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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十一章 エルメラ守護団
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第62話 クルスの決意

 クルス・ホームは、得体のしれない闇が命を刈り取る瞬間が見えていた。その闇の前では人は無力になってしまう。敵はフェジアール機関最強と言っても過言ではないブラフマ・ヴィシュヴァを倒した。その実力を持つ者は最低二人いる。

 その名は、トール・アンとラス・グース。彼らから師匠を守りたい。そんな思いが強くなった助手は、決意を胸に込めた。


「先生、話があります。僕もブラフマさんについていきます」

 真剣な目つきで語る助手の姿を見ても、アルケミナは相変わらず表情一つ変えない。青かった空は白い雲で埋め尽くされていく。

「理由が聞きたい」

「聖なる三角錐の連中は、五大錬金術師の命を狙っているんです。その中にはブラフマさんを倒した強敵が最低でも二人います。もし彼らが先生たちの前に姿を現したら、間違いなく殺されるでしょう。そんなのイヤです。だから、もっと強くならないと……」


「私たちの目的は、残りの五大錬金術師とEMETHシステムの解除方法を探すこと。聖なる三角錐との対決を想定した修行なんて時間の無駄。目的を見失ったらダメ」


 合理主義者の彼女ならではの反論をクルスは予想していた。その通りの答えを突き付けられ、弟子は黙り込んだ。アルケミナの言い分は間違っていない。師匠のことを守りたいとは思うが、目的を見失ってしまったら元も子もない。

 それでも、彼らは命を狙ってくる。心にモヤモヤを残しつつ、納得しかけたその時、「ちょっと待った」とティンク・トゥラが二人の間に割って入ってきた。


「助手のやりたいことを応援するのも師の務めのはずだ。ここは巨乳ロングヘア姉ちゃんの背中を押せ」

「ティンクさん……巨乳ロングヘア姉ちゃんなんて呼び方、やめてください!」

「助けてやったのに、そんなことを言うのか?」

「前半かっこいいと思ったのに、後半で台無しですよ!」

 腹を立てツッコミを入れる声を聴き、アソッドは思わず笑ってしまう。風で雲が流れていき、青空が雲の隙間から覗かせた頃、アルケミナは重たくなった肩を落とす。


「分かった。修行の件は認める。ただし、一か月後、ブラフマと一緒にウンディーネへ来ることが条件。それと、いざとなったらこの槌を使ってほしい」

 そう言いながら、アルケミナは見覚えのある茶色い槌を助手に差し出した。

「先生、これって……」

「蓄積印壁の槌。クルスなら使いこなせると思う。改良して、三回まで連続使用できるようにした」

「ありがとうございます」


 そうして、クルスは修行の件を快諾してもらえた。頭を下げ感謝を示し、槌も受け取った助手の近くで、アルケミナはティンクの方を向く。


「ティンク。絶対的能力で、今よりもっと速く飛べるキメラに変身して。一飛びでシルフに行きたい」

「ああ、分かったぜ。背中を踏まれながら空を飛ぶってわけか?」

 瞬く間に白い羽は赤く染まり、トラの頭の鋭い角が三本生える。全身を赤く光らせた獣の咆哮が響き、銀髪の幼女がその背に乗る。


「これなら、一分もあればシルフに辿り着ける」と自信満々に呟く幼女を乗せ、獣が羽ばたく。体は宙を浮かせたティンクは、高く飛び上がる。クルスとアソッドが空を見上げた頃には、既に空の彼方に消えていた。


 これでしばらくは師匠と顔を合わせることがなくなる。少しの不安と強くなりたいという願いを胸に抱えたクルス・ホームは、視線をブラフマに映した。

「ブラフマさん。それで、その知り合いというのは、いつどこに来るのですか?」

「ああ、これから森の地面に施す座標術式を使えば、彼奴は飛んでくるはずじゃ」

 そう言いながら、ブラフマは腰を落とし、焦げた草を右手の人差し指で触れた。

 そのまま指を動かし、魔法陣を刻み込むと、彼は深く息を吐き出した。

 記された魔法陣が青く輝き、木々が小さく揺れた。


「ここです?」

 どこかから声が響いた瞬間、光る魔法陣の上に青い短髪の少女が降り立った。その両脇には二人の白いローブを着た人物たち。

 なぜか青色のメイド服を着ている彼女は、右手の人差し指の上に無色透明な球体を浮かべて、目の前の知人を見つめている。そうして、彼女は細く長いもみあげを揺らしながら、土を踏んだ。


「ブラフマ・ヴィシュヴァ。二年ぶりです。会わないうちにハンサムになってって、驚いたです。おじいさまと一緒に写ってたブラフマと同じ顔です」

「うむ。今世間を騒がせとる、あのシステムの副作用みたいなもんじゃな」


「一度、手合わせ……」と言いかけた少女の目に粉々になり折れた木々の枝が映った。周囲を見渡すと、花は枯れ果て、草は所々焼けている。そうして、何かを悟った少女は、明るく知人との再会を喜ぶ顔を真顔に戻す。

 そして、知人の近くに見慣れない女性が二人もいることに気が付き、首を傾げてみせた。


「それで、あの娘たちは誰です?」

「アソッド・パルキルスとクルス・ホームじゃよ。クルス・ホームはアルケミナ・エリクシナの助手じゃ」

 紹介するため右手を二人に向けたブラフマを見て、クルスも尋ねる。

「ブラフマさん、彼女は誰なんですか?」

「紹介がまだじゃったな。ステラ・ミカエルじゃ」

「ステラって呼んでもいいです」


 ステラ・ミカエルはニッコリと微笑み、二人に右手を指し出した。


 丁度その時、地面が小刻みに揺れ出した。

「なんじゃ? 地震か?」とブラフマが呟く間に、地下から牙を光らせた何かが飛び出した。

 それは灰色の体の巨大なサメで額には赤色の液体で満たされたフラスコを乗せている。その怪物を目にしたクルスとアソッドは思わず目を大きく見開いた。

 瞬く間に森の地下を泳ぎ回っていたサメは、大きく口を開け、前方に見えるステラにかぶりつこうとする。


 マズイと思ったクルスが「ステラさん!」と叫びながら、前方へ駆け出す。


 その一方で、ステラは焦ることなくその場に立ち止まり、右手の人差し指の上に浮かべていた無色透明な球体に触れた。すると、球体が数センチほどの幅の無色透明な線に変化した。その線はステラを中心に半径数百センチの円を描き、浮かび上がる。


「はぁ」と深く息を吐き出したメイド服少女が、右腕を天に向け真っすぐ伸ばし、瞳を閉じた。

 それから、真後ろに向けて腕を回すと、背後に迫る巨大サメが地上に叩きつけられる。同時に地面が揺れ、ステラの周りを囲んでいた無色透明な液体が一瞬だけ弾け飛んだ。


 そのまま体を半回転させた彼女は瞳を開け、這うように動こうとする巨大サメの姿を瞳に捉え、頬を緩めた。

「あの一撃を受けても動けるとは、流石、ルスちゃんの合成獣です。でも、相手が悪かったですね。私の間合いに入った時点で、この子の運命は決まったです」


 巨大サメに語り掛ける少女を見たクルスの体に衝撃が走る。

 目の前にいるブラフマの知り合いという少女は、背後を振り返ることなく、この森を泳ぎ回る巨大サメを一撃で倒してみせた。無駄のない動きで、只者ではないことを証明したステラと名乗る少女と顔を合わせたクルスは確信する。

 この少女に稽古をつけてもらえれば、強くなれると。


 その一方で、ステラが「はぁ」と息を吐き出し、右手を強く握る。弱った巨大サメの背中に向けて、右の拳を打ち込むと、そのサメは動かなくなった。


「ブラフマ。まさか、さっきの合成獣が暴れた結果、この森の地面が焼け焦げたわけではないのですよね?」

 巨大サメから視線をブラフマに向けたステラが首を傾げる。

「いや、さっきのヤツは初めてみたのじゃ」

「では、この森にのこのこやってきた私を襲うために、呼び出したです?」

「まさか、わしがそんなことするわけなかろう」

「冗談です」と微笑んだステラが右手の人差し指を立て、周囲を流れる液体に触れる。その瞬間、液体が指先に集まり、水球に戻った。

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