第57話 ルスVSテルアカ
策略のカオスと武道の世界大会のチャンピオンのサニディを倒すとは、スゴイとしか言えませんね。ラス」
最後の一人、テルアカ・ノートンは両手を開きながら、ルス・グースの元へ歩み寄る。そんな動きを見て、ルスは首を横に振ってみせた。
「ラスの姉のルスなのです」
「失礼しました。システムの不具合でラスが幼児化しているのではないかと思いましたよ」
「あなたほどの高位錬金術師なら、私がラスじゃないとこくらい、一目見れば分かると思うのですが……」
ジド目になったルスに視線を合わせるため、テルアカは膝を曲げ、幼い彼女の顔を覗き込んだ。
「冗談が通用しないようですね。まあ、いいでしょう。ところで、ラスはどこにいますか? ラスの姉」
ラスの姉という呼び方をスルーしたルスは、ジッと五大錬金術師の青年を見つめた。
「ラスはトールと一緒に王室に潜伏中なのですよ」
「そうですか? それではラスに会わせてもらいます。ラスの姉を倒してから!」
五大錬金術師の宣言を聞き、聖人は優しく微笑む。
「……分かったのです。あまり時間がないので、三十秒だけ相手するのです」
「それでいいですよ」
互いに真剣な表情になった二人は体を向き合わせる。そうして、緊張の数十秒が流れると、突然にルスはテルアカの前から姿を消す。
そうして、テルアカの眼前に飛ぶと、すぐに右手の人差し指を向けた。その指から数ミリ離れた位置に錬金術の魔法陣が浮いている。
薄ら笑いを浮かべる白い仮面で顔面を隠した長身の男の前でそれにふれると、テルアカの全身に高熱の嵐を浴びせた。
その直後、白煙の中で黒い何かが動いた。
「あの一瞬で魔法陣を記すとは、流石ですね。錬金術を爆破させる能力を至近距離で使うとは、えげつないです」
黒い何かから発せられたテルアカの声。それから数秒後、ルスの背後に黒の物質が集まり、テルアカの姿が浮かび上がった。その右手には拳銃が握られていた。
ルスは背後を振り返りながら怯むことなくテルアカと顔を合わせる。
「テルアカの絶対的能力は凡庸性が高そうなのです。体を黒い物質に変化させ、あらゆる攻撃を無効化させる。この能力ならラスと組み合わせたら面白い事もできそうなのですよ」
ルスの発言を黙ってきいていたマリアは頬を膨らませて嫉妬した。
「私と師匠が組んだら、トールを倒すことも簡単なんだから」
「マリア、面白いことを言うのですね。確かにテルアカの能力はトールにとって脅威になるかもしれないのです。最も戦う必要はないのですが……」
すると、テルアカはルスに頭を下げた。
「お褒め頂きありがとうございます。しかし、私の能力の本質は攻撃無効化ではありません」
「そのようなのです。黒い物質の正体、及び能力の弱点などを分析したかったのですが、如何せん時間がないのです。実験は次の機会ということにして、ここは一先ず、これで終わりにするのです!」
そう言いながら、ルスは再び右手人差し指をテルアカに向けた。
「また爆破させるつもりですか? それは私にとって有効ではないのですが……」
「誰も爆破させるとは言っていないのですよ」
そう言いルスは指先から電流を発射する。それに当たった拳銃は電気を帯びた。テルアカの体内に電流が走り、仮面の下の彼の顔は苦痛に歪む。
その直後、テルアカは思わず拳銃を地面の上に落とした。
「電磁砲術式によるフェイク。面白いトラップですね」
青空に浮かぶ白い雲はゆっくりと流れていく中で、ルスは咳払いした。
「そろそろ時間なのです。仕切り直しでラスを呼んで、城内でのお茶会を開催しようかと思っているのですが、お時間大丈夫なのですか? もうすぐお亡くなりになるトールの弔いも兼ねているのですが……」
「ラスの姉の淹れる紅茶は上手いですからね。久しぶりに飲んでみるのも、悪くないでしょう!」
仮面の下で優しく微笑んだテルアカが右手をルスの前に差し出す。その動きに合わせてルスも右手を伸ばし、五大錬金術師を握手を交わした。
その一方で、ルスと仲良く接するテルアカを見た、マリアは頬を膨らませる。
「ちょっと、姉弟子もいるなんて聞いてないよ!」
「ちょっと待った!」
完全に置いてきぼりになっているカオスが叫ぶ。
「なんで敵と仲良く接しているんだ? ここまでの話を整理すると、マリア隊長と五大錬金術師のテルアカさん、敵として相対していたルスっていう餓鬼が知り合いって感じなのだが?」
蚊帳の外だった侵入者に疑問をぶつかられ、ルスは首を捻った。
「マリアが隊長なのですか?」
「ラスの姉、今度からマリアのことを隊長って呼んでも構いません。私が許可します」
テルアカがルスに耳元で囁く。その仕草を見たマリアは不満そうな顔つきになった。
「分かったのです。疑問に答えておくと、私と私の妹のラスと隊長とテルアカ。この四人は知り合いなのですよ」
「納得しましたか?」
「いや、まだ分からない。なんで正義の味方が極悪人の弔いをやらないといけないんだ!」
カオスにはテルアカの真意が理解できなかった。ルスは右手の薬指を立て、緑色の槌を地面に
落とした。それを拾い上げると、聖人はカオスに向きあうように歩み寄る。
「そんなにイヤなら、そこで倒れている仲間と一緒にトールの遺体を運んだらどうなのです? この回復の槌を差し上げるのです。これを使ったら完全回復するはずなのですよ」
ルスは右手で持っていた槌をカオスに向けて放り投げた。それを拾ったカオスは首を縦に振る。
「ありがたく使わせてもらう」
「この二人の実力なら遺体を無事に運ぶなんて仕事、朝飯前なのでしょう?」
「分かった。俺は何人も殺してきた極悪人の弔いなんてやらない。遺体収容したら、サニディと帰らせてもらう!」
そう宣言したカオスは違和感を覚えた。話が上手く行き過ぎている。潜伏先判明から始まり、ルスという幼女との対決がテルアカの登場によって終結した。さらに、トールの寿命が尽きるという事実の発覚。
一連のご都合主義な出来事の裏を読むとすれば、誰かの手のひらの上で踊らされているということなのだろう。
カオスは疑念を抱き、ルスの顔をジッと見つめた。一方でテルアカは、カオスの疑惑を抱いているとは知らず、彼に視線を向ける。
「ということで、トールが死ぬ所をこの目で確認に行きます。いいですね? カオスさん」
テルアカはカオスに視線を向けた。有無を言わさないプレッシャーを感じたカオスは首を縦に動かす。
「……ああ、そうだな」
同時に不信感を抱きだしたカオスと他所にルスは両手を一回叩く。
「そうなのです。この城は入り組んでいるから、歩いてトールがいる王室に行くには時間がかかり過ぎてしまうのです。移動は私の瞬間移動で行おうと思うのですが、残念ながら定員オーバーなのです。トールは私とは違って、侵入者を見つけたら本気で殺そうとするはずなのですよ。一度に瞬間移動できるのは私を含めて三人のみ」
「ちょっと、待って。そんなわけないでしょ? あなたなら自分の体を飛ばさなくても、触れただけで誰かを飛ばすこともできるはずよ!」
ルスの話を遮ったマリアが首を傾げた。それに対して、ルスは唸り声を出す。
「確かにその通りなのですが、わずかながらタイムラグが発生するのです。そのタイムラグの間に、トールに見つかったら、必要がない血が流れることになるのですよ。ここはラスを呼んで、みんな仲良く移動が一番安全なのです」
「なるほどね。分かったわ」
そんなルスの意見にマリアが納得を示した後で、テルアカは両手を叩く。
「では、お願いします」
「分かったのです。じゃあ、ラスを呼んでくるのです」
そう言い残し、ルスはテルアカたちの前から姿を消した。