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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十一章 エルメラ守護団
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第64話 赤光の騎士

 鮮血が飛び散る眼前に白いローブで身を隠す謎の人物が浮かび上がる。全身から殺意と狂気を発するトール・アンと呼ばれる人物は、助手を身を挺して守ろうとして倒れたアルケミナを嘲笑った。


「やっぱり助けられてばかりなんてイヤ!」

 不意にあの時のアソッド・パルキルスの言葉が蘇る。アルケミナの遺体を前にして、クルス・ホームは悟る。

 自分は足手まといだったのではないか?

 トール・アンが槌を振り下ろそうとした瞬間、時間はゆっくりと流れ始めた。


 これまでの旅で、クルスは負け続けてきた。唯一勝てたのは、格下の狩人だけ。ある時は不意打ちで敗れ、またある時は、得意なはずの格闘技が通じず、一撃で倒された。絶対的能力の効果で何もできなくなり、タコ殴りされたこともあった。


「無理です。あなただけの力ではラスちゃんに勝てないです」

 なぜかステラの言葉も頭を過り、クルス・ホームは思わず目を瞑る。ちょうど、その時、どこかから誰かの声が聞こえ始める。


「大丈夫かにょん?」

 

 そう声をかけられ、クルスは大きく目を見開き、悪夢から覚めた。呼吸を整え、体を起こし周囲を見る。壁から飛び出したいくつものランタンの炎が円形の空間を照らしている。半径二百メートル程度の広さで、窓や扉は一切なく、奥の方に階段らしきものがある。肌寒い空気を感じ取りながら、ここはどこなのかと考える。そんなクルスの顔を、白いローブを羽織る短髪の少女が不思議そうな表情で覗き込む。


 右頬にホクロのある見知らぬ少女が心配そうに自分の顔を覗き込んでくる。

 尖った特徴的な耳から、彼女はヘルメス族なのだろうと推測しながら、クルスは記憶を呼び起こす。

 ステラとの闘いで負け、気が付いたらここにいた。直前の記憶を思い出すことができ、五大錬金術師の助手は、見知らぬ少女に尋ねた。


「ここはどこですか? あなたは誰ですか?」

「記憶喪失かにょん?」

「いいえ。ステラさんと戦って負けて、気絶したことは覚えています」

「そういえば、自己紹介がまだだったにょん。オラはヘリス・クレア。ステラ・ミカエル様の傍付きの錬金術師だにょん」

「傍付きですか?」

 聞きなれない言葉を聞き、クルスは首を傾げた。


「エルメラ守護者の元で修行する錬金術師のことだにょん。ステラ・ミカエル様の場合は特殊で、移動係としての任務もあるから、他の守護者の傍付きより守護者の戦いを目にする機会は多いんだにょん。ステラ・ミカエル様は人間で、瞬間移動ができないから、傍付きのヘルメス族と同行して出張なり遠征任務なりを行うんだにょん。長話はここまでにして、試練を始めるにょん」


「試練ですか?」

「そう、試練の内容は簡単。ここ、北の試練の地にあるヘルメス族専用戦闘訓練塔の最上階にいるステラ様を倒すこと。そのためには、各階層にいる守護者を倒さなければならないにょん。因みに、この塔は第四階層まであって、ここは第一階層の中……」


 言葉を最後まで発せず、ヘリスは唐突に赤色の槌を取り出し、それを壁に投げる。壁に当たったそれに魔法陣が浮かび、炎の帯がクルスに届く。火花が散り、五大錬金術師の助手は、咄嗟にそれに触れた。炎が一瞬で消え、ヘリスは拍手する。

「いきなり、何ですか?」

 そんなクルスの問いが聞こえても、ヘリスは拍手を止めない。


「ちゃんと言ってなかったオラが悪いにょん。オラはヘリス・クレア。ステラ・ミカエル様の傍付き兼エルメラ守護団序列二十八位の錬金術師。この第一階層の対戦相手だにょん。あなたの目標は、各階層にいる錬金術師を倒し、最上階にいるステラ様と戦うことだにょん。いやぁ。さっきの炎を消すヤツはスゴかったにょん。でも、その程度では、オラを倒せないにょん」


 得意げに話すヘルメス族の少女の姿が消え、次々に壁や床に数十もの魔法陣が浮かび上がる。

 その直後、クルスの視界に拳を握ったヘリスが飛び込んできた。

 握られて右手を敵の腹に向けて振り下ろす少女を前にして、クルスが体を上に飛ばす。

 咄嗟に身を翻し、石畳みの上に着地したクルスは、「ふぅ」と息を整えた。

 その一方で、五大錬金術師の助手と対峙するヘリスは、自信たっぷりな表情で赤と黄金色のツートンカラーの槌を敵に見せつける。


「一度攻撃を避けたくらいで、満足したらダメにょん。本番はここから!」

 そう言いながら、彼女は槌を叩く。地面に浮かぶその魔法陣の上に立つ少女は、赤色の光に包まれた。

 そして、次の瞬間、クルスが目にしたのは、神秘的な模様が刻まれた自分より一回り大きい赤の鎧。背負われた黒の鞘から赤の大剣が抜かれる。

 その瞬間、火花が散り、クルスの頬から汗が落ちた。

 冷たい空気が一気に温められ、石畳すら熱くなっていく。


「ちゃんと言ってなかったオラが悪いにょん。オラの夢は白熊の騎士様と剣を交えることだにょん。そのためにも、オラは赤光の騎士になったにょん」

 大剣を右手で握るヘリスは、熱しられた石畳みを蹴り上げ、左手を後方に向かいまっすぐ伸ばし、敵の方へと飛ぶ。


「あつっ」


 迫る守護者から距離を置こうと足を動かす者は、思わず声を漏らした。

 一歩を踏み出すごとに、焼けるような猛暑がクルスの体を貫いていく。

 吹き出す汗は水蒸気に変換されて、周囲を包み込んでいく。

 それすらも想定しているような顔つきのヘリスが攻撃に転じ、一瞬で剣を敵に向けた。

 高熱に耐えたクルスの足が、ようやく動く。地面を蹴り、刃が体に届くよりも先に、後ろに飛ぶ。ヘリスは相変わらず余裕たっぷりな表情で汗まみれの敵の顔を見つめ、熱気を切った。


 次の瞬間、壁に刻まれた魔法陣から炎に包まれた半透明の光がクルスの左腕を照らした。その瞬間、弱者の左腕が焼けるように熱くなる。シュゥという音も聞いたクルス・ホームが自身の腕を視認すると、いくつもの白い煙が噴き出していた。

 このまま一直線に発射される光に当たり続けるのはマズイと直感的に感じた弱者は

光から体を反らし、炎を右手で触れる。

 炎は消え攻撃は防がれたと安堵した刹那、クルスの背中は業火に焼かれた如く、熱くなった。


 全身で感じ取った暑さと交わり、飛びそうな意識を保ちつつ、五大錬金術師の助手が拳を握る。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 やがて、酸素を求める口が大きく開き、呼吸も荒くなっていった。

 おそらく酸素は減ってきているのだと頭では分かっているが、どうしようもない。 

 徐々に視界は空気が温められて発生した白煙で制限されていく。


「それって炎は消せても、光は消せないんだにょん? じゃあ、オラに勝てないにょん」


 聞こえるのは姿が見えないヘリスの声と地面が焼ける音だけ。

 全身から汗が文字通り噴き出し、意識が失われようとしている。


 そんな状況下で、突然ヘリスはクルスの目の前に現れ、物凄い勢いで剣を振り上げた。

 衣服は布切れとなり飛び散り、腹部に切り傷が刻まれていく。

 ヘリスの攻撃の手は止まらない。血が垂れた敵の腹を回し蹴りで叩き、右手に握られた剣先を後方に向け、空気を切断した。

 その反動でクルスの体は後方に飛ばされてしまう。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 後方の壁に激突した背中を起こしながら吐息を漏らす五大錬金術師の助手は、思考を巡らせた。

 

 冷たい空気が温められ熱くなった地面。

 

 北の試練の地。


 窓すらない密室。


 まさかと思い、最後の力を振り絞り、熱しられた壁を一発殴る。

 すると、壁は一瞬のうちに崩壊し、冷たい空気が吹雪と共に戦いの場に流れ込んでくる。石畳みや壁は急速に冷やされていく。

 この異様な状況に驚き、赤光の騎士は驚きと共にクルスの前に身を晒す。


「ウソ。あの壁は殴った程度で壊れないはずだにょん。でも、これで地面は冷えたけど、それだけで満足したらダメにょん」


「まだ……です」


 そう呟いたクルスは冷えた石畳の上を走る。一方のヘリスは驚きの感情に一瞬揺れ、剣先を敵に向け、間合いを詰める。壁や床に残されたいくつもの魔法陣から一筋の光が射し、剣に向かって集まっていく。

 次の瞬間、大剣に炎が宿り、発生した熱が地面を熱くした。雪崩れ込んできた雪が一瞬で溶け、残った水も白の蒸気に変換されていく。

 やがて戦場は猛暑に支配され、クルスの肌から汗が滲み出た。体は焼けるように熱くなり、思うように動けなくなる。

 それでも、五大錬金術師の助手は、右手を伸ばす。目の前の騎士を倒す方法は、一つしかない。


 両者共に全力で真っ直ぐに突っ込み、剣と拳が重なった瞬間、ヘリスは一瞬だけ笑った。赤く輝いていた彼女の剣は、まるで最初からそこになかったかのように、消失してしまう。それから、クルスは硬い鎧に蹴りを食らわせた。

 傷一つ付かない威力で、ダメージはないに等しい。

 そんなヘリスの油断は隙になる。

 先ほどの剣と同様、身を守っていた鎧も消え、もう一発、最後の力を振り絞る渾身の拳を騎士の腹に打ち込む。

 その反動で、ヘリスの体は壁に叩きつけられた。


「ふぅ。まさか、オラが負けるとは思わなかったにょん。最後の一発は痛かったにょん」


 体を起こし、騎士は視線を好敵手に向ける。先ほどまで激闘を繰り広げていた相手の呼吸を荒くなっていた。もはや立っているのがやっとな状態であることは、誰が見ても明らか。そんな相手を見て、ヘリスは溜息を吐く。


「そんな体で次の相手と戦わせるわけにはいかないにょん」


 そう呟き、所持していた緑色の槌を石畳の上に放り投げる。そうして、出現した魔法陣はクルスの真下まで移動し、緑色の光を輝かせた。一分ほどで、好敵手の呼吸は整っていく。

 切り傷も消え、衣服も元通りになった。体力も戻り、ようやくヘリスに勝ったという事実を把握したクルスは、彼女に対して頭を下げた。


「回復までしてくださり、ありがとうございました」

「こうでもしないと、次の守護者と戦う前に疲労で倒れちゃうと思ったからにょん。それと、オラに勝てたからって、それだけで満足したらダメにょん。次はオラよりも強い守護者が出てくるにょん。オラは二つ名持ちのエルメラ守護団内では四番目に弱いんだにょん」

「はい」

 再度、頭を下げ、クルス・ホームは階段に向かい歩みを進める。





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