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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十章 アゼルパイン城
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第59話 ビギンズナイト

 五年前、雲一つない夜空に満月が浮かんだ。


 希少な種族、ヘルメス族のみが暮らす小さな村の奥にある洞窟の中で、鮮血が飛び散った石畳の迷宮が広がる。薄暗い内部を照らすように小さな炎が揺れ、数十ものゴーレムが徘徊する。




 アルケア最古の秘宝が眠るアリストテラス迷宮。その最深部にルス・グースがいた。


 黒い十メートル四方の立方体を中心に、半径二百メートルの空間が広がり、石畳の床には、無数の魔法陣が記されている。


 


 それは、ルスを含むヘルメス族が守護する宝とも呼ばれる実験器具。


 洞窟の最深部を訪れる者は少なく、退屈な時間だけが過ぎていく。




 そんな時、一瞬、迷宮の空気の流れが変わった。


「ルスお姉様」


 気が付くと、そこにはルスと同じ顔をしたラス・グースという妹がいた。突然の登場でも、ルスは特に驚いた顔をせず笑顔を見せる。


「ラス、帰ってきたのですか?」


「忘れ物を取りに返ったついでです。神主さまに聞いたら、ルスお姉様は守護任務中と聞きました」


「ついでなのですか?」


 ルスは少し不満そうに頬を膨らませた。それを見てルスの妹は慌てて両手を振る。


「本当はルスお姉様に会いたかっただけです」


「正直でよろしいのです!」


 ルスは笑顔で右手を伸ばし、自分よりも少し背の低いラスの頭を撫でた。




「ルスお姉様はスゴイです。最年少の八歳で守護者に選ばれたのですから」


 妹に褒められたルスが照れる。


「それを言うならラスもスゴイのです。あのフェジアール機関の五大錬金術師のテルアカの弟子になったのですから。確か選別試験で一位の成績を収めたと聞いたのです」


「それは出来レースです。国内唯一の聖人の身内をフェジアール機関に所属する錬金術師にすることで、ルスお姉様との繋がりを強くする。そのために僕は……」


「謙遜しなくても大丈夫なのです。私の妹なのだから、実力は保証するのですよ。例えそんな思惑があったとしても、ラスは私の妹なのです」


 姉の優しい声を聞いたラスは安心して、胸を振り下ろした。それから彼女は思い出したように手を叩く。




「そういえば、一か月前からテルアカに新しい弟子ができて、僕は姉弟子って呼ばれるようになったんですよ。かわいい小さな女の子が義理の妹になったようで、嬉しかったです」


 妹の世間話を聞きながら、ルスは異変に気が付き、瞳を青く輝かせた。


「お話は終わりにするのです。もうすぐこの場所に侵入者が現れるのです。太った体型の女と黒いローブを纏う痩せた男が三十秒後、最深部に姿を現すのです」


「争い事は嫌いでしょう。僕が相手しますよ」


 ラスの申し出に対し、ルスは首を横に振る。


「その必要はないのです。暇潰しで記した錬金術の魔法陣を使えば、瞬殺できる相手なのです」




 預言通り、洞窟の最深部に太った体型の女と痩せた白いローブの男がノコノコと姿を現す。先頭を歩く太った女は洞窟の暗闇を照らすランタンを持っていた。二人の侵入者の体には幾つもの傷が付き、衣服も破れていた。


「あれだなぁ。俺達が求めていたエルメラっていう実験器具。あれを使えば、未知の物質まで生成できるらしい!」


 ペラペラと話す白いローブの男の瞳は欲望の色に染まっている。その隣にいる太った女は男と視線を合わせ、ルスに向かって突進してくる。




「この餓鬼はあたしが何とかするから、トールはエルメラを奪って!」


 そう叫びながら距離を詰める女。


 だが、一瞬で太った体は洞窟の壁に叩きつけられてしまう。




「メランコリア!」


 トールと名乗る男は女の名前を叫ぶ。その声が反響する中で、ルスは両手を叩いた。


「自己紹介くらい聞いてほしいのですよ。エルメラは逃げないのですから。人間は宝を前にすると本性を表すものなのですね」


「なんだと!」


 トールがルスを睨み付ける。それでも、ルスは穏やかな笑みを浮かべた。


「エルメラ守護団序列一位。星霜の聖職者。ルス・グースなのです」


「序列一位だと!」と侵入者は驚愕した。目の前にいる子どもはとてつもなく強い。


 最強の守護者と対峙するトールは唇を噛み締めた。




「この迷宮攻略を目指す人々は、年間三千人程度。その内の九割はエルメラを拝むことなく命を落としているので、あなたは相当の実力者だと思ったのですが、運が良かっただけのようなのですね。高位錬金術を使うまでもなく瞬殺できそうなのです」




 一通り自己紹介を済ませたルスは壁に叩きつけた女に視線を向ける。




 何をされたのかと全く理解できないまま、壁にもたれ掛かったメランコリアの体が小刻みに震える。もはや彼女は立ち上がることもできなかった。




「これで終わりなのです」


 ルスは一瞬で消え、侵入者の男の目の前に姿を現した。右手の人差し指を立て、目にも見えない速さで空中に魔法陣を記す。それは常人には指先から火の玉を出しているように見えた。


 指先から発射される火の玉がトールに直撃しそうになった時、最深部に設置された黒い立方体が青白く光り始める。時が止まり、立方体から金色の槌が飛び出した。




『この時を待っていた』




 どこかから聞こえて来た別の男の怪しい声が洞窟という密室に響く。




 いつの間にか、男の右手には金色の槌が握られていた。それだけではなく、男の体が純黒の闇に飲み込まれていく。




 男の異変に気が付いたルスは、攻撃を止め、男から瞬間移動で離れた。




「五年後の審判の日まで現れないと思っていたのですよ」


 そう呟いたルスの声を聞き、ラスが尋ねる。


「一体何が起きたんですか?」




「詳しいことは後で話すのです。兎に角、神主さまに報告するのです。厄介な怪物の封印が解除されたって。私はここでやることがあるから、報告に行けないのです。ラスがいてよかったのです。今ラスがいなかったら、事後報告になってしまうのです」


「分かりました」




 ラスは姉の指示に従い、瞬間移動で現場を離脱。間もなくして闇が消え、白いローブを纏う男に寄生した怪物が産声を挙げた。


「トール・アン。弱小錬金術研究機関、聖なる三角錐のリーダーで、一発逆転を狙ってエルメラを奪いに来た馬鹿な男か。こんなくだらない男が私の宿り主になるとは思わなかった」




 その男は両手を曲げたり伸ばしたりする仕草を繰り返す。数秒後、気絶していたメランコリアが目を覚ます。その先にいたのは、エルメラの近くに佇むトールの姿。


「トール。早くエルメラを奪って!」


 そう叫んだ仲間の声に対し、トールは首を横に振る。


「その必要はない!」




 冷酷な目付きで前方の黒い立方体を見たトールは、右手に持っている金色の槌を振り下ろそうとする。それを見たルスがトールの槌を片手で受け止めた。


「エルメラを破壊させるわけにはいかないのです。突発的な行動は避けるべきなのです。トール、あなたのために私は……」


 そう言いながらルスはトールの右腕を掴む。すると彼の全身は金色に光り、その場に倒れ込んだ。


 


 ルスは仰向けで眠るトールの姿からメランコリアと呼ばれる女に視線を移し、右手を差し出す。




「今日から私は、あなたたちの仲間になるのです。私を仲間にしたら、あのフェジアール機関を超えるような錬金術の研究を行うことも可能なのです」


「はぁ? どこの馬の骨かも分からない餓鬼なんか、仲間にするわけない。トールに何かした奴なんか、大嫌い!」




 メランコリアはルスに敵意を向けた。当然の反応を受け、ルスは溜息を吐く。


「命令なのです。私を仲間にするのです」


 ルスの瞳は青く光る。それを見たメランコリアの心臓が強く震え、気が付いた時彼女は首を縦に振っていた。


「分かった。仲間にしてあげるわ」


 不思議なことに、メランコリアは前言を撤回したのだった。こうしてルスはある思惑を抱え、聖なる三角錐のメンバーになったのだった。

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