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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第九章 ルクリティアルの森
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第53話 トール襲来


「先生。一体何が……」


 メランコリアの消失と共に動けるようになったクルスがアルケミナの元へ駆け寄る。


「誰かがあの女を逃がした。一瞬で術式を発動して。おそらく、その人物は、聖なる三角錐のメンバーで間違いない。あの合成獣を複数体生成し、一瞬で仲間を助け、奪った槌も根こそぎ搔っ攫う。どうやら、あの錬金術研究機関の中には、そんなことができる高位錬金術師がいるらしい」




 深刻な考察を隣で聞いていたクルス・ホームの表情が暗くなる。




「今後は邪魔な五大錬金術師を暗殺していくつもり……」


 あの時聞いた聖なる三角錐のメンバーの言葉が鋭い楔になり、五大錬金術師の心に突き刺さった。


 同時に嫌な予感が心に纏わりついていく。




 一方で、ラプラス・ヘアは自身のピンチを救ってくれた銀髪幼女に近づきつつ右手を差し出す。


「まさか、キミに助けられるとは思いませんでした。これで借りが……くっ」


 幼女の目の前でラプラスの顔は苦痛に歪み出す。背筋を凍らせた突然変異の権威は顔を青くして、背後を振り返った。その先にいたのは、白いローブで身を包む中肉中背で中性的な見た目の人物、トール・アン。




 フードを被り顔を見せないトールは標的の背中から噴き出す血液を視認して、頬を緩めた。


「トールさん」とその名を呼んだラプラスは、咄嗟に右手の薬指を立て、銀色の槌を地面に落とす。


 咄嗟に体を後方に飛ばす幼女の姿を捉えた目は何も映らなくなる。




 


 ピクリとも動かない突然変異の権威の男の背は赤く染まっていて、何かで斬られたような痕が残っていた。


 突然のことにアソッド・パルキルスの頭は真っ白になる。丁度その時、銀色の光の柱が天に向かい伸び始めた。


 一瞬の内に消えた光を見上げたトールは表情を曇らせる。


「最期に厄介な術式を発動するとは。ただでは死ななかったようだ。それにしても、結局、殺すのは私の役目か。メランコリアにアレを渡せばラプラスくらい殺せると思ったが、見当違いだったようだ」




 空気が冷たくなり、残忍冷酷な悪意を感じ取ったクルスの心臓が大きく鼓動する。


 それでも、クルスはアルケミナを守るように彼女の前に立った。




 その姿を見て、トールは顎を右手で触れた。


「まさか、またこんなところで出会えるとは……」


 中性的な声を耳にした瞬間、クルス・ホームの背筋が凍り付いた。




「今後は邪魔な五大錬金術師を暗殺していくつもり……」


 その言葉が何度も頭を過り、その度に五大錬金術師の助手は恐怖する。


 


 相手は手段を選ばない極悪人。


 一度戦ったことがあるクルスは、知っている。この人物がかなりの強さを持っていることを。


 一生懸命に窮地を脱する方法を考えているクルスをトールは一言で最悪な状況に追い込む。




「アルケミナ・エリクシナ。メランコリアを可愛がってくれて、ありがとう。本当なら、ここを守っているメランコリアがお前を殺す役目だったんだが、こうなってしまったら仕方ない。ボス自らお前を始末しよう」





 恐怖に支配されたクルス・ホームは両目を見開き、額から冷や汗を落とした。一瞬背後を振り返ると、相変わらず感情が読めない五大錬金術師の姿がある。小さな体が無残に殺される様子が頭に浮かび、クルスは身を震わせる。




 目の前にいるのは五大錬金術師のアルケミナを殺そうとする最恐の敵。


 あの人物はアルケミナと協力して対処できる相手ではないことは明白。





 絶体絶命な窮地を脱する方法を考え込むクルスの背後からアルケミナは顔を出した。


「トール・アン。私はあなたを許さない」


 視線を目の前に立つ最恐の敵にぶつけたまま、小さな五大錬金術師は助手の右隣に立った。




「殺される覚悟ができたか? アルケミナ・エリクシナ。命が尽きるのは一瞬だ。後悔と未練を胸に抱き、絶望しながら死ぬといい!」


 


 語り掛けながらトールは右手の薬指を立てる。そうして召喚されたのは、二メートルほどの大きさの金色の槌。禍々しい黒い霧が漏れていくそれを見たアルケミナは無表情のままで呟く。





「その槌……」


 直後、アルケミナはトールから目を逸らすことなく、右手に持っていた創造の槌の柄を握った。


 その間にトールは金色の槌を振り下ろす。


 しかし、その動きは地面と槌の距離が数センチ程開いた所で止まってしまう。


 トールが視界の端で捉えたのは、両目を赤く光らせ、右腕を前に伸ばすショートボブの少女の存在だった。


「はぁ。はぁ。はぁ……」


 呼吸を乱しトールの顔をジッと見つめているアソッドの姿を見たトールは唇を強く噛み締める。一方で、その姿をアルケミナは見上げていた。




「命拾いしたな。今回は諦めてやる」


 どういうわけか暗殺を断念したトールは、アルケミナたちの前から姿を消した。


 一瞬で視界から消えた最恐の敵を前にして、クルスは困惑の表情を浮かべる。





「一体、なんでトールは僕達を殺さなかったのでしょうか?」


 クルスは理解し難い謎を口にする。だが、謎のヒントを掴んでいたアルケミナは、助手の隣で顔を上げた。




「それならヒントがある。謎を解く鍵はアソッドが握っている」


 自分の名前が飛び出し、アソッドは驚き、自分の顔を右手の人差し指で指した。


「私ですか?」


「ちゃんと見てた。アソッドが両目を赤く光らせて、右手を前に伸ばしていた。その動きの後、トールは撤退を決めた。つまり、トールにとってアソッドは不都合な相手ってこと」


「えっと、そんな動きしてないと思います。もしかしたら、無意識にやってしまったのかもしれませんけど……」


 自分がそんなことをしていたとは理解していなかったアソッドは、慌てて両手を振る。




「先生、ラプラスさんが殺されたって警察に知らせなくてもいいのですか?」


 動揺しながら、クルスが右手を挙げる。しかし、アルケミナは助手の意見に耳を貸さなかった。


「その必要はない。ラプラスは今わの際に槌を叩いた。アレは緊急信号。態々知らせなくても、警察は来る」




 その時、森の木々が大きく震えた。同時に聞こえて来たのは、大きな爆発音。それは奥地の方向から聞こえてくる。


 黒い煙を背に茶色い鳥たちが慌ただしく飛んでいく。そんな空模様を見上げたクルスは表情を強張らせる。


「先生、あれって……」


「この森の奥地で大変なことが起きているとみて間違いない」




 異変に気が付いたアルケミナは、急いで爆発音が聞こえた方向へ駆ける。その小さな女の子の後を、クルスとアソッドが追いかけた。




 数分ほどで辿り着いたその場所は、壊滅的だった。焼かれた木々は黒く染まり、周囲は黒煙が包み込む。更地のように平らになった地面の上で、粉々になった葉っぱが風に舞う。いくつかの木々には炎が宿っている。幹には斬られたような跡と銃跡が刻まれる。




 凄惨な現場にやってきたアルケミナは、煙を吸い込み、思わず咳をする。


 黒煙の中から誰かの荒い呼吸音を聞いたアルケミナは、音だけを頼りにして、その誰かを探し出す。


 視界不良な空間の中、アルケミナは咳き込みながら、右手の人差し指を立てる。


 瞳を閉じ、一瞬で空中に魔法陣を刻むと、突風が吹き、黒煙を消し去っていく。




 そうして、視界が明瞭になると、銀髪の幼女は、とんでもない光景を見てしまい、言葉を失った。


 少し遅れてクルスとアソッドがアルケミナに追いつく。




「先生。一体、何が起きているんですか?」


 そう尋ねながらクルスは、アルケミナの方を見た。その視線の先にある光景を見て、クルスもアルケミナと同様に絶句した。


 そこに横たわっていたのは、大小無数の傷が全身に残っているブラフマ・ヴィシュヴァだった。

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