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第180話 それは絶対的能力の代償

 EMETHシステム解除作戦実行当日。白く輝く石畳の神殿を四人の男女がまとまって真っすぐ進んだ。神秘的な空気を肌で感じ取った白髪のヘルメス族幼女、ルス・グースが前方を歩くふたりの長髪の女に視線を向ける。


「遂にこの日が来たのですね。頑張るのです」

 そう意気込む白いローブ姿の幼女の隣で、黒いスーツを着用し、顔を白い仮面で隠した男性、テルアカ・ノートンが頷く。

「そうですね。ルス。この四人で考えた作戦通りに行けば上手くいきます!」

 気合を入れるふたりの前で、銀髪に白衣姿の高位錬金術師、アルケミナ・エリクシナが右隣を歩く助手の横顔を無表情で見つめた。

「クルス。三十秒以内に片付ける」

 元の大人の姿を取り戻したアルケミナの予想外な一言に、動きやすい長ズボンと白いシャツを合わせた巨乳格闘少女、クルス・ホームがあんぐりと開けた口元を右手で隠す。

「先生、それはいくらなんでも無茶では……」

「いや、問題ない」

「そうなのです。問題の生成陣の座標さえ分かれば、一瞬で飛ばせるのですよ。あのシステムを解除するだけなら、十秒もかからないのです。三十秒は、余裕のある目標時間なのです」

 黒髪ロングのクルスの背後で、ルスが補足する。だが、クルスは納得せず立ち止まった。それから、大きな胸を揺らしながら振り返り、両膝を曲げて、幼女に目線を合わせる。


「ルスさん。あそこを守っているのは、世界最強の守護神獣ですよ。三十秒以内に任務達成なんてできるはずがありません!」

 

「肝心なことが分かっていないようなのです。目的は守護神獣、ゴッド・キメラの討伐ではなく足止め。受ければ即死する全体攻撃。傷を負わず、毒や呪いも無効。私と同じ神の加護を受けた存在ですが、目的が足止めなら任務達成率が九割を超える簡単な任務になるのです」


「だから、問題の生成陣がゴッド・キメラの目の前にあったら、死にます」

「ふふふ。神の加護を受けてる私は生存確定なので、いざとなったら、骨を拾ってあげるのです。問題の生成陣を見れば、すぐに他の解除方法の解析が可能なので、問題ないのです。遅くても、約束の午前中には、九万九千九百九十七人の人々が元の姿を取り戻すのです」

「僕や先生、テルアカさんを勝手に殺さないでください!」

 クルスが強めにツッコミを入れる間にも、無表情のアルケミナが歩みを進める。

 目の前には、石畳の階段があり、それを昇りきると、開けた空間に辿り着く。


 四方に円柱状の石が並ぶ、横に長い長方形の空間。キレイな石畳で構成された神秘的なその場所の右奥で青白い何かが光る。


 そこの中央には、金色の毛並みを輝かせたキメラがいた。

 ライオンのような四足歩行の体。

 ドラゴンのような青いウロコに覆われた両足。

 まるで天使のようなキレイな白い羽。

 尻尾は紫色の蛇。

 凶暴なクマと同じ眼付をした獣の顔をしたゴッド・キメラが、侵入者を睨みつける。


「我の住処を荒らす者よ。地獄に堕ちるがよい」


 中世的な声がアルケミナの頭に響く間に、三人が階段から目的の地へと足を踏み入れる。


「ルス。右奥に問題の……」

 先に聖域に到達したアルケミナの声を耳にしたルスが顔を指摘された座標に向ける。

「間違いないのです。あそこまでクルスを飛ばせばよいのですね?」

「そう」とアルケミナが口にした間に、ゴッド・キメラが動き出す。前に飛び出した体は、大きな胸を持つ銀髪の高位錬金術師を狙う。

 その動きを認識したテルアカが、ルスの隣から一歩を踏み出し、アルケミナの前に立った。

 振り上げられた鋭いキメラの前足の爪が、黒スーツの男の体を切り裂く。だが、実体が掴めない男の体が黒い気体へと変化していき、ダメージを与えることができない。

 

 風に乗った気体の隙間から、右手の薬指を立てたアルケミナの姿が覗き込む。空気を叩くと、指先から神秘的な光を放つ巨大な槌が召喚される。


「準備完了。ルス……」

「了解なのです」

 小さな子どもの姿で頷くルス・グースがゴッドキメラの眼前に体を飛ばす。その立てた左手の薬指には、生成陣が浮かんでいた。

 それを指先で触れると、キメラの目の前で熱風が噴き出す。遅れて響く爆音が神殿を揺らし、ゴッド・キメラの視界を黒煙が覆い隠す。


 それを合図に、アルケミナ・エリクシナが創造の槌を振り下ろす。間もなくして、神殿の床からいくつもの石柱が浮上する。


「創造の槌に選べれし者よ。聖人と手を組み、我を滅ぼすつもりか?」


 脳に直接届くゴッド・キメラの声に対して、「そのつもりはない」とアルケミナが首を左右に振る。


 一方で、ゴッド・キメラは、視界を遮る黒煙を天使の羽で吹き飛ばした。


 その瞬間、ゴッド・キメラは異変に気がつく。いつの間にか、周囲に無数の石柱が立ち並び、宙にいくつも浮かぶ生成陣から白煙が噴き出す。そうして、守護神獣の視界は白に染まった。


「何をするつもりかは分からないが、この程度の白煙などすぐに吹き飛ばして……」と言いかけたゴッド・キメラの動きが止まる。

 白かった羽が黒く染まり、動かすことができない。何が起きているのかと焦る守護神獣の前で黒い気体が揺れる。


「ここまで作戦通りですね。私の体を構成するアステロイドを使えば、その天使の羽を変色させることができるようです。方向感覚を鈍らせる白霧の中、私たちの気配を感じ取ることは不可能です。とはいえ、その効果は一時的。飛行能力を取り戻すまでに、この迷宮から脱出できるでしょうか?」


 くっと奥歯を噛み締めたゴッド・キメラの影を視界に捕えたアルケミナが、ルスに呼びかける。


「ルス。今!」

「そこから動かないでほしいのです!」


 クルス・ホームの後方に回り込んだルス・グースが、右足太ももに触れる。その瞬間、クルスの体は問題の座標の前に飛ばされた。白く染まる視界の中の青白い光が道標。

 その光に右手を伸ばした頃、ゴッド・キメラの体が黄金の光を放つ。クルスの傍でそれを認識したルスが青い瞳を輝かせながら、左手の薬指を立て、素早く生成陣を記す。


「五秒後、即死全体攻撃発動なのです」とルスが呟くと、冷汗を流したクルスが光る石の床を右手で触れた。


 残り三秒。青白い光が消え、四人の体が白い光に包まれ、変化していく。


 残り二秒。クルスの背後に体を飛ばしたルスが、安全な地へと送る。


 残り一秒。再び体を飛ばしたルスが、アルケミナとテルアカの肩に触れ、共に聖域から脱出。

 

 そして、白煙は吹き飛び、無数の石柱が粉々に砕かれた。


 その瞬間、十万人の対象者の体は光に包まれた。






 素材が収納された棚が左右に並ぶ研究室の中で、クルス・ホームは目をパチクリと動かした。「ここは……」と喉から飛び出したのは、男性の声。顔を真下に向けても、大きな胸は見えない。その代わりにクルスは上半身に違和感を覚えた。丁度胸のあたりに何かが纏わりついているような感覚。


 まさかと思いながら、小さなシャツのボタンを取り、異物を取り除く。そんな助手の少年に、銀髪の錬金術師が前方から歩み寄った。


「クルス」と名を呼ぶ声に反応したクルスが顔を上げると、錬金術の師、アルケミナ・エリクシナが佇んでいる。


「先生、僕、ホントに元の姿に戻ったん……」


 語尾で締めくくろうとした瞬間、クルスの脳裏にイヤな予感が過る。その正体は上半身に纏わりつく何か。

 まさかと思い、胸を触れたクルスの右手の顔は、真っ赤に染まり、鼻からは血が垂れた。

 触れたのは、これまで着用していた女性の下着。


「ちっ、違います。僕は女性の下着を自ら着る変態なんかじゃ……」


 鼻血を右手の指先で拭ったクルスが慌てて、背中の下着のフックを取り外す。それでも、アルケミナは相変わらずの無表情で、助手の姿を見ている。


「クルス。どうやらあのシステムの解除に成功したらしい。私たちの目的は達成された」

「そうなんですね……って、出て行ってください! 今から男の服に着替えます」

「気にしなくていい。私はあの棚に並ぶ錬金術の素材を手にするためここに来た。ここから新たな研究を始めるつもり。隣の部屋でやってるルスのお茶会に参加する暇があったら、私は研究を始めたい」

「ルスさん。またお茶会してるんですね」とクルスの目が点になる。

「そう。テルアカも一緒」

 大人の姿を完全に取り戻したアルケミナが棚の間を進んだ。その後ろ姿を見つめた助手のクルスがため息を吐き出す。


「はぁ。仕方ありません。僕は、この研究室の奥で着替えてきます。それから、先生の研究を手伝います」

「それがいい」と淡々と答えたアルケミナに視線を向けたクルスは、研究室の奥へと消えて行った。

 

 

 そのシステムは、世界にとって革命的なものになるはずだった。


 何かを得るためには、何かを失わないとならない。


 錬金術を凌駕するような絶対的な能力を得た結果、十万の人々はホントの姿を失った。


 ホントの姿を取り戻した結果、十万の人々は錬金術を凌駕する絶対的な能力を失われた。


 果たして、何の代償を支払うことなく、この世界をよくすることはできるのだろうか?


 そんな問題に研究員たちが頭を抱えても、アルケミナ・エリクシナとクルス・ホームは迷わない。


 いつか全ての人々が異能力を手にするまで、ふたりは研究を続ける。


 すべては、この世界をよくするために。

 

 

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