斉に落下していくアルケミナに向け放たれようとしている。


 このままでは、アルケミナ・エリクシナは死んでしまうとクルスは分かっているのだが、鎖が邪魔で助けることすらできない。それはどんなに強く引っ張ってもビクともしない。メルの言う通り、これでは指で触れて鎖を壊すことなんて不可能。それでも、クルス・ホームは諦めず、絶対的能力を使う覚悟を両手に込める。


 百本のナイフがアルケミナに向け放たれた瞬間、上に伸ばされていたクルスの両腕がストンと落ちた。よく見ると両手首に纏わりついていたはずの鎖が消えている。

「まさか……」


 ある仮設が頭に浮かんだが、今はそれどころではないと思ったクルスは首を横に振り、落ちていくアルケミナを掴むため、飛び上がる。右手で軽い幼女の体を掴むと、飛んでくるナイフに向け左手を向ける。百本の凶器を数十本絶対的能力で壊し、そのまま床に着地。


 間一髪で助けることができたクルスは、唖然とするメルに視線を向け、頭を下げる。

「僕は勘違いしていました。僕の絶対的能力は、手や指で触れた物質を無にするんじゃなくて、体で触れた物質を無にする。初めてこの能力を使ったときに気が付くべきだったんです。メルさん。気づかせてくれて、ありがとうございます」


「ウソ……な……レ……」


 クルスの話が耳に届かないほど、メル・フィガーロは動揺してしまう。一方でメルの隣にいたトールは、クルスとの距離を詰めるため、駆けていく。

 その動きに反応したクルスは、迎え撃つ姿勢になった。振り下ろされる敵の拳を受け止め、すかさず、蹴りを入れる。だが、敵の体は煙のように消えてしまった。それと同じタイミングでメルは声を漏らす。


「あっ……」

 直後、メル・フィガーロの顔は苦しみによって歪んだ。彼女の体は白い霧に包まれていく。

「違……う……助……け……」


 声もかすれ、言葉も途切れ途切れになっていく。心配になったクルスは、メルの元に駆け寄ろうと足を動かす。だが、発生した霧が充満していき、優しい挑戦者の視界を遮る。

「メルさん。大丈夫ですか?」

 そう叫びながら、霧の中を駆ける。その数メートルの距離のはずなのに、辿り着けない。

 

「くふふん。まさか、メルの惰眠を邪魔する人が出てくるなんて、想定外だわ。大体、本物が出てくる前に、終わってるのに……」

 どこかからメルの声が聞こえてきて、クルスは安堵する。しかし、その直後、トールと似ている鋭い殺気を感じ取り、目を大きく見開いた。

 霧が晴れていき、少女の姿が浮かび上がる。


「メルさん、何が……」

 心配の表情でメルの姿をクルスは見た。だがしかし、そこにいたメル・フィガーロは、手にしていた囚人の人形をクルスに見せつけながら、怪しく笑う。

「くふふん。あなたが助けようとしたメルは、私が創造した幻。この人形を媒介にしてね」

「媒介って……」

「そう。あなたはこの人形をメル・フィガーロだと幻術で思い込まされていた。それだけのこと。あああああ、キミって強いね。いい人形ができそう♪」

「まさか、この人形……」


 嫌な予感がして、クルス・ホームは身震いした。その反応を見て、メルは楽しそうに笑う。


「くふふん。この人形は、メルに負けた者の成れの果て。この場にある人形は、ほんの一部に過ぎないけどね。メルの惰眠を邪魔した罪は重いよ」


 絶対に許せない。そんな正義の心がクルス・ホームの瞳に宿った。


 一方で、この様子をステラと一緒に見ていたアソッドは、ジッと隣のメイド服の少女の顔を見つめた。


「アソッドさん。お願いです。私をクルスさんのところに連れて行ってください」

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